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乙女よ。その扉を開け  作者: 雪桃
第二幕
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和田日和

 足が痛い。息が苦しい。涙と鼻水が止まらない。


「パパ……ママ……たすけて」


 目が覚めたらさっきまでいた覆面(ふくめん)の男達が全員血を流して死んでいた。

 心は固まっていたのに体はそのまま梯子の方へ走って屋敷から抜け出した。

 その時に気づいた。私の手にはドロドロとした赤いものがこびり付いていて靴にも付いていたから脱いで逃げなきゃいけなかった。


 もうどれだけ走ったのかな? 頭がぼんやりして公園の時計も見れない。


 でも屋敷は影も形も見えないし声だって聞こえないから結構遠くまで来たと思う。

 一度立ち止まってしまったらもう走れない。近くにあったベンチに横たわる。


「ママ……パパ……」


 目の前がどんどん真っ暗になっていく。死んじゃうの? やだよ。せめてママとパパに会いたいよ。


「たすけて……たす、け、て」

「どうしたのあなた!?」


 女の人の声が聞こえたけどそれを最後に私の意識は途切れてしまった。




 ひんやりとした何かが頭の上に乗っかる。


「起こしちゃった?」

「?」


 とっても美人な女の人が目の前で私を見下ろしていた。


「覚えてる? あなた公園で血だらけになって倒れてたの」


 公園……ベンチに横たわってから意識が無かったけどもしかしてこのお姉さんが助けてくれたの?


 なんで? 私と会ったことも無くてただの赤の他人なのに。


「そうだ。お水飲む? 寝てる間も咳してたし喉痛いでしょ?」

「……」


 ぼんやりし過ぎて女の人の心が読めない。でもきっとこの人もお父様達と同じ人だ。醜くて真っ黒な心を持ってるんだ。


「飲めない? ストロー持ってこようか?」

「……」


 一言も喋らない。大人の人は頼っちゃいけない。


「お名前は?」

「……」

「もしかして耳が聞こえない? それとも声が出ない?」


 女の人がペンと紙を持ってきて文を書いたけどそもそも私は耳は聞こえる。だからまた黙り込む。


「……聞こえることには聞こえるのね。なら少し休んでなさい。また落ち着いたら様子を見に来るから」


 この人は簡単に折れてくれた。殴られたりしたら堪らないもの。

 そういえばここどこなんだろう。お屋敷に移り住んでからはお庭以外どこにも出掛けさせてもらえなかったからよくわからないけど……病院?


「ちょっと押さないで。この体勢きついんだから……っ!」

「こうしないと見えないんだよ。ていうかこころもう少し声小さくして」

「……」


 思いっ切り聞こえてるんだけど。カーテンの一部が不自然に揺れてるし。少し引っ張ってみる。


「わあぁぁぁ!!」

「痛っ」

「うっ」


 さっきのお姉さん程では無いけど年上のお姉ちゃんお兄ちゃんが三人。段重ねに倒れている。

 なんでお姉ちゃんが潰されてるんだろう。普通ここお兄ちゃんの立場じゃない?


「……」

「「……」」

「ちょっと黙ってないでなんか喋ってよあんた達! ていうかその前に降りろ!」


 お姉ちゃんがジタバタし始めた。重いんだろうな。女性が男性二人に乗っかられるのは。


「ごめんこころ。なんか今知恵の輪状態になってる」

「どういうこと!?」

「正一と足が絡まって動けない。どんな状態になってるかわからない」

「え!? 待ってまだ異能発動してない! 死ぬ……ぐっ」

「死ぬなー!」




 数分後。

 やっと一番上にいたお兄ちゃんが色々策を(ろう)して抜け出せていた。皆ぜえぜえ言ってるけど大丈夫かな?


「さ、さて。改めて初めまして。あなた名前はなんて言うの?」

「……」

「こころ。まずは自分から名乗るのが礼儀だよ」


 お姉ちゃんが決まり悪そうに「わかってるわよ」と言った。ほんとにわかってるのかな?


「私は浅葱こころ。今十三歳よ。ここで働いてるの」


 あれ? アルバイトってこと?

 千鶴にはもっと大きくなってからじゃないと駄目だって教えられたのに。


「俺は白川真一。こころと同い年だよ。こっちは双子の兄で正一」


 双子……そうなんだ。似てない。年が離れてても千鶴と真鶴は似てたのに。


「さ。名乗ったんだからあなたの名前を教えなさい」

「上から目線なんだよな」


 真一お兄ちゃんが呆れて溜息をついてる。

 さっきから思ってるけどこの双子のお兄ちゃん達千鶴達にそっくりだ。片方はよく喋るけどもう片方は喋らない。


「……」

「ほら。こころが強気に出るから(おび)えちゃった」

「私のせい!?」


 別にそういう理由じゃないけど。


「大丈夫だよ。このお姉さんはこう見えて人見知りで(おく)(びょう)なんだ。だからこういう口調しかできないんだ。決して悪気は……」

「真一。歯を食いしばれ」


 首に腕を回してお兄ちゃんを()める。この二人とは今関わっちゃ駄目かも。


「……」

「……?」


 正一お兄ちゃんだっけ?

