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乙女よ。その扉を開け  作者: 雪桃
第二幕
39/164

目覚めし妖

 時は遡り一時間前。

 以前のように一人になれる時間など無く、常に周りには誰かいる状態だった。それでも信頼の置ける者もいないが。


(せめて千鶴か真鶴がいるのなら……いえ。彼ら達に任せっきりなんて主として失格ですわ)


 それに百目で殺されたマフィアの死体を見せてしまったのだ。これ以上迷惑をかけたくない。


『憎いでしょ?』

 憎くない


『こいつらを殺したいでしょ?』

 殺したくない


 二日前からこの発作が続いている。百目はこうやって憎む人間の血を好む。

 頭に直接響いて来て否定すると身体中に針を押し付けられたような痛みが襲ってくるのだ。


『嘘を()くのはお止めなさい。あなたが手を汚すわけじゃないのよ」

(黙ってよ。嘘じゃない。これ以上、()の大切な方に迷惑がかからないように願った()の意志です!)

『……』


 百目が黙った。


(何も変わりはありません。夢から覚めただけです。“冷酷なお嬢様”の和田日和に戻るだけです)


 時間だとメイドに告げられひよは席を立つ。

 会場にはやはり吐き気がする程の人――勿論少なからず(みにく)()(ぼう)を持った者が口々に騒いでいる。


(汚らしい。目眩が起こりそう……探偵社の所にいた時間が長過ぎて慣れが消えてしまいましたか)


 虐待、化け物呼ばわり、襲撃――ひよが見る限りここにいる者よりよっぽど世の中を恨んでもいいと思えるような酷い境遇の中で幼少期を生きてきたというのにそんな恨みを口にも出さずあの場所にいる異能者は過ごしてきているのだ。


 ひよがいるから?

 否。それならその気持ちが表れる(はず)なのだ。


 それに最近入った紫という娘。ひよが捕らわれた時だって戸惑いながら救おうとしてくれた。一番危険な目に遭うのは自分だと言うのに。


(別に死ぬ訳でも無いのにどうして(そう)()(とう)のように(めぐ)ってくるんでしょう? それとももしかしてこれから本当に死ぬ? ふふ……それもいいかもしれませんわ。いっそ百目にこの体を渡して“和田日和”は眠って。ああでもそんなことしたら社長達が百目のことを悪者扱いしてしまうかも。それに死ぬ前に一度だけでも姿を見たいな。もう殆ど記憶も残っていない私の……パパとママ)

「ひよ!!」

幻聴(げんちょう)まで……この声はから姉でしょうか?)

「こっちを向きなさい! 和田日和!!」

「……から姉?」


 幻覚――だと言いたいが真由美の頭に乗っている阿修羅の力のせいで意識を強制的に(さま)されている。(はた)迷惑な力だ。


「何で……いるの?」

「帰るわよ。探偵社に」


 息を荒らげているところを見ると走ったんだろう。剣を扱う鬼の真由美が息切れになることなんて滅多に無いことだ。


 愛情をくれた。

 育ててくれた。

 家族になってくれた。


(から姉……から姉……お姉ちゃん!)


 ひよの気持ちが真由美に持っていかれそちらへ飛び出そうとした時。


『ほら。自分の意志じゃないじゃない』


 百目が嘲り笑いひよの体を――


「いやあぁぁぁぁぁ!!」


 乗っ取った。




 無数に浮かび上がってくる目に恐怖の叫びを上げる人達の波に飲まれないように紫とあやは真由美を探す。


「きっとから姉はひよの所へ行ったんだと思う。そっちに行けば……」


 だが人が多すぎて前に進めない。それどころか今どこにいるのかさえわからないのだ。


「ちっ。萌乃さん大丈夫?」

「だ、大丈夫です。お嬢様がいるステージは恐らくあちらかと」


 数年メイドしていたお陰で大体の場所を()(あく)している萌乃が指差す。


「あそこ……遠い!!」


 喧騒(けんそう)(まみ)れて異能者の源の珠を出してもバレはしないが火は(もっ)ての外、記憶も今は使えない。

 紫はそもそもできないができたとして何を破壊しろと言うのだ。


(どうしよう……あやと私だけでも抜けられる? ううん。そんなの不可能に近いし)

「わ!」

「ゆか!」


 逃げる人にぶつかって紫は尻餅を付き、急いでいる人に手を思い切り踏まれた。


「い……っ!」


 起き上がろうとするもそんな場所は無い。


「邪魔だ!」


 (ののし)られ再度手を踏まれそうになった時、誰かに抱き上げられた。


「平気か柊」

「へ? あ……」

「千鶴さん!」


 助けてくれたのは千鶴だった。後から真鶴も来る。


「手は?」

「あ、大丈夫です。すぐに治りますから」


 と言っている間に傷は修復されていく。流石にそこまで脅威的なスピードだと思わなかったので紫自身驚く。


「……雪村さんですね。探偵社の秦と申します。今は緊急ですので挨拶はまた後程」


 体の大きい二人が来てくれて有利になった。


「とにかく異能が外に漏れ出したら危険だし外に続くドアは全て閉ざして……ゆか。萌乃さんを連れて裏口に回って。それからお二人は私と。もう一人と合流します」

「了解」


 紫は萌乃に案内されてホールの裏に向かう。


「裏口のドアを閉めたらすぐに戻ります。体力は持ちますか?」

「これでも一応体育会系です。メイドとしても体力はついておりました」


 裏だと言うのにまたバカが付くほどでかい扉を二人で閉め、来た道を戻る。

 ホールにいた人の大半は逃げ出していて二人もすんなり行動できている。


(百目って妖だけど異能だよね? ならひよちゃんに抱きつけば落ち着くかも……ってわあ!!)


 そうそう物事が思い通りに行くことなんて無い。床に浮かび上がっていた目の一つが紫の近くで爆発した。


(いやそりゃ妖だから人襲うけどさ。目が爆発って何よ! グロいグロい見たくない!!)


 他のあちこちでも起こっている。ひよが脱走した時もこれで殺されたのだろう。

 次は別の理由で目的地まで着けないでいると不意に紫の視界に今にも爆発してしまいそうな目の端に突っ立っている男性が映った。


「な……」

(何してんのあの人!)


 紫はなりふり構わずそちらへ駈け、男性に体当たり――紫はただ庇っただけだが――をした。


「何してるんですか! 死にたくないなら出てってください!」

「……が」


 年は三十代後半だろうが疲労が酷くていつぞやの透のようだ。


「何ですか? もう少し大きな声で」

「僕の娘が……何で」


 ――僕の、()


「あなた……まさか」

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