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乙女よ。その扉を開け  作者: 雪桃
第二幕
31/164

日和様

「全く。こんなドジママじゃ心配ですね〜(てつ)君」

「うっ! すみませんお嬢様」


 ひよは透と萌乃の子――哲を抱っこしながら萌乃に睨みを効かせていた。


「……あのぉひよさん。ちょっといい?」

「何でございましょうかゆか。哲君はまだ私が抱っこしてますよ?」

「いや、まあそれもあるんだけどさ。どういう関係なの二人って?」


 同じ質問をしたかったようで奈緒と透もコクコク頷いてる。それはそうだろう。自分の妻であり義妹がひよに叱られているのだから。


「あら言いませんでしたかわたくし。和田家は資産家でわたくしはその一人娘であり彼女は専属メイドでした。ねえ萌乃?」


 萌乃はギクリと体を震わせた。


「わたくしの髪に紅茶をぶっかけたことも。着ていた服に蹴躓(けつまず)いて公衆の面前で下着姿にされたことも。夜中に脱走したドーベルマンを数匹わたくしの部屋におびき寄せて寝ていたわたくしのお腹に強烈なパンチを加えたことも。ぜーんぜん怒っていませんわよ」

(あ、これ目がヤバイやつだ。関わらないでおこう。ていうかよくメイドになれたな萌乃さん)

「萌は本当に危なっかしいから事件前も無理してたんだけど」

「和田さんに依頼すれば良かったね透」


 全くだ。この二人はあそこまで追い詰められていたのが馬鹿らしくなってくる。


「そ、そういえば萌乃さん。メイドって産休とかもあったんですか? なんか年中働いてる雰囲気が……」

「あ、クビになりました。四年前に」


 うんなるよなそりゃ。逆によく何年もやってこれたなこの人。紫は思った。


「……四年前」

「どうしたのひよちゃん?」

「あ、いえ! それより萌乃。折角遊びに来たのだからわたくし哲君とお散歩に行きたいですわ。近くに公園などはありますの?」

「は、はい! 歩いて少しの所に」

「なら急ぎましょう。ゆか、準備致しますよ」

「え? うん。い、いいんですか透さん」

「元々そういうつもりだったし。一緒に行こうか」


 今日は晴天で真夏だ。子ども連れの親が水浴びさせに来るのにピッタリだろう。哲にはまだ早いけれど。そして公園に行く途中でもお嬢様とメイドは現存だった。


「萌乃下を見ない! 顎を軽く引く! すり足で歩かない忍者ですか!ベビーカーを回してる時に躓いたらどうなるか分かってますね!?」

「は、はい! 承知しまし……うわあ!?」

「ベビーカーのままお辞儀しない!!」


 歩いて数分とかからない公園に行くのにもう十数分は経ってる。ひよを怒らせるとキリがないことを紫は身に染みて感じ取った。


(あんなにひよちゃんが怒ってるのって記憶喪失事件の時以来だな。全部タメにはなってるんだけどあの上から目線な態度はね)

「……和田さんごめんね。そろそろ哲がぐずっちゃうから先に公園に行きたいのだけれど」


 確かに泣きそうになってる。この子は透さん似だな。と紫は密かに思ったりしたりしなかったり。


「あら申し訳ございません。萌乃、とりあえずつまずかない!」

「は、はいぃ……」


 やっとのことで着いた公園は噴水もあったり周りが木で覆われていたりで広かった。

 真夏日の平日だからか人影はほとんど見当たらなかったが。


「哲く〜ん何して遊ぼっか?」


 ひよの説教中は紫が抱っこしていた。

 物心もまだついてないからきっとこのことも忘れてしまうのだろうがそれでも小さな手といい指しゃぶりをしながらこちらを見る姿といい――。


「天使……」

「柊さーん大丈夫?」


 周りに花が舞っている紫の意識を戻す。


「哲君何して遊ぶ? ん? こっち?」


 小さな指で示す場所へ行くと誰もいないシーソーに着く。


「これやりたいの? いいよ」


 片方に哲と自分が乗り、足に力を入れて上へ跳ね。


(あ、やばい詰んだ)


 降りれない。当たり前。


「ひよちゃんヘルプミー!!」

「あなたは何がしたかったんですか?」


 わかりません。もう片方に乗ってもらい無事救出。


「シーソーはやめて噴水に行こうか哲君」


 水面に映る自分が不思議なのかパシャパシャと叩いている。


(可愛いな〜)

「おい、お前」

「? は……」


 黒いスーツにサングラスの男が複数人後ろにいた。そして首を腕で押し付けられる。


「!?」

「柊さん!?」

「動くな! 逆らったらこいつと子の命は無いぞ」


 紫を捕えていた男がナイフを顔に持ってくる。


「哲! 柊さん!」

「……その子は赤ちゃんよ。離して」

「任務を遂行すれば解放してやる」

「何の用ですか。早く言いなさい」


 異変に気づいたひよがこちらに向かって前に出てきた。


「あなた達を動かしている者が誰だかは知っています。望みを言いなさい」

「……我らが首領の望みは一つ。あなた様を連れ帰ることでございます。日和様」


 黒スーツの男達は一斉にひよの前に跪く。


(首領って……)

「わたくしを連れ帰るだけなのにかなりの人数ね。それによくここにいるとわかったものです」

「探偵社に乗り込むつもりでしたので。場所は高岡がこちらにGPSで報告してくれました」

「萌!?」


 萌乃の旧姓は高岡である。

 萌乃は誰とも目を合わせないように俯き唇を固く結んでいた。ひよも一瞥しただけで何も言わない。


「日和様。早急にお帰りくださいませ。こちらも穏便に過ごしたいと思っております。探偵社やこの者達にも……」

「わたくしの知人を傷つけようものならどうなるかわかっていますね?」


 怒りどころでは表せないような声がひよの口から出る。


「旦那様であれば容易なことです。さあ、こちらへ」


 一人がひよに向かって手を差し出す。憎しげにその手を見た後、ひよは自分の手を重ねた。


「ひよちゃ……!」

「二人を解放しなさい」

「……殺せ」


 男達は拳銃を透達に向けた。紫もナイフを近づけられる。


「なっ! 何をしているのですか!? 約束がちがうじゃ」

「命令でございます」


 マシンガンはひよの脇腹にあたりそのままひよは気絶した。


「っ待って!」


 萌乃が叫ぶ。


「話が違います。任務を遂行すれば……家族は助けてくれるって!」

「日和様をお連れするための嘘さ。お前の家族などどうでもいい」


 萌乃の目に涙が溢れる。崩れ落ちるように地面に座り込んだ。


「なん、で……」

「萌!!」


 庇うように透が抱きしめる。


(一般人を巻き込んでまでひよちゃんを戻したかったの? こんな小さな赤ちゃんまで……許せない……許セナイ!)

「やれ」


 銃弾の引き金が引かれる。


「ヤメロ!!」


 地面がヒビ割れ、足元が不安定になる。

 紫も男の腕に噛み付き拘束から逃れる。そのまま鋭くなった爪で男達を倒していった。


「くっ……! 日和様はそのまま運べ! 我々は後から向かう!!」

「了解」


 ひよを乗せた車が発車する。


「待テ!」


 脚力で追い付こうとしたが、その前に弾が首に突き刺さる。


「!?」

「ただの睡眠薬さ。死にはせん。おい、こいつも連れていけ。後は放っておいても何もできやしないさ」

「……っ!」


 薄れていく意識の中で車に詰め込まれた記憶が残った。

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