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乙女よ。その扉を開け  作者: 雪桃
第二幕
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その時までの約束

『そちらへ向かいます。ゆか、頼みますよ』

「……うん」


 通話を止め、やまと紫は人目を避けた場所に待機していた。


「幻覚の死神、高堂茜か。暗殺としては珍しい殺し方だけど最終的には自殺に追い込むからバレないってわけだろうな」

「……」

「破壊する準備しとけよゆか……ゆか?」


 やまの言葉にも紫は暗い面持ちで返事をしない。


(破壊神……操れないのに急に仲間を救うなんてできないし、それに)


 “シネ、シネ、シネ! アハハハハ……”


 もしもまたあんなことになったら――


「ゆか……紫!」

「ひ、ひゃい!」


 目線を上げると鼻がくっつく程の距離にやまの顔があり、慌てて退いた。仕事上の先輩でそういう感情が無いにしても男性の顔が近くにあるのはいたたまれない。


「どうした? 顔赤いぞ」

「な、何でもないです!」


 あやがこの前「やまはとにかく鈍感だから深く考えるな」と教えてくれた。


(こういうことか)

「……本当に大丈夫か? 異能への不安とか」


 考えられていることを当てられて体を震わせてしまった。


「図星か」

「すいません」


 やまは少し黙り込み不意に紫の額に指の先を当てた。


「神の異能者も少しなら効くんだよな」

「やま?」

「異能・隔世(かくせい)(かん)


 脳内に微弱ながら何かが流れ込んで体が幾分楽になった。


「?」

「やっぱり破壊は厄介だな。結構強めにやったのに」


 呆けている紫の額にやまはデコピンをした。


「痛いか?」

「いいえ。何か当たった感じはあります」

「あ、大分効いてる」


 神の異能者も万全では無いのか。と、やまはぶつぶつ呟いている。


「や、やまの異能って?」

「感覚を変化させる。さっき痛みを感じなかっただろ? ちなみに逆もできるぞ」


 脳内に流れて来たのはそれか。だが何故今?


「お前は異能を制御できないからあさを救えないと思っているのだろうけどな。完全に百パーセント成功する異能なんてありはしない。それにあさを救う手立ては他にもあるさ。俺の異能は視野(・・)を広げられるし。お前みたいにパニックに陥りやすい奴とかな」

「う……すいません」

「とにかく今はあさを取り戻すだけに専念しよう」


 ガサガサと茂みの奥から音がする。万が一に備えて身構えるが現れたのは緋色の髪だった。


「ゆか、やま! お待たせ」


 肩で息をしているひよとあさを担いでいるあやが走ってきた。


「あ……う、ぐぅ……」

「ゆか。もう時間が無いです。早く」


 あさを寝かせて紫は深呼吸をした。


(落ち着いて。あさを救う為に)

「ゆか」

「はい」


 胸の前に赤黒い珠を出す。


「あさの心臓に根付いてしまっているのだと思われます」

「……うん」


 心臓を壊さないように悪夢を取り除く。


「落ち着いてやれば大丈夫さ」

「はい」


 やまに頭を優しく叩かれて幾分か緊張がとける。マフィアの異能を消して、破壊神……


 カチ


「え?」


 弾丸が紫の頬を掠めた。


「破壊神は悪運が強いのね」


 振り向くといくらか傷を負った茜がいた。


「……社長はどうしたの」

「私が倒せるはずないでしょう? そんなに馬鹿じゃないわ」


 そうなると里奈とやり合えるのは一人。


「急にラスボスって。やま、銃使える?」

「ああ。お前だけじゃ不安だしな。やってやるさ」

「よし。マフィア、あさを戻すまでは逃がさないわよ。ゆかはとにかく異能に専念しなさい。異能・燎原(りょうげん)の火」


 珠から火が燃え盛る。


「……破壊神を渡す気は無しか。なら苦しませてやる」


 機関銃で二人を追い詰めようとするがそう上手くは行かない。


「やま。とにかくあいつに異能を使わせるな」

「わかってるさ」


 紫とひよはあさの悪夢を取り除こうとする。


「多分やり方はあってる筈なのですけれどどうして効かないのでしょう。異能を消さなきゃあさが死んで……ゆか?」

「……」


 異能を消す。もしかしたらこの作戦が効くかもしれない。

 それなのに。

 なぜだろう。

 焦点が合わなくなってきた。


「……効いてきたか。神の異能者にしてはまあ早い方かもね」


 手先が震える。瞼が重い。


「ゆかに何したの!」

「強力な睡眠薬を銃に混ぜておいたの。異能者でも効くね」


 苦しい……目を開けるのが辛い……でもこの作戦を成し遂げなきゃ。


「ゆか!!」

「余所見してる暇があるの?」


 弾丸は構わずあさとやまを追い詰める。


「っ。ゆか、とにかく一旦避難を」

「ひよ……ちゃん……あの二人とマフィア……引き離せる?」

「は? で、できますけど」

「お願い。私の意識が……飛ぶ前に」


 ひよは困惑した目で紫を見てから戦場へ駆けた。一瞬しか無い。失敗すれば紫はもう戦えないだろう。


(大丈夫。立てる)


