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乙女よ。その扉を開け  作者: 雪桃
第二幕
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日和の闇〜前編〜

 十年以上前。そもそも和田家は子会社の一つで決して裕福とは呼べない状況だった。

 そんな家庭に生まれたのが日和だ。経営的に赤ん坊を育てるのは苦しかったが両親は手厚く日和を可愛がった。


 病弱な日和の母――愛梨(あいり)は子を授かることも難しいとさえ言われていたのに五体満足で健康な子を授かったのだから喜ぶのも無理はないだろう。

 日和は何の障害も持たずすくすく育ち、三歳になるまで風邪すらひかなかった。


 ある日。パソコンで父が株のレートを見てると日和が絵を描いたのかクレヨンと画用紙を持って膝の上に乗せろとせがんできた。


「どうした日和。こんなの見てもつまらないだろう。パパは遊べないからママの方へ行って」


 赤のクレヨンで棒を書き始めた日和を見て父は肩を竦めた。動いていくレートが気になるのだろうがこんな年から興味があったら将来が心配になる。


「日和やめなさい。というか何でそんなに長く伸ばすんだ?まだ三日分しか載ってないぞ」

「うー?」

「日和はここの会社の株が下がると予想してるのか。どんどんグラフが下がって……って幼児に何言ってるんだ俺は。やっぱり疲れてんのかな」


 父は一旦パソコンを閉じて日和と横になった。

 日和はまだ遊びたいようで軽くぐずったが一頻り父の胸で暴れると疲れたのか昼寝に入った。




「……何だこれは」

「どうしたんですかあなた。日和がお昼寝してるので大きな声を出さないでください」


 それから一週間後。父は信じられないと言ったような顔で株と日和の落書き――のようなものを見比べた。


「日和が描いたものと同じだ。グラフが下がってる」


 幸い買っていなかったから赤字にはならなかったが。


「何故わかったんだ?」

「……あなた。グラフは上か下にしか動かないんだから偶然でしょう。三歳の子が予測なんてできません」

「だよな。悪いな変に(たかぶ)って」

「いいえ。あなたは頑張ってるのです。私が責め立てることなんてありません。お茶淹れてきますね」


 愛梨は弱々しく微笑んで台所へ向かう。


(いよいよ精神まで可笑しくなってしまったか? せめて日和が自立できるまて生きたいんだがなあ)


 隣でスヤスヤ眠っている娘を見て嘲笑ともとれる笑みを浮かべた。




「うえうえしたうえしたしたしたした…………」

「ち、ちょっと待って日和。追いつかないから」

「今日は何の遊びですか?」


 数日経って日和はまた父の膝の上でグラフを――否、会社の名前が所狭しと並べられている中で上下と連呼しながら父に書かせていた。


「急に言うことを書けと言うからね。そしたら上と下としか言わないんだ。止めようとすると愚図(ぐず)るから仕方なく……」

「うー!!」


 日和はバンバンと机を叩いて急かしてくる。

 結局全ての会社に当てはめなければいけなくその日に父は腱鞘炎(けんしょうえん)を起こしてしまった。




「……嘘だろ?」


 また別の日。父は全ての会社のグラフを片っ端から見て回った。


「何で……全部当たってんだよ」


 日和が無理矢理メモさせた上と下を表したものは全て的確だったのだ。

 数百もある会社の一つも間違えずに。


「……っ。いくら子どもは直感が優れて日和が人一倍勘が良いと言えど……これはおかしいだろう」


 積み木を積んでは崩してと謎の遊びをしている日和を初めて奇異の目で見る。


「大丈夫ですか?」

「ああ。日和を公園に連れていってくれないか」

「わかりました。日和ちゃん、公園行こう?」

「……や!」

「どうして? 今日はお日様出てるから遊べるよ」


 それでも日和は(がん)として動こうとしない。


「パパは忙しいから遊べないの。ね? 日和ちゃん」

「や!! ポッポまっかいっぱいだからや!!」


 ポッポとは鳩のことである。だが――。


「ポッポは真っ赤じゃないよ。じゃあポッポに近づかないように……」

「やぁぁぁぁ!! ポッポやぁぁぁぁ!!」


 ついには泣き出してしまった日和に両親は呆然としてしまった。とにかく外に出るのは諦めて愛梨は日和をあやしにかかった。

 次の早朝。


『昨日〇〇公園で鳩の死骸が多数発見されました。人の手による犯行と見て捜査を進めております。

 続いてのニュースは』

「……あなた」


 愛梨は震えながら父にしがみついた。


『ポッポまっかいっぱい』


 つまりそれは


『たくさんの鳩が殺されて血が流れる』


 ということだろう。


 しかも近所に聞くとそれはまだ日の出てる昼過ぎから隠れてやられていたらしい。丁度日和を公園に連れ出そうとした時だ。


「未来が見える? でも鳩が殺されたことを考えると未来だけではない?」


 もしや脳に障害があるのかもしれないと病院に通わせて、ついでに精神科にも連れていった――幼児に精神病院など普通は行かせないが両親はパニックを起こしていたのである――が異常などなかった。


「どうしましょう……」

「もしこの能力が日和を不幸にするようなら考えなければならないが何も起こらなければそっとしておこう。それがあの子の為だ」




「それがお嬢様の能力の始まりだった」


 確かに三歳の娘が株を全て言い当てたり鳩の虐殺を言っていることは恐怖だろう。

 それでもそんな娘を虐待もせず大事に育てた両親はそれだけ日和を愛していたということだ。


「そんな人達がひよちゃんを無闇に使い回しますかね。そりゃあちょっとは利用したいでしょうけど」


 仕事で失敗して貧しくなるより娘の能力を使って安定させる方が将来的にも身のためだろう。

 だがここまでするか?


「……」

「あの?」

「あれらはお嬢様の親などでは無い。誘拐犯だ」

「は?」

「順を追って話そう」

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