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乙女よ。その扉を開け  作者: 雪桃
第二幕
17/164

木葉がこころになるまで

あさの過去編です。

 木葉が産まれたのは日本の都会から遠く離れた九州の小さな町だった。フランスから来た母と日本人の父が恋に落ち、程なくして楓が産まれ、その二年後に木葉は誕生した。


 天真爛漫で活発少女と呼ばれるようなお転婆は彼女の長所であり短所でもあった。


 三歳の時、机に置いてあった花瓶を割ってしまう事故があった。


「木葉! どうして何度も言ってるのに聞いてくれないの!? 今度こんなことしたらどうなるか分かってるんでしょうね!」


 母は元々ヒステリック気味で木葉の天真爛漫な性格を嫌っている。木葉も母を怒らせてはいけないことはわかっているが如何(いかん)せん何が悪いのか全ては理解できない年齢。


 木葉は泣きじゃくり二階の方へ逃げてしまった。入れ替わりに父がやってきた。


「あなた! 木葉がまた物を壊したんです。あの子を娘として好きになれません」

「まあそれはいけないことだが三歳の子なんてそんなものだろう。そうムキになるな……ん?」


 父は割れたガラスの破片を拾いながら覗き込む。


「何でここだけねじれているんだ? まるで獣が噛んで曲げたようになってるぞ」

「知りませんよそんなこと!」


 それが木葉が異能者であるという前兆だったことを知る者はいなかった。




 幼稚園の年長。すなわち木葉が五歳の頃、異変が起きた。


 ようやくやって良いことと悪いことの区別が付き始め母のヒステリックもいくらか収まってきた頃。新しく友達ができた。


「こーのーはーちゃん。あそぼ!」

「うん、あすかちゃん」


 あすかは今年友達になった同い年の女の子である。あすかには首筋に星型の痣があり、両親曰く“こじ”なのだそう。


「てつぼうしよう」


 あすかに誘われて外の鉄棒の所へ向かった。そこには“ガキ大将”――近所の人達がそう言っていたと木葉は覚えていた――の男の子と取り巻きが占領していた。


「あたしたちもつかいたいからかして」

「やーだよ。こじはあっちいけ」


 お願いをしたあすかは強く押されて尻餅をつき泣いてしまった。


「やーいなきむし!」


 男の子達はあすかをいじめ始め、木葉の怒りを呼んだ。


「やめてよ! あすかちゃんわるくない。わるいのはあんたたちでしょ!」

「なんだよ。おれさまにさからうならおまえも」


 振り下ろした手を払うために腕を掴んで止めた。ただそれだけだったのに。


 骨が折れて“ガキ大将”の手は力なくぶらんと動かなくなった。


「う……うぇぇぇぇん!!」


 大声で泣き出したそれに気づいた先生が慌てて駆け寄ってきた。その後、“ガキ大将”は病院に行き木葉の両親は呼び出された。

 

 木葉はこれから起こることわを理解してしまった。

 それは予想通り。帰るとすぐに母から頭を頬を幾度となく叩かれた。


「化物! 化物!! あなたは人間じゃない。お前なんか消えてしまえ!」

「ごめんなさい……ごめんなさい」


 何度も謝って父が止めるまで木葉は殴られ蹴られた。木葉の怪我を治したのはいつも楓だった。


「おにいちゃん……このははいらない子?」


 楓は首を横に振った。


「ちがうよ。木葉はいらない子じゃない。お母さんは少しパニックになってるだけだよ。木葉、僕と約束しよう」

「やくそく?」

「そう。もし怒っても人を傷つけちゃだめ。深呼吸すれば落ち着くよ」


 木葉は試してみる。すると段々落ち着いてくる。


「約束守れる?」

「うん! このはまもる!」


 二人は指切りをして約束した。




 それから月日が経ち、木葉は小学生になった。


 あすかとはまたいつか会おうと約束した。離れてしまうのは寂しかったが楓と登校できるようになった。


「木葉嬉しそうだね。そんなに小学校楽しみ?」

「うん! だってお兄ちゃんといっしょに行けるんだもん」


 幼稚園の頃の事件は被害者側も言及せず男の子も完治していたので大事にはならなかった。木葉は楓との約束通り人に暴力をしなくなった。


 入学から何ヶ月か経った頃、木葉は学校にあった小さな自然園で虫を探したり花を観察していた。そんな時、木葉の周りを黄色い玉が回っていた。


「?」


 じっと見つめていると眠くなってきて、目を閉じた。


「……ちゃん……木葉ちゃん!」


 不意に名前を呼ばれて目を開けると同じクラスの女の子が心配そうに立っていた。


「どうしたの木葉ちゃん? こんなに穴を掘って」

(穴?)


 下を見てみると確かに穴があった。それも大人の猫一匹が入れそうな程大きい。

 両手を見ると土まみれで所々泥だらけだ。いや、それよりも……。


「木葉ちゃんの爪トラみたい」

「トラ?」

「うん。長くてするどくて生き物をおそうの。こわい動物なんだよ」

(トラ……こわい)


 今度は誰も傷つけなかった。だが何かおかしい。何かが近づいてくる。


(こわい!)