 この人なら心読んでもパンクしない気がする。無表情だしトロンとしてる……し。


『名前はなんて言うんだろう? 今いくつなんだろう? どんな異能なんだろう? まず異能者なのかな? さっきから何も喋ってないけど耳が聞こえないのかな? それとも口が聞けない?

 でもさっき真由美さんが異常無しって言ってたし。精神的なショックかな? 以心伝心とかできないのかな?

 こんにちは。僕は白川正一。君のお名前を聞いても良い? ていうか言った方が良いと思う。こころは孤児院で“名無し”って呼ばれてたし。社長のセンスって悪いし……垂れ目だからタレちゃんとか?』


「タレちゃん!!? ……あ」


 あまりにも予想外なネーミングセンスで吹き出しちゃった。

 どうしよう。どうやって誤魔化そう……正一お兄ちゃんの情報量尋常じゃなさ過ぎて頭がくらくらする。


 あれ? ちょっと待って本当に意識がぼんやりと。


「きゅうぅぅぅぅぅぅ」

「ちょっ……タレちゃん!?」

「定着早すぎだからこころ!」


 タレちゃんじゃない……私の名前。




「タレちゃーん。大丈夫タレちゃん?」


 いやだから違うってば。なんでもうそれで通っちゃってるの?


「ああ良かった。急に熱出して倒れたって言ってたから何かと思ったけどただの知恵(ちえ)(ねつ )だったのね」


 えーっと……真由美お姉ちゃんだっけ。


「ちなみにもう黙り込むってことはできないわよ。あなたもう声出してるんだから」

「うぅ」


 意地悪そうな笑顔に思わず(うめ)く。


「さてとタレちゃん。この名前が嫌なら自分の名前を言いなさいな。でないとずーっとタレちゃんよ」


 この人の心を見ても同じことを言ってる。裏も表も無い心なんて滅多に無いのに。


「……日和……和田日和です」

「日和ちゃん? そう。それであなたは心を読むことがでこるのね」

「!?」


 なんでわかるの!? って顔したのかな。お姉ちゃんが笑いながら質問する前に答えた。


「だってさっき正一の心を読み取って叫んだんでしょう? そんなことできる異能と言ったら百目だけだわ」


 異能、百目……あの日も男達がそんなこと言ってた。じゃあこの人も敵? でも。


「マフィア」

「え?」


 え? 急に顔立ちが険しくなっちゃった。わ、私変なこと言った?


「今なんて言ったの?」

「ま、マフィア?」

「どうしてその名前が出てくるの?」


 質問されちゃった。答えるしかないよね。大まかに説明するとお姉ちゃんが腕組みをして黙り込んでしまった。


「日和ちゃん」

「は、はい」

「ここで暮らしなさい」

「へ?」


 ここでって……ここ? あ、ていうかここどこ?


「ここは異能探偵事務所。と言っても()(みつ)()に行われているけどね。そしてあなたのような特殊能力を持つ者のことを異能者と呼ぶ。私達もその一人よ」


 どこからともなく長い剣が現れた。それと同時に私の片手で収まるくらいの鬼さんも。


「鬼!?」

「見えるの? あ、百目だから見えるのね」


 聞いたところその鬼さんは阿修羅と言って本来真由美お姉ちゃんにしか見えないらしい。

 でも何でも見える私は例外だそう。


「あなたの異能があれば今よりも仕事が楽に遂行(すいこう)できると思うの。勿論全てにおいて利用するわけではないわ。どうかしら。ちょっとだけここに入ってみたりしない?」


 この人のことも大人のことも理解できないけど。でもここ以外行く所無いよね。介抱(かいほう)してもらってさっさとどこかに行っちゃうのも礼儀として合ってないし。仕方ないよね。


「うん。ここで働く」

「……ありがとう。日和」


 真由美お姉ちゃんは何でもお見通しと言った感じで言った。




 お線香の匂いが辺りに立ち込める。屋敷から逃げて一段落してパパにママのことを聞いたらもう何年か前に亡くなっていた。

 二度と会えなくなってしまったのに涙が出ない。ずっとずっと会いたかったのに(むな)しさだけが残ってしまった。


「日和。パパは少し寺の人と話してくるから待ってて」

「うん」


 パパが離れていく。ママが眠っているお墓は旧姓じゃなくて和田の墓に入れてもらったらしい。


「ママ。私は親不孝者でした。ママが苦しんでいることを知らずに探偵社で笑って過ごしていたんです。あなたを探しもせずに」


 無機物の墓に向かって喋る。もしここに誰かいたらきっと変な子と思われちゃうだろうな。


「私は異能者だったらしいです。予知能力もその一つだったんです。お姉ちゃんもお兄ちゃんもできてこれ程までに幸せなことなんて無いと思ってしまいました。両親に会えたら……なんて探偵社では思わなくなってしまったんです。

 ごめんなさい。でもわかってくださいな。私はママを愛してるんです。

 この世の誰よりもきっと……ずっと」


『日和ちゃん。ママとパパの可愛い宝物』


 熱い何かが目から溢れ出てくる。あ、良かった。ちゃんと泣けたんだ。


「ママ、大好きです……ママ」


 さようならママ。あなたの分まで幸せに生きますね。

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