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乙女よ。その扉を開け  作者: 雪桃
第二幕
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日和の闇〜後編〜

 日和が保護もとい軟禁(なんきん)されてから十日が経った。


「今日は何の絵本を読みますかお嬢様」

「おそと」


 日和はベッドから離れず吐き捨てた。


「お嬢様。それは駄目なのですよ。旦那様からも出てはいけないと言われているでしょう」

「……」


 日和は布団に(もぐ)り込んでしまった。だがそれも無理はない。

 ここに来てから食事や風呂以外は部屋から出ることを許されたことがない。この屋敷の庭でさえ立ち入ってはいけないのだ。そんなことをすれば遊びたがりの四歳児にとって毒以外の何物でも無い。

  絵本にも飽きてしまい一日の大半をベッドに丸まって過ごすことが多くなった。


「ずっとそこにいたら具合が悪くなってしまいますよ」

「……」

「お外より中にいた方が安全ですし楽しいですよ」

「……パパ……ママ」


 聞こえるか聞こえないか程度の声を日和は出す。

 本来の萌乃なら聞き取れるはずが無いのだが毎日何度も泣かれてしまったら嫌でも聞こえてしまう。


「まだ結果が出てないのです。もう少し待っててください」


 これももう何回目か分からないセリフだ。こうしていつも夕飯までグズグズするのだ。


「……日和。出てきなさい」


 伯父が部屋にやってきた。まだ夕飯まで時間があると言うのに。


「おじさん?」

「付いてきなさい」


 部屋から出ることを禁じていた伯父からの言葉に日和だけでなく萌乃も驚いていた。


「だ、旦那様? 良いのですか?」

「メイドが口答えする気か? まあいい。お前達は来るなよ。日和だけが来い」


 日和は有無を言えず連れていかれた。


「これからお前は何も喋るな。欠伸(あくび)も下を向くのも駄目だ。ひたすら前だけを向いていろ」


 連れて行かれた先には若者――と言っても日和にとってはおじさんのように見えるが――が五人ソファに座っていた。


「社長。どこかへ出て行ったと思ったらそんな小さな女の子を連れてきて何がしたいんですか。話はまだ……」

「安心しろ。(じき)に終わる」


 伯父は二人がけ用のソファに座った。日和も慌てて隣に座る。


「それではもう一度聞こう。重要機密を他社に漏らしたのはどいつだ」


 沈黙が降りる。日和は言いつけ通りじっと耐えた。


「さっきから何度も言ってるじゃないですか。俺はやってませんよ」


『何で疑いをかけられなきゃいけねえんだよ。残業だってあんのに』


 右端に座っていた男の声が聞こえた。


「……僕も同様です」

「そもそも利益が無いし」


 そう呟いた他の二人も嘘偽りは無かった。

 それより日和が気になったのは左端にいる穏やかそうな――本当に穏やか“そうな”男だった。


『あの娘を急に呼び出して何がしたいんだ? さっさと誰かに罪を被せないといけないな』


 真っ黒で汚い心が日和には見える。吐き気がして伯父に伝えたかったが一言も話すな言われたことがどうしても妨げてくる。


『こいつが悔しむ顔が楽しみだなあ……』


(ママ、パパ……こわいよ……こわいよぉ……)

「それにしても可愛いお嬢さんですね」


 男が近づいてくる。日和にとって脅威の手が近づいてくる。


(いやだいやだいやだ!!)

「うえぇぇぇぇぇぇぇぇん!!!!」


 部屋中に響き渡る大声で日和は泣き叫んだ。


 男は――他の四人も――急に泣き出す日和にギョッとした。だが伯父はほくそ笑んで命じる。


「君はこの場に残りなさい。他は帰っていい」

「「「え?」」」

「な、何故ですか社長。私はただ……」

「命令だ。残れ」


 伯父は四人を帰し、男に詰め寄った。


「さあ、お前はどこの犬だ」

「で、ですから何を……」

「日和は心を読める。お前の思惑を読み取って泣きわめいたんだろうな」


 今縋れるのは伯父だけで、日和は男の目を見ないように伯父の足へ隠れた。


「お前は牢に入れて全て白状(はくじょう)するまで出さん。連れて行け」


 黒スーツの男が連れていく。


「おじさん……あの人どうなるの?」

「日和は知らなくて良いのさ。それよりも……」


 にやりと伯父は笑う。


「これは思ったよりも使えるなあ。あいつに返すのはもったいない」


 日和は知らなかった。

 探偵社に入るまで――否、入った後もこの男の脅威に晒されることを。


 あの男が牢の中で間もなく自殺してしまったことを――。




「それから四年。お嬢様は実親に会えることも無く部屋にひきこもらされて会食などでは能力で否応なく旦那様の言いなりとなった」


 今の話から考えれば日和は四歳の頃から大人の汚い心を無理矢理見せられ蹴落とす役目を命じられたのだ。


(八歳まで。今から考えるとひよちゃんは十二歳だから丁度四年前……あれ?)