 木葉は一目散にそこから抜け出した。


「お兄ちゃん!!」


 家に帰った木葉は急いで楓の元へ行き、今日のことを話した。


「お兄ちゃんやだよ……トラになりたくないよ」

「……大丈夫。お兄ちゃんがそばにいるから。そうしたら安心できる?」


 楓は優しく木葉の頭をなでた。それから暇があれば二人は一緒にいることにした。




 一年後。木葉が七歳の時に事件が起きた。


「お兄ちゃんどこ行くの?」

「友達と公園で遊びに行くんだよ」

「行く!」

「だめだよ。今日はお留守番してて」


 楓が行ってしまい木葉は置いていかれた。


(……こっそり行っちゃおう)


 気づかれないように少し覗き見て帰ろう。そう思った木葉は裏道を通って楓に気づかれないよう公園へ向かった。


「お兄ちゃん」

「化物を倒せー!」


 化物と聞いてびくりと震えた。だがそれよりもっと目を見張るものが。


「いっ……うぅ」

「お兄ちゃん?」


 石を投げられ水をかけられボロボロになっている楓の姿があったのだ。


「なあ顔も傷つけちゃおうぜ。それで化物をおびき寄せるんだ」

「やめて! 木葉はいじめないで!!」

「黙れよ化物の兄貴が!」


 顔も殴られている。小学生だけでなく中学生もいるのではないか?


(化物だから? 私が悪いから?)

「や、やめて! あ、あんなの僕の妹じゃない……あんな化物、妹じゃない!!」


 ……化物? お兄ちゃん……私は化物なの?


 化物化物化物化物バケモノ!!


「お兄ちゃん……」

「木葉!?」

「化物だ──!! 皆倒せ──!」

(ああうるさい。私は今お兄ちゃんと話したいんだ)


 黄色い珠が木葉の周りをふよふよ浮かびまわる。


(……この玉があれば何にも怖くないよね?)


 あさに寄っていった中学生程の男子の頬を木葉は斜めに大きく切り裂く。


「ひ、ぎゃあぁぁぁぁ!」


(怖くないの。だって私に勝てる奴なんていないんだもの。あはは。あははは)

「あはははははははは!!」


 恐怖に怯える者の叫び声が段々減っていく。悲鳴に紛れて自分を呼ぶ声が聞こえる。


「木葉……木葉!」

(お兄ちゃん……あなたも私のことを化物と言うんだね。化物を見るような目をするんだね)

「ああああああ!!」


 木葉は鋭くなった爪で楓の左肩から斜めに胸まで切り裂いた。間もなくして楓はバタリと倒れ込み動かなくなった。




 数時間後。何とか一命を取り留めたものの楓は意識不明となった。

 騒ぎを聞きつけた近所の人達が救急車を呼び傷ついた子どもたちを病院まで行かせ、軽傷の者達には取り調べを警察が行った。全員木葉にやられたと言っているが七歳児が人殺しなんてできるのだろうかと警察は頭を抱えた。

 とにかく木葉は病院へ――精神科と言われたところへ強制的に連れてかれた。


「木葉」


 木葉は体をビクッと跳ね上がらせた。


「お、お父さん……お兄ちゃんは?」

「何とか死なずには済んだよ。また後で会いに行くけど」

「見つけた」


 いつからそこにいたのか。病室の入口に母が立っていた。手に包丁を持って――。


「おい何やってるんだ!」

「何って化物をここから追い出すのよ。大切な息子を殺そうとした奴をね!!」

「待て! 僕に案があるから殺人を犯すな!」


 母は止まり、怯える木葉をよそに父と話し合った。小さな声だが木葉には少しだけ聞き取れた。


(こじ……とうきょう……)

「わかったわ。ただし一つだけ」


 怯えている木葉の髪を掴むと無造作に包丁で切った。


「私と同じ髪と目が気に入らないわ。けどこれで済ませてあげるから早く消えなさい化物!」


 訳がわからなくなっている木葉を抱えて父は車を発進させた。


「!? お父さんどこ行くの?」

「……」


 何も言わず父は運転を再開させる。




 ――木葉は覚えのない匂いに目を覚ました。


「あら、起きた?」


 見知らぬ女性が自分を見下ろしている。


「?」

「ああ意識を失っていたからわからないよね。外を見てご覧」


 言われて見てみると故郷の姿は影も形も無かった。高い建物がびっしりと並んでいて、人も多くて何より外では何人かの子どもが遊んでいる。幼稚園のようだけど何か違う。


「ここどこ?」

「ここは身寄りのない子どもを預かる施設。お父さんやお母さんがいない子の来る所だよ。あんたも昨日の夜そこの門の所で保護されたの」


 お父さんやお母さんがいない?


