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乙女よ。その扉を開け  作者: 雪桃
第二幕
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院長

「し、失礼します」

「どうぞぉ」


 間延びした穏やかそうな女性の声がする。荷物をしんに預けて真正面に向かい合った。


「今日はどうされたのですか?」

「えっと……ちょっと喉が痛くて夏風邪かなぁと?」

「なるほど。じゃあ確認しますね。よいしょ」


 女性が紫に少し近づきしんに見えないようにこっそり服を上げて胸や背中に聴診器を当てる。


「男性の方がいらっしゃいますからね。彼氏ですか?」


 紫に聞こえる範囲で女性はクスクス笑う。からかっているような、だが全く鬱陶しくないその笑顔に紫は慌てながらも親近感を覚える。


「ち、違います! せ……あ、兄です」

「そうなんですか? 残念。はい、口開けて」


 女性の額についているライトが目に当たって眩しい。


「そうね。初期的に軽く腫れています。抗生剤で弱めましょうか。お兄さん、妹さん思いなのですね」

「……え?」

「あ、は、はいそうなんですよぉ。本当に優しくて。ね、お兄ちゃん! ありがとうございました」

「お大事にぃ」


 手を振っている女性に会釈をして扉を閉める。


「……お兄ちゃん?」

「すみません。先輩だと色々面倒なことになっちゃうと思って」

「……」


 沈黙が二人の間を流れる。


(か、家族の話が嫌ならお兄ちゃんもまずかった?)

「ごめんなさい」

「え? いや謝る必要はないよ。ただその嘘は通じないかも」


 最後の言葉は紫には聞こえなかった。




 紫達を見送った女性――莉乃(りの)は素早く内線のボタンを押した。


「院長。真一様がお見えになりました」

『あら。音信不通になっていたのに自ら来るなんて。正一の方はいたの?』

「いえ。一つか二つ年下の娘だけでした。妹と嘘をついていましたが彼女ではないそうですよ」

『じゃあその子も“そう”なのね。わかったわ。真一は置いといてその子を捕えなさい。以上』


 院長室にある内線電話を切って受話器を置く。


「異能者が自ら現れてくれるなんて。親孝行をしてくれるものね。真一」


 自前の刃物を弄びながら女は不敵に笑った。




「薬ってもっと高いのかと思いました」

「まあ重い病だったら数十万ってかかるけどゆかは市販薬でも治せるしね。まあ仕事はしばらく休みだけど」


 受付に着く頃には気まずい空気も消えていた。


(やっぱり何か機嫌が悪くなること言っちゃったんだろうな。後で謝ろ)


 薬をバッグに詰めているうちに紫は軽い尿意に襲われた。


「しん。ちょっとトイレに行って来てもいいですか?」

「うん。荷物番してるよ」


 急ぎ足でトイレへ向かう。走るのは禁止されているので注意した。

 個室に入ると外から年輩の女性の声が聞こえてきた。


(看護師さん?)

「相変わらず院長は人をこき使うのが好きよね〜」

「そうそう。この前なんか研修生を急に夜勤にさせて倒れるまで徹夜させたのよ。その子結局泣いて逃げちゃったし。怖い怖い」

「まあいい気味よね。調子に乗って先輩医師の顔を汚したんだもの。あんな娘ここにはいらないって意味でしょ」


 二人はその研修生を嘲るように笑う。

 紫はいたたまれなくなったがここで外に出たら何をされるかわからない。


(院長先生のことは相模さんに伝えるべきかな。でも患者さんには何もしてないわけだし)

「そういえば莉乃が見つけたんですって」

「莉乃?」

小鳥遊(たかなし)莉乃(りの)。さっき内科三番で検診してたのよ」


 内科三番は紫が受けた所だ。彼女は小鳥遊莉乃と言うのか。ネームプレートはあったがよく見えなかった。


「で?」

「真一様を見つけたって」

(え?)

「え!? 自分から来たの? 正一様と家出したって言われてたのに」

「見たそうよ。それで連れていたのが少し年下の女の子でその子を連れて来いとの命令よ。珍しい名前だって。えーとゆかりだっけ。(むらさき)って書いて」


 紫の心臓が大きく鳴った。


(と、とにかく逃げないと。パニックになっちゃだめ。静かに……平静に)


 扉を開けて静かに水道で手を洗う。極力視界に映らないように早足で出口へ向かう。


「ん? お嬢さん何か落としましたよ。生徒手帳?」


 ハンカチを取り出す時に落ちたのだろう。いつもポケットに入れていたから。


「むらさき……ゆかり?」


 紫が取り戻すも時既に遅し。看護師二人が出口を塞ぐ。


「何だあなただったの。話は聞こえていたでしょ。大人しく院長の元へ付いて来れば怖い目には遭わせないわよ」


 心臓が大きく鳴る。


(どうしよう。出口は塞がれてるし強行突破も難しいし。個室に逃げても携帯は持ってない)


 紫の視界には通れるかどうかわからない小さな窓があった。

 ここは一階だから当たりが悪くなければ振り切って逃げられる。


(いちかばちか……)


 後ろを向き、勢いをつけて窓の外に飛び込んだ。

 肩から強く打ち付けて危うく外れるところだったが何とか無事に出られた。


「ちょ、待ちなさい!」


 看護師の叫びを無視して逃げた。


(ロビーまで行けばしんにも会えるし簡単には捕まえられないよね)


 だが数メートル走った所で行き止まりにあった。


「嘘……他に道は」


 古い木材の廃墟という印象で恐ろしい気配がする。

 紫は腐り果てている木材に書かれた文字を読む。


「白川……診療所?」


 今の総合病院と随分違いがあるがここも病院なのか?


「早く逃げた方が良いんじゃない柊さん?」

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