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乙女よ。その扉を開け  作者: 雪桃
第二幕
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白川家

 紫は夢を見た。何故夢だと思うのか。

 それは紫が今見ているものが()では無いとわかったからだろう。


「兄ちゃん! まさかず!」


 座って本を読んでいた男の子はピクリと小さく反応して振り向く。


「どうしたの。しんいち」

「お父さんがね! “はいえん”を教えてくれるって!」

「行くの?」

「行こうよ!!」


 手を引かれて眉に皺を寄せているところを見ると面倒なのだろうか。


(今とあまり変わらないなぁ。まさの方は大人しくてそれをしんが引いて……)


 きっとこれは過去の一部なのだろう。紫は状況を忘れて小さな双子に見入った。


「しんいち痛い。行くから離して」

「はーやーくー!」


 紫も行こうとしたが急に場面展開のような感じで目眩を起こす。

 次に目を開けると大きな病院とは対称的なあの小さな木造の廃墟――今は古びた建物くらいでまだ原型を留めてはいたが――で双子と若い男性が向かい合い団欒していた。


(あ、そっか。夢だから移動しなくて良いんだ)


 双子に“肺炎”を教えてくれる――父親だと言っていた。


(しんは父似なんだ。そういえばまさとあの院長……どことなく似てたような)


 まさはほとんど感情を動かさない――眠いからだそうで通常はちゃんと表情も動かすそうだが――から忘れていたが目元がよく似ている。


「もうすぐ二人も八歳だな。欲しい物はあるかい?」

「……注射器」

「まだ早いかな?」

「メス」

「正一。それはわざとかい?」


 子どもが物騒なものを欲しがっている。


「なら本が欲しい」

「本?」

「絵本はつまらない。父さんが読んでいる本は楽しい」


 どこから持ってきたのか優に三百ページはありそうな科学と物理の本を取り出す。


「うえぇ文字ばっかり……まさかずこれ読めるの?」

「読めない……けど面白そう」


 理数系の紫にも呪文が浮いているように見える。


「これちょうだい……父さん」


 大事そうにその本を持って見つめる。


「まあ私物だし、大学でも使いはしないけど。こんな年でそんなの読んだら頭がおかしくなるぞ」

「……オイラーも小さい頃から勉強してた」

「あ、ああわかったよそれはあげる。真一は?」

「んー? 何でもいいー」

「こっちはこっちで」


 欲のない息子とおおよそ小学生が欲しがらないものを強請る息子。


「それよりお父さん! 早く授業(・・)して!」

「はいはい。ああ、もっと遅く医者の勉強をさせれば良かった。まさかこんな興味を持つなんて」

「はーやーくー!!」

「……はやく」

「わかったわかった。じゃあ肺炎ってのはな……」


 ここから急に専門的になって紫は眠くなった。夢の中なのに。

 軽く二時間経った頃、木材が大きく鳴る程の足音が響いてきた。


「あなた!」


 鬼の形相になった恵子が何の断りも無く夫に掴みかかった。


「またこんなくだらないことをしてるんですか!? ここはもう時期壊すんですよ!」

「くだらなくは無いだろ? 医者になるには最低限必要なこと……」

「わざわざここでやる必要はありません。二人ともこっちに来なさい」


 有無を言わせず強引に手を引いて子ども達を連れて行ってしまった。




 グルグル回る景色に紫は耐えなければならなかった。


(パッと切り替えられないのかな)


 ふらつく紫の耳にガラスが激しく割れる音がした。

 目の前には割れたフラスコと頭から液体を被ったまさがいた。


「まさ!?」


 紫は叫んでみるが空想――過去――の中であるためにその声は届かない。


「薬品の化学式を未だに覚えられないなんてただの木偶ね。あなたは感情もまともに動かないしこの言葉がぴったりじゃない?」


 嘲るように笑ってから恵子はもう一本のフラスコに入った液体をまさに被せる。


「いたっ……!」

「あら痛かったの?

