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乙女よ。その扉を開け  作者: 雪桃
第二幕
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依頼

 紫が急いで階段を下っていくと白髪混じりの初老の男性が見えた。


「も、申し訳ございません。い、今少し立て込んでおりましてお客さ……依頼人様にご迷惑を」

「別に良い。それより早く依頼を受諾してほしいのだが」

「あ、はい。こ、こちらです」


 紫は早々に男を二階の応接間に案内した。


「そ、それでは」

「うむ。私の名は相模(さがみ)当道(とうち)。しがない会社員だ。今日の依頼は近隣のトラブル……の手助けなのだが」

「手助けですか?」


 近隣トラブルくらいなら紫も想像がつくがトラブルの手助けというものは聞いたことがない。首を傾げる紫に当道は頷く。


「私の家の近くには大型病院があってね。隣の夫婦が……夫の方と友人なのだが。それが最近認知症の傾向が出てきて、ここからは察しがつくだろうが」


 夫の方は病院に行かない。妻の方は行かせようとしている。そんなところか。


「どうして行きたくないんでしょう」

「自分は認知症ではないと言い張りたいのだろうがそれだけだとは思えんでな。もしや病院に悪い噂でも流れているのかと思ったのだが何分こんな老いぼれがこそこそしていたら怪しまれるだろう。それ故ここに頼みに来たのだ」

「成程。それでは社長に問い合わせてみますので病院名を教えてもらえますか?」

「白川総合病院だ」

「はい、しらか……え? あの、もう一回?」

「ん? 白川……白いに流れる川で白川だ」


 いや漢字を聞きたかった──こともあるにはあるが本題はそこではない。


「そ、それでは少々お待ちください」


 当道をそのままに紫は扉を閉めて本部の方へ向かう。


(いや、白川なんてそんなに珍しくないし近所に二つ同じ名字がいても……ね?)


「ええそうよ。その病院はしんとまさの実家」

「あ、やっぱり」


 だろうと思いました。はい。紫は心の中で一人会話をした。


「白川病院か。怪しい所では無いのだけれど……その……」


 里奈は何故かしんの方を見て渋面をしている。

 先ほど集まっていた者の大半は仕事に出掛けたのだろうが病み上がりのため外出禁止のあさ。そして無闇に外に出すと数日帰ってこないらしい錬。医務室には体力の使い過ぎで休めと言われたまさはこの探偵社にいる。


「あさと錬は……でもしんは……まさを連れていくのも……」

「社長。俺が行きます」


 里奈の途切れ途切れの言葉を聞いている紫の隣にしんは立って言った。


「いやでもあなた」

「まだ新入りのゆかを一人にはしておけませんし。いつマフィアが来るかわからないのにあさも連れていけません」

「……わかったわ。気をつけてね二人とも」


 紫は二人の曖昧なぎこちない会話に疑問を持ちながら当道を呼び出して早速病院へ向かった。




 夏真っ盛りで太陽も余すことなく照っている。


「暑い……」


 仕事ということで上は半袖ながら下はあやから譲り受けた肌が一切見えないくらい長いズボンだ。暑がりな紫にとってはそれだけでも地獄である。それなのに少し前を歩いている当道は厚手のスーツ姿で汗一つかいていない。


「なんで平気なんでしょうか」

「さあ。営業や仕事上で慣れているんじゃないかな」


 隣を歩いているしんが答える。わからないと言っているがしんも同じように汗をかいていない。


(これなら熱中症患者も増えて病院も大変なんじゃ)

「しん。病院が実家って跡継ぎとかどうなんですか? 勉強とかも……」

「ゆか」


 しんの声が急に低くなる。紫は驚いて話すのを止めた。


「ごめん。あまりその話に触れないでくれないか。家族の話はされたくない」

「すみません」


 紫はあさのことを思い出す。


 兄を殺しかけてしまった。家族に捨てられ自らを異質と考えた。そんなことがこの人達にもあるのだろうか。

 しんの背中がひどく遠くに感じた。




 到着してすぐに紫はその建物に目を奪われた。


「……病院?」

「病院だ」

(大き過ぎじゃ? 探偵社のビルの何倍だろ)


 紫は病院が嫌いだ。何というか寂しい雰囲気が不安気なのだ。

 しかし玄関口からして一言で言うなら明るい――明るすぎやしないかと思うくらいに。


「柊殿。それでは」

「あ、はい! 何かあったら連絡させていただきます」


 当道は小さく会釈をして来た道を戻っていった。


「あの人は付いて来ないのか?」

「老いぼれがうろうろするのは怪しいって」

「ふーん……」


 何かが腑に落ちないのか曖昧な返事をしんはした。今日はしんの様子がおかしい気がするとつくづく思う紫だった。


「えっと……じ、じゃあ行きましょうか?」

「そうだね」


 二人は院内に入る。外見に負けないくらい内面も華やか(?)だ。


「えっと……凄いですね」

「うん」

「その……調査って具体的に何をすれば」

「内科が一番よく使われる所だからね。お金持ってる?」


 一応必需品は備えているが――。


「擬似ですか……ひゃっ」


 急に首に手を当てられた紫はビクリと体を震わせた。


「半分半分だね。重くはないけど微かに喉が枯れてるし悪化する前に診てもらった方が良い」

「え!? そんな感じはありませんけど」

「暑さで鈍感になってるんだよ。夏風邪はほっとくと長引くからね」


 受付に行き、待合室へ向かう。搬送は無さそうだが具合が悪いのか人は混み合っている。


「これだけ混んでたら手早く終わらせてしまえそうですね。調査できるかな」

「俺が見てるからゆかは検診をして、患者に対する態度を見れば良いよ」


 しんの雰囲気が幾分柔らかくなる。


(仕事の話をすれば落ち着くのかな)


 でも家族と言えばまさは双子のお兄さんなのにそこは平気なのだろうか。そんなことを思っているとアナウンスで呼び出される。


「あ、呼ばれ……」


 ――そういえば内科とは聴診器の“あの場所”では無かったか?


「つ、付いて来るんですよね?」

「……」


 見ないようにするという目線を送られた。やはり少しの間だけでもあさを連れてくれば良かったと思う紫であった。

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