『クビになりました。四年前(・・・)に』


 千鶴も“四年”で区切った。萌乃のクビもひよは知らなかった。


「四年前に何かあったんですか?」

「ああ」




 感情を出したら怒られる。淑女としての振る舞いがなってなければ叩かれる。


「お嬢様。おはようございます。今日は……」

「わかっているわ。萌乃はとりあえずワンピースを用意して。破かないでね。髪は真鶴にやってもらいますからね」

「しかしお嬢様……」

「また紅茶をかけられたら夜会どころではありませんからね」

「……はい」


 外にいる真鶴を呼び出して髪を整えてもらった。その時も萌乃の姿は目から離さずに。


「……髪は」

「いつも通り邪魔にならないように」


 兄と反対の性格である無口な真鶴にももう慣れた。殆どは千鶴が代弁(だいべん)してくれるため話さなかっただけだそう。


「お嬢様ー! 今日はこのワンピースで」

「転ぶから走らない!!」


 年下の日和が萌乃を叱っている風景ももう日常茶飯事だ。


「『お父様』は何時頃お迎えにあがるの?」

「旦那様は夜会が始まった後……七時にお見えになります」


 そうですか。と言って日和はまた萌乃を監視し始める。

 これまで日和の姿を見てきた千鶴は──萌乃も真鶴も――年を経て行く内に感情を忘れて行く自らの主人を心配していた。だが無理もない。

 虐待されながら両親にも会えず、汚い大人の心を見せられ(おとしい)れる役目を負って平気で笑っている方がどうかしている。


 そして午後六時三十分。

 萌乃が準備に追われ護衛二人も外で待機していたため、日和は部屋で静かに座っていた。


(……帰りたいなあ)


 一人になると自然にそう思ってしまう。叶うわけないのに。

 思い(ふけ)っていると窓の方から音がする。そちらを見るとバルコニーから謎の男が三人侵入してきた。


(ここ……三階じゃなかった?)


 彼らは覆面をしていて心を読むことができない。

 あれ程この目を嫌がっていたと言うのにいざ心情が読めなくなるとまた別の感情が湧き上がってくる。


「だ、誰ですか?」

「お前が和田日和だな。百目の異能者よ」

「ひゃくめ……いのうしゃ?」


 とにかく千鶴と真鶴を呼び出そう。それが先だ。そう思っているのに足が動かない。


「我らは魔姫様がマフィアの一人。お前を奴隷とする」

(まきって誰? マフィアって何?)

「ち、ちづる……まづ……」

「連れて行くぞ」


 機械から発せられる青い光を近づけられ、恐怖で悲鳴をあげることもできず日和は涙をボロボロと流した。


(何でいつもこうなの? 何で誰も私を一人の女の子として見てくれないの?)


『憎いか? 己に刃を向ける者が』


(にくい……にくいにくいにくいにくい……憎い!!)


 日和の額に刺青のようなペイントのような大きな目が浮かび上がり、辺り一面に“目”が広がった。


(げん)……」


『さあ。妾に任せておいで。妾を呼ぶんだよ。できるね?』


(できる)

「異能」



 (だい) () (てっ) (てい)



「……」

「どうした真鶴」

「物音」


 そりゃするだろうと千鶴は弟の神経質さに呆れた。だが本人は呆れる兄を余所目(よそめ)に目の前の扉をノックする。


「お嬢様。開けてもよろしいでしょうか」


 返事が来ない。いつもなら呼ばれたら確実に応える日和が。


「……開けますよ」


 千鶴の静止も聞かずに扉を開けた真鶴は、しかしその能面で表情が一切動かなかった顔に驚愕(きょうがく)を浮かべた。


「真鶴?」


 見慣れない弟の顔を怪訝に思った千鶴は自らも部屋に入った。


「……な」


 その目に映ったのは三つの死体と壁や床に飛び散った()飛沫(しぶき)だけ。

 日和はどこにもいなかった。


(お嬢様はどこだ? それにこいつらはどこから……)


 急いでバルコニーに出ると、そこには吊るされた梯子がある。目を凝らすと手のような形の血が付着している。


「真鶴! 旦那様を呼べ! お嬢様が消えた!!」


 その後、夜会は中止され、日和の捜索は続いたが見つかることは無かった。

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