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乙女よ。その扉を開け  作者: 雪桃
第二幕
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白川真一

エピローグ

 正一に手を引かれて一時間程かかった。

 その日は生憎の雨でどちらもびしょ濡れになりながら暗い夜道を歩いていた。そのせいですれ違う人からは心配そうな目で見られたが正一が歩みを止めることはなく、いつの間にか目的地に着いていた。

 着いた先には五階建てくらいのビルで窓には白く字みたいなものが書いてあるが暗くてよく見えず、電気も点いていない。


(父さんはどうしてこんな所に僕達を連れて来たんだろう)

「ねえまさか……ず?」


 よく見たら正一の息は荒く顔も不自然な程に真っ赤になっていた。雨の中歩いてきて毒で侵された体が限界を迎えたのだろう。

 こういう場合は普通病院だが僕達はそうもいかない。だけど誰かに頼んだらまた。

 意を決してビルのドアを開けた。夜なのに鍵もかかっていないとは無用心だ。と後から思ったが。


「誰か……誰かいないの!? お願い! 兄さんを助けて! 兄さん……を」


 正一を引きずって中へ入るが同じ体格で力も無かったから一緒に倒れてしまった。

 そうするとすぐに眠気が襲ってくる。八歳の体なんてそう出来ているに決まっているが。


(たす……け、ないと……兄さん)


 最後に映ったのは綺麗な黒の混じった金色の髪だった。




「……ん」

「起きた?」


 見慣れない天井と白髪――銀髪?――の女性が視界に映った。


「だ、誰!?」


 勢いよく起きたは良いけど体中が痛くて呻いた。女性は苦笑しながら寝かせて毛布をかけてくれる。


「昨日ここのビルで倒れてたのを見つけて運んだのよ。もう一人の子は熱もあったから隣に寝かせたわ」


 そう言われて見ると半起き状態で微睡んでいる正一が同じく布団を被っていた。


「正一!」

「んー。しん……」


 意識は正常らしい。机には風邪薬と水がある。

 その部屋にあった時計を見ると午後を過ぎていた。そんなに寝てたのか。


「さてあなた達のことはバッグにあった手紙を見たわ。双子らしいわね。どっちがどっち?」


 僕達は顔を見合わせた。果たしてこの人は信用できるのだろうか。

 大人を簡単に信じてはいけないと僕達の頭には刷り込まれてしまっているから。


「「……」」

「まあそんな簡単には信じきれないわよね。小さい子ってやけに敏感なのよ」


 里奈さんというこの女性はとにかくここで休んでいけばいいと言って席を立とうとした。


「あらこころ。様子見に来てくれたの?」


 カーテンの隙間から金色の髪をした僕達と同じくらいの女の子がこちらを睨んでいた。


「別に……早く出てって欲しいだけです」


 その声に正一は少なからずビクリとした。それはそうだろう。彼女の声には少なからず母さんと同じ軽蔑の念が篭っていたんだから。


「こら。そういうこと言わないのこころ」


 こころと呼ばれた女の子を里奈さんは軽く叩いた。睨むようにこちらを見る姿が不快だ。


「僕達はいない方がいいですか?」


 正一が恐れを含んだ声で言う。


「ごめんね。そうじゃないの。ただこの子凄く人見知りで初めて会う人には早く出てけとか言っちゃうの。悪気は無いのよ。あなた達を運んだのもこの子だし」

「「え?」」

「社長!」


 カーテンを思いきり開けてこころは里奈さんをポカポカ叩いた。


「はいはい痛い痛い。こころ。あなたウィッグも被ってないのに人前に出れるようになったの?」

「へ……やあぁぁぁぁぁ!!」


 こころはそれはもう疾風の如く部屋から出ていった。その時にドアが取れかけたのだけれど。


「こころ壊さないでー」


 仕方ないなぁと里奈さんは言ってドアに手をかける。


「異能・時雨(じう)()


 眩しい程の光が部屋に溢れて僕達は目を瞑った。そのすぐ後にはもうドアは直っていた。


「あら。驚かなくてもあなた達も異能者じゃないの? 治癒力と……えーとまあ色々できる力。違う?」

「……今のも異能なんですか?」


 正一が聞いた。数少ない情報から僕達の両親が調べていたから知識はあったけれどいざ見てみると絶句してしまう。


「ええそうよ。ここは表向きには普通の探偵社だけれどその探偵は全員異能者しかなれないようにしているの。今の子、こころも異能者よ。ちなみにあなた達と同い年」

「「……」」


 慣れたようにスラスラと説明する里奈さんに僕達は黙るしかなかった。


「今ここには私とこころともう一人いるわ。今は仕事に行ってるけどね。禍乱真由美。それであなた達の名前は?」


 言われてみて気づく。そういえば最初の質問に答えてなかった。


「白川正一。僕の方が兄でこっちが真一」


 正一が全部言ってしまった。というかこんなに落ち着いてる正一は初めて見たかもしれない。


「そう。それじゃあ二人とも。うちに来なさい」

「「……え?」」

「あらシンクロした。流石は双子ね。それにこころの時も同じ反応だったし」

「社長! これで良いでしょ!?」


 またドアを壊して入ってきたこころ……こころ?