(私にはいるよ。二人は。二人は……)


 昨日車で空港に行き、そこから父が“とうきょう”と言う所に自分を連れてきたのは覚えてる。でもそれからは。


「み、みんなの親は死んじゃったの?」


 女性は顔を曇らせた。


「いいえ。捨てられた子もいる。あんたのようにね」

「すてられ……」


 うなだれた木葉の顔に切り忘れられた髪が一房かかった。


(愛してくれる人はいない。こんな所……いやだ)


 それから木葉は頭を覆いかぶせるようにシーツにくるまり外に出ようとしなかった。一言もしゃべろうとしなかった。


「おーい名無しー! 園長が呼んでるぞ」


 木葉は名前も教えていないためいつしか『名無し』と呼ばれた。数人からは可哀想だからと『なな』とも呼ばれているが。


「なな。お前と話したい人がいるって。まあガン無視でもいいけど」


 木葉は一点を見つめるばかりで返事すらしなかったが不意に隣に気配を感じた。園長よりも若そうなのに老婆のように真っ白の――いや、銀色?――髪の女性が座ってお茶を飲んでいた。


(……誰?)


 木葉の視線に気づいた女性が顔を近づけてきた。


「はじめましてななちゃん。私は城ヶ崎里奈。探偵をやってるわ」

「りなせんせ?」


 思わず口走ってしまった。


「先生ではないけどね。何だちゃんと喋れるじゃない。あの人ほら吹きやがったわ」


 口が悪くなっている里奈に接点が無い木葉は目をパチクリさせた。


「よし。なら単刀直入に言っちゃおう。ななちゃん、異能って知ってる?」

「?」


 首を傾げると里奈がお茶をカーペットにこぼした。


「!?」

「見ててね。異能・時雨(じう)()


 光が飛び散り木葉は眩しさにシーツを被って目を閉じた。もう一度前を向いた時には乾いていた。


「こういう超能力を異能と呼ぶの。そしてあなたも持ってるでしょう? これとは違うけどここに来た理由となったものが」


 今の光景に夢中になっている木葉は里奈を見つめるしか無かった。


「……どんな?」

「さあ? 何か人と違うもの、ない?」

「……とらみたいになった。爪が長くなって土を掘ったり、人を……傷つけたり」


 あの時の光景が木葉の心を覆う。里奈は暫く考え込んだ後、紙袋からリンゴを出して木葉の手に乗せた。


「ななちゃん。これ言ってみて」


 紙に“源、異能・獅子奮迅”と書いてある。読み方を教わってやってみた。


「げん……異能・ししふんじん……?」


 リンゴに力を入れた途端グシャリと潰れてしまった。


「ああやっぱり」

「え、あ、どうしようどうしよう」

「大丈夫よ戻せるから」


 リンゴを元に戻すと里奈は少し困ったように笑いながらも先ほどより楽しそうに笑った。


「あなたはやっぱり異能者だったのね」

「へ?」

「獅子の憑依者は初めてね。それにまだこんなに小さい。ななちゃん」

「?!」


 急に呼ばれて木葉は声のない悲鳴を上げた。


「私と一緒に暮らしましょう」


 里奈は早口にそう言った。


「はい……え、あの、は?」


 もう訳がわからなすぎて頭が思考停止状態になっている。


「私は異能者の探偵事務所を経営してるの。人を助ける仕事よ。そしてあなたにも手伝ってもらいたいの」


 シーツを捕られて太陽の光に目を細める。伸びたブロンドが顔にかかって鬱陶しい。


「むり……だって私……化物だもん」

「化物? それならもういるわよ。鬼がね」


 にやりと笑って里奈は手を差し伸べた。


「進むも良し。逃げるも良し。どうしたいかは自分次第」


 どうしたいのか。私は何がしたい。


『早く消えなさい化物!』


 化物でも……自分を認めてくれる人がいるのなら。


「……木葉」

「え?」


 里奈の手を遠慮がちに握る。


「阿佐ケ谷カルネ木葉。でもこの名前は嫌い。髪も目も嫌い」

「そう」


 里奈はひょいと木葉を持ち上げペンで“浅葱こころ”と書いた。


「?」

「ならこの名前でうちに来なさい。浅葱はあなたのその目の色。あなたは優しい。この先きっと次に来る子達を優しいこころで受け止めてあげるの。それと……」


 バッグから黒いウィッグを取り出し無理矢理被せ、カラコンを目に入れた。


「いたい!!」

「すぐ慣れる……っと、どう?」


 鏡を向けられて見ると、そこには黒の髪と目を持った“浅葱こころ”が映っていた。


「これからはその様で過ごしなさい。コンプレックスをわざわざ晒す必要なんて無いわ。さてと、役所やら何やら面倒ね。ついてきなさい。こころ」

「は、はい!」


 木葉改めこころ――後のあさ――は八歳の春。探偵社で新しい人生を始めたのである。

一話で完結させようとしたら長くなってしまった。

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