 人形も酸をかけられると痛いのね。

 それとも異能者は人形の体を人間に変えられるの?」


 酸――それをかけられたまさの皮膚が焼けて血が流れ出していた。


(何これ。こんなの虐待じゃない)


 まさの眠たそうなとろんとした目が苦痛に歪んでいる姿は見えているはずだ。

 そんな姿を面白そうに見ている母親に紫は吐き気すら感じた。


「ねえ正一。前に家系図や遺伝子を見てみたのだけどね。この白川家で異能者なのはあなた達二人だけだったの。ねえどう思う? やっぱり生まれつき何かが体に流れてるのかしら。気にならない? 正一」


 恵子は注射器を取り出してまさの腕に刺した。


「?」

「もし特殊な体ならば、毒にも耐えられるのかしら」

「う……うぇ……」


 少しえづいてから唾液が混じった赤い血が床に流れた。


「おえぇ……え……」

「普通なら即死のはずなんだけど。新しいデータね」


 苦しんでいる子どもをよそに恵子は平然と紙に何かを書き記していた。


「お、かあさ……たす、け、て……」

「助けてあげるような優しい親だと思ってるの? ああでも早く治ってね。新しい毒も試してみたいし」


 注射器に液体を流し込んでいる恵子を見て紫は何もできない自分を恨んだ。


(お願い……これ以上まさを苦しめないで……)


 触れられるはずも無いのにまさを抱きしめようとした。


「……母さん?」


 扉の方から声がして見ると、この光景に呆然としているしんが立っていた。


「どうしたの真一。部屋で勉強してたんでしょ?」

「か、母さん。まさ……正一が血吐いてる。早く病院に」

「大丈夫よ。これは異能者の大切な実験……あ、勿論あなたにはやらないわよ。将来に必要な子だもの」


 傍へ行き、頭を撫でようとする恵子をしんは恐れた。


「ま、正一……正一起きて……兄ちゃん!」


 頭に乗せられた手を払い除けてまさの元へ向かう。


「兄ちゃん! 兄ちゃん!!」


 広がっていく血溜まりに手が汚れるのも気にせずまさを抱えて出ていこうとする。


「……真一」

「どいて母さん。父さんの元に連れていかなきゃ」

「真一。私を怒らせたいの?」


 恵子は怒りの表情を浮かべて毒の入った試験管を手にする。


「真一!」

「絶対助ける。異能・山紫水明!」


 試験管が割れ、液体が飛び散る。その液体は恵子の皮膚にかかった。


「い……っ! あ、待ちなさい真一!」


 酸が手にかかって痛みに悶えている恵子から逃げるためしんはまさをおぶって走った。


「はあ……はあ……と、さん……まさ……まさかず、が…………」


 山紫水明――それは本人が見たあらゆる異能を繰り出すことができる神の使い手よりも有能な異能。


 破壊も無効化もできる。その異能と同等である自らの寿命を削りさえすれば――


「父さん助けて! 正一が死んじゃう!」


 やっとのことで父の元へ駆けつけたしんが必死に訴えている。




(今度は?)


 普通の夕飯の食卓――より少しぎこちない雰囲気ではあるが白川家四人が食事をしていた。

 あの事の後だとしたら恵子がまさに何もしないのは不自然なのだが。


(旦那さんがいるからなのかな。眉間に皺寄せてるから機嫌は悪いんだろうな)




 食後、恵子を除いた三人はあの旧病院へやってきていた。


「君達に一つお願いがあるんだ」

「「お願い?」」


 口を揃えて二人は言う。父はショルダーバッグを二人に渡した。


「そこに地図が入ってる。今日中に恵子に見つからないようにそこまで行って欲しい。そしたら手紙もあるからそれを見せるんだよ」

「……お父さんは行かないの?」


 父はくすりと笑う。鼻からポタリと血が垂れた。


「そこまで行くのに心臓は待ってくれないな」


 口からも大量の血が吐かれる。


(まさかあの時毒が……!)


 自分の夫を殺害したのか――あの女は。幼い少年二人はただ目を見開いて硬直している。


「は、早くい、行くんだ……け、けい……が来る……ま、え…………」

「父さ……」


 しんの手を掴んでまさは引きずるように外へ向かった。


「正一!? 父さんは……」

「……」


 紫は初めて――初めて見た気がした。まさのあんなに憎しみと怒りが混じった顔を。


(似てない。この二人は顔も性格も似てないのに……目だけは一緒なんだ)


 家族の話をしたくないと言っていたしんの目もこんな目だった。


(何で……何でこの二人に幸せを与えてあげなかったの)


 紫の視界が暗くなった。

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