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乙女よ。その扉を開け  作者: 雪桃
第二幕
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お久しぶりです

 紫が夏風邪を毒やら異能やらでこじらせ一週間が経ちました。


「なのでその一週間分予定してた宿題全然はかどりません。さあどうしましょうってことでしょ」


 桜高の三年は受験もあり、あまり宿題は出されない。初回授業で小テストをするくらいだ。というわけでその宿題あまり出されない組――高三のあさ、しん、まさに紫は手伝ってもらってるわけだ。


「まあその原因は俺達にあるんだしこれくらいで済むならありがたいものだよ」


 まさも肯定を示す。

 色々あったが今では拙いながらも恵子には協力している――と、噂されている。


「ほらレポート終わったよ。後は?」

「ありがとうございます。じゃあ漢……」

「よし一緒にやろうか」


 “木葉”を“きは”と呼ぶ小一レベルの紫には徹底的に教えこまなければいけない。里奈からも言われている――里奈は国語、特に現文を教えている。


「これは?」

「ごうさ、と?」

郷里(きょうり)。これは?」

「あいおも……」

愛想(あいそ)。こ・れ・は?」

「どろよい!」

泥酔(でいすい)! 何!? 何なら答えられんのよあんた!!」

「皆さんの名前なら」

「私の本名言えなかったわよね!?」


 プリントを丸められチャンバラのように叩かれる。ついでにあさはキレてるのでリミッターも解除中だ。


「痛い痛い!」


 唸っているところはやはりあさの異能である獣の特性なのだろう。


「すみません。失礼しますよ」


 カオス状態の紫の部屋に控えめな声が響く。


「あ、ひよちゃん助けて!」

「漢字の低レベルをフォローできる程わたくしの許容はありませんわ」


 呆れた声でひよは室内に入ってきた。


「でもあさも人のこと言えませんよね。前の漢字テスト……」

「見るな!!」


 里奈曰く、ひよは意図的に心を読んでいるわけではなく、無意識に――簡単に言えば天然気質なんだそう。


「それは置いといて、ひよは何しに来たのさ」

「ああそうでした。ゆか、ちょっと」


 手招きされて二階へ降りて行った。




「ひよちゃんお客様?」

「はいそうなんですけど。いい加減依頼人と言ってくれませんかね」

「すみませんでした」

「まあそれは置いときまして本題に入りましょう。入ります」


 一言断ってからひよは中に入った。紫も続く。対話室には一人の女性がいた。


「お久しぶりです柊さん」

「……あ、奈緒さん!」


 登坂奈緒。彼氏であった広樹を亡くし、事故で記憶を失ってしまい実の弟を広樹と勘違いしていた女性である。

 今は得意だった手芸や裁縫などが活用できる仕事に就いて弟夫婦の近くに一人暮らしているそう。


「どうされたんですか。まさかまた透さん達に?」

「あ、いえ違うの。今日は二人に朗報があってね」

「何でございましょうか」

「透と奥さんの子どもが産まれたのよ!」

「本当ですか!?」


 事件のきっかけとなったのも妊娠が大きな鍵ともなっていたくらいだ。


「良かったですね。姪ですか? 甥ですか?」

「ふふ。自分の目で見てみたくない?」


 奈緒が今日来た理由はまさしくそれだった。

 子どもが無事に産まれて家族安泰なのもひよ達のおかげである。何か礼をしたいと透達が奈緒に相談を持ちかけたのだ。


「だから私赤ちゃんを見せたらどうかって言ってみたの。好きな物とかはわからなかったからね」


 赤ちゃん。その言葉は二人の心を揺れ動かすのに充分だった。


「行きます! 行きたいですわ!」

「私も見たい!」

「ふふ。じゃあ明日駅で待ち合わせしましょうね」




 翌日。城探偵事務所の最寄り駅から二十分電車に揺られて目的の駅に辿り着いた。。


「お待たせしました奈緒さん。透さんも」


 奈緒の隣には以前よりずっと健康そうな透の姿があった。


「こんにちは和田さん、柊さん。忙しいところ来てくれてありがとう」


 透は優しげに微笑んだ。こう見てみるとこの姉弟は口元がよく似ている。


「じゃあ奥さんも待たせてるし早く行きましょうか」

「は、はい!」

(赤ちゃんか。女の子かな? 男の子かな?)


 歩いて十分。親子三人で住むには充分である一軒家に着いた。


「ただいま萌。お客連れてきた……」

「きゃあ――!!」


 若い女性の悲鳴が一室から響いた。次いで何かが倒れたような大きな音が響く。


「萌?」

「萌ちゃん?」


 奈緒と透の声が重なった。透が慌てて駆け込む。


「ひよちゃん」

「ええ。急ぎましょう」


 呆然と一連の流れを見ていた二人は我に返ると同時に悲鳴のした方に向かった。


「何があったのですか透さ……ん?」


 一室――恐らく台所――には割れた皿やコップ、それとお茶が頭からかかっている女性とその人に手を差し伸べている透ととりあえず何から片付けようか迷っている奈緒がいた。


(何これ、どういう状況? えっと……多分あの女性がやらかしたんだろうな)


 紫はその様子を眺めながら心の中で推測した。


「萌大丈夫かい? 怪我は」

「ありません。平気ですよ透さん」

(あ、良かった……って赤ちゃんは無事なの? 今の騒ぎで泣き出してたり)

「も、もえ……も……」


 ひよが震えてる。何か言いながら震えている。


「ひよちゃん?」

「ふ、ふふ……萌乃――!! あなたまたやらかしましたね!」


 またそんな近所迷惑な声出して。と、紫は注意すらできなかった。透と奈緒も固まっている。


「こんなにお皿を割ってお茶もこぼして挙句の果てに伴侶に心配をかけるとは何事ですか!!そもそもに注意を怠るとはそれでもメイドなんですか!?」

「も、申し訳ございません!お怒りをお静めください“日和お嬢様”!」


 ……。


「日和……お嬢様?」

「とにかく萌乃!」

「はい!?」

「赤ちゃんを連れてくるのです!!」

「し、承知しました――!!」


 あ、そこ忘れてなかったのね。蚊帳の外にされた三人は一様に同じ意見を心の中で唱えた。

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