 ひよがあやとやまの動きを止めるために後ろから服を引っ張る。


「ひよ!?」

「ちょ……何して」

「わたくしが聞きたいです!」

「何? 仲間割……っ!!」


 茜は銃の方向を後ろに向けた。いつの間にか紫は茜の背後に立っていたのである。弾丸は紫に当たるが急所には中々当たらない。だがこれなら――。


(異能を壊す私がが珠を奪ったら)


 珠に手を伸ばす。茜も紫が何をしたいのか理解できた。


「させるか!」


 拳銃で撃ち抜こうとしたがその前にやまによって弾き飛ばされた。


「ゆか!」

「砕け散れ――!!」


 珠を握った瞬間、何かが弾ける音がして茜の異能が消えていった。


「あさ!」


 慌ててひよがあさの元へ駆け寄る。珠を壊したからか悪夢は消え、穏やかに寝息をたてている。首には血の跡がついている。危機一髪だった。


(良かった)


 そのまま紫の意識は飛んでいこうとした。


「あ、ゆか……」


 拳銃の装填をする音が聞こえた。


「任務を遂行するのはいいことだけどそれが敵の前だったら意識を手放すなんてありえないことよ」


 虚ろになっている紫の顎を掴み、茜は口内に銃を無理矢理入れた。


「うっ!」

「よくも暗殺の邪魔をしてくれたわね。死ね」


 引き金を引こうとした時、黒く禍々しい獣が二人を離した。


「そいつは殺すなと何回言えば分かるんだい茜」

「魔姫様っ!」


 茜にも想定外だったのか瞠目している。


「あんた……社長は?!」

「さあねえ。()治癒(・・)が来たからやめたけど黒獣で大分ボロボロにはしたよ」


 真由美とまさが来てくれたならそちらは大丈夫だろう。


「それでだがな紫」


 恐れている魔姫が現れたことで眠気が幾分吹き飛んだ紫は身を強ばらせながら違和感を覚えた。


 魔姫は今、自分を“紫”と呼んだ。前は“破壊神”だったはずだが。


「紫。お前はこちら側の人間では無かったようだね……人間であるお前は」

(人間、である?)

「あんな化物が人間な訳ないからね。だからお前は奪わない。絶望したら……もっと世界に絶望したら“紫”を殺してやるさ。だから精々今を(おう)()するんだね」


 魔姫は不敵に笑ってそのまま茜と消え去ってしまった。


「あ……」


 力が抜けて紫は震える体をさすった。破壊神は人間じゃない。私が破壊神になったら……。


「殺される?」

「あんたは死なないよゆか」


 あやはしゃがみこんで優しく紫の髪を撫でた。


「あや……」

「あんたは破壊神にならなくていい。柊紫のままでいい。私達が守ってあげるから絶望なんかしちゃだめだよ」

「はい……はい」


 涙が溢れてきて息が詰まる。ぎゅうっと力強くあやを抱きしめる。


「……よしよし。よく耐えたね、ゆか」




「から姉無事ですか?」


 一段落してあさの容態も正常に戻った。


『無事……か。里奈は重症よ。これは中々全治に時間がかかる。あさは?』

「あさなら大丈夫です。今は眠っていますが脈は安定してます」

『そう。なら社に戻って。私達は里奈の治癒が終わってから帰るから』

「はい。というわけなので帰りましょうか」

「あいよ。あさは俺が担ぐからひよはなるべく人目のつかないように帰れるルートを探してくれ」

「はーい」


 ひよがルートを探している中であやは紫を見下ろした。


「ゆか」

「はい?」

「あんたは十六年間特異な能力を知らずに育ってきた。そんなところから急に化物だとかマフィアだとか言われるのは辛いと思う。ただこれだけは覚えておいて。あなたを独りにはさせないから……私達のようにはさせないから」


 紫は息を飲んだ。そしてあやの手を握り締める。


「はい。どうか守ってくださいね」


 私はこの人の傷を知らない。正直知りたくもない。こんなに明るい人の闇なんて――


(だけどその日が来たら私は受け入れますから。だからその時まで一緒にいさせてくださいね……あや)




「今回は失敗に終わったのね茜」


 ひなみが戻ってきた茜に言う。


「別に。また次に殺すわ」

「……そう」


 茜はそれだけ言うと消えてしまった。


(冷静に言ってるけど癖が出てるよ茜)

「首筋の痣を掻く……感情が昂っている時の証拠がね」


 誰一人としていない通路に少女の笑い声だけが木霊した。

エピローグ的なものも書きます。


隔世の感→世の中がまったく変わった感じであるということ(緊張すると視野が狭くなると言いますが感覚を和らげれば視野が広がって世の中を違う視点で見えるという点から)

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