「黒髪と……黒目?」

「また壊したわねこころ!!」


 里奈さんは拳をこころの頭上に振り下ろした。音が痛い。


「全く。こころ。これからこの二人もここに入るからお世話するのよ」

「「え?」」

「は!?」


 僕達の声が重なり合った。うん、だってまだ入るって決めたわけじゃないし。


「でも他に行くところあるの? 手紙でも一応了承されてるけど」


 父さんが遺した手紙をもらって読んでみる。漢字の部分で所々読めないのはあったけど本当にちゃんとここで面倒みてくれと書いてあった。


「もちろんここじゃなくても孤児院につてはあるけど……どうしたい?」


 どうしたいと言われても。ここがどんな所かもまだわからないのにできるわけが無い。


「まあ考える時間くらいたっぷりあげるわよ。風邪が治ったら孤児院も見せてあげるわ。それで決めてね。それとも……お家にやっぱり帰りたい?」

「いやだ!!」


 正一がすぐさま答えた――里奈さんは元からそういうこともわかっていたような素振りを見せるけどこころが驚きながら納得したような目を見せたのはその時だけ不思議に思った。


(ああやっぱり……もっと早く救えば良かった。こんなに苦しむなんて思って無かった)


「……わかったわ。とりあえず今は体を治しましょうね。何か欲しいものがあったら言って。それじゃあね」


 里奈さんはそのままどこかに行ってしまった。なんと言うかあの人。


「無責任」


 女の子――こころだった――の声がした。


「って思ったでしょ。今」

「う、うん」


 相変わらず人見知りだからと睨まれてはいるけど話はできるみたい。


「社長は大事な説明いっつも省くの。だから真由美お姉ちゃんが補足してるけど今はいないから教えてあげる」

「何を?」

「この探偵社のこと」


 そばにあった椅子を片手で持ってきてそこにこころは座った。


「私の名前は浅葱こころ。あんた達とおんなじ八歳よ。社長……ここは探偵社なの。探偵って人助けのことね。その一番上の人が里奈さんなの。私は一年前にここに引き取られてそれからお手伝いとして働いてるの。社長は悪い人じゃないけど怒ると物凄く痛いげんこつが来るよ」


 今みたいに。とこころは頭をさすった。痛そうだった。


「君もその……異能を使えるの?」

「うん。なんかね、リミッターって言うのを解除して普通の人より力が強くなるの」


 こころはそばにあった大きな机を片手で軽々と持ち上げた。さっきのドアもこの力で壊したのだろう。


「里奈さんと君は親戚か何か?」

「違う。今言ったでしょ。孤児院から拾われてきたの」

「なんで孤児院にいたの?」

「虐待されて捨てられたから」


 至極あっさりと答えたこころに僕達は戸惑った。だって正一も虐待されてたのだから。


「異能者じゃない人からすれば私達は化け物なんだって。そのせいで私は虐待されて福岡から東京まで捨てられに来たの。でも社長があなたの異能は役に立つって言って居場所をくれたの」


 居場所。里奈さんはどういう人なんだろうか。こころを見る限り母さんのような人ではないようだけれど……でも探偵なんて。


「僕達にはできないよ。仕事なんてやったこと」

「私だってやったこと無かったわよ。私達みたいな子どもが働いてるわけないでしょ。もう一回言うけど社長は無闇に子どもをいじめたりしないから。それと孤児院は……まあいい所だとは思うけど少し窮屈かも」


 じゃあね。とこころはそれだけ説明して出ていってしまった。


「……どうしたらいいの?」

「……」


 僕の問いかけに正一は答えなかった。答えられなかったの方が正しいかもしれない。

 そもそもまだ熱があって頭も正常じゃない正一にとっては話を聞くだけでも精一杯だったろう。


「……真一」

「な、なに!?」

「こころは……人の役に立っているのかな?」


 急にどうしたんだろう。熱が上がってしまった?


「どうして?」

「もしここにいて誰かの役に立つことがあるのなら僕は異能で人を助けてみたい。人を治す力を使ってみたい」

「……正一?」


 いつもより虚ろな目。それでもそこには決意が込められている。


「誰かの役に立つのなら。僕はこの場所を選ぶ。今度こそ……誰も死なせないように」

「……」


 ああそっか。正一の目には父さんが映っているんだ。


「……わかった。なら僕もそうする。一人で孤児院に行くのはさみしいし」


 きっとこんな早急に決めてはいけないことだっただろう。今思えば僕はただ兄にくっついていたかっただけなんだ。

 それでも良い。僕も――この異能で人々を救いたい。

 その後、僕の異能は里奈さんに使用を禁止されるということをこの時はまだ知らなかった。




 誰かの咳で目が覚めた。夢を見てたのか俺は。

 医務室のベッドには苦しそうにゆかが苦しそうに息をしていた。額には汗で髪がはりついている。

 破壊神が現れ、しかも腹を切られた損傷として夏風邪が急激に悪化したのだ。汗を水に濡らしたタオルで拭いてやる。


(ごめんなゆか。俺のせいで苦しい思いさせて)


 彼女を俺達の事件に巻き込んでしまった結果がこれだろう。

 もっと……もっと俺が……


「俺の異能が役に立つものであれば良かったのに……っ!」


 俺は叫んだ。それに答える者はどこにもいなかった。

なんか嫌な終わり方〜

正一は?まあまた今度。

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