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乙女よ。その扉を開け  作者: 雪桃
最終決戦編
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エピローグ

最終回

 飛行機を降りて一日に数本しか来ないバスに乗り、目的地へ向かう。


「無理して来なくていいのにあす……茜」

朱鳥(あすか)でいいよ。私も木葉って呼ぶし」


 あさは隣にいる茜を見て苦笑する。


「数ヶ月前まで荒れてた敵とは思えない」

「お互い様」


 二人で軽く笑う。今向かっているのは二人が幼少期に過ごした故郷。あさはブロンドに浅葱色の目をしている。


「社長に帰郷させてって言った時はめっちゃ驚かれたわ」

「私も。正気かって当道に言われたわ」

「でも一回死んで目覚めたの」

「うん」


 自分達の成長した姿を見せつけてやりたい。

 二人は声を合わせて言い、二人して笑った。




 病院内は慌ただしい。院長が急死したのだから当たり前だ。


「すいません」

「はい。診察の受付ですか」

「いいえ。院長室に呼んでいただけないかと」


 自分の身分証を出す。


「はい。白川真一様……白川!?」

「しー。院長先生を呼んでいただけませんか」


 看護婦が急いで院長に連絡する。今の院長はどうやら生前恵子が一番に信頼していた有能医師らしい。


「つ、繋がりました」

「それじゃあ行きます。ああ、道はわかるので」


 受付カウンターから出てきて案内しようとする看護婦を止めて、院長室へ向かう。




 既に旧病院の跡は残っておらず、更地になっていた。まさはそこに花を置く。


「父さん、母さん。真一が医者になりたいんだって。あの真一が」


 今はもうこの世にいない両親に向かって笑いかける。恵子の四十九日も大分前に終わった。きっと今頃あの世で最愛の旦那と幸せに過ごしているだろう。


「失礼。邪魔をする」


 初老の男の声が後ろで聞こえる。


「相模さん」


 当道は菊の花束をまさに渡す。


「母君に謝罪の言葉もなかった。どうかこれも供えてくれないか」


 まさはしばし目を瞬かせた後、優しく微笑んだ。




 覚束ない足取りでこちらに向かってくる(たく)にひよはお嬢様であることも礼儀も忘れて可愛がっていた。


「ひよちゃっ」

「そうでちゅよー。ひよちゃんでちゅよー。かわいいでちゅねー拓くん」

「ひよ。仕事に遅れるんだけど」


 真由美が玄関口に立って溜息を吐く。丁度依頼を受けた場所がひよの実家の近くだったため、少しだけ寄ってみた。するとどうしてか仲が良くなったらしく、萌乃や千鶴達も勢揃いしていた。


「日和様の長い髪がないのは残念ですがショートボブもまた良しです」

「萌乃に踏まれなくなって凄く安心しました」

「うっ」


 まだ拓と遊んでいるひよを真由美は引っ張る。


「あぁぁ拓くぅぅぅん」

「はいはい拓君はまた今度」


 真由美がドアを開けるとぶつくさ言いながらも靴を履いて荷物を持ち直す。


「ひよちゃ、いてらしゃい」

「行ってきます。拓くん」


 元気に手を振る拓に笑顔で返した。




 両親にはしっかりと別れの挨拶をした。だから家族という縁は切った。


「何隠れてんだ俊」

「隠れてなんか……秀!?」


 後ろに突然現れた秀にいつもの癖で身構えてしまう。


「なんでここに」

「彩乃に『なんかやまが女々しくなって気持ち悪いから偵察よろしく』って言われたから。全く、こっちはアイラのお守りで忙しいのに……。で、誰探してんの?」


 壁で死角になっていた所を乗り出して見る。


「池内先生さようならー!」

「おうさよなら。気をつけて帰れよ」


 小学校の下校途中らしい。ジャージを着た池内と呼ばれた男教師が立っている。


「池内って。ああなるほど」

「……」


 気まずそうに目を逸らすやまの後ろに回り込む。間髪入れずにやまの背中を強く押した。


「ちょっ……おい秀!」

「俊?」


 こちらに気づいた池内が歩いてくる。秀は呑気に手を振りながら帰ってしまった。


「お前……」

「あ、えっと、その」


 まごついていると不意に大きな手が頭に乗せられた。


「大きくなったな俊。元気そうで良かった」


 その言葉が。その言葉だけでいい。やまの目から涙が出てきた。


「池内……」

「ん?」

「ありがとう」




「何黄昏てんのアイラ。暇潰しができなくて困ってんの?」

「気配消して来ないでくんない」


 アイラと雛子は人気が全くない空き地にいた。アイラは押し殺しているらしいが不機嫌な気配は隠しきれていない。


「じゃあなんでここにいんの」

「何かないと来ちゃいけないの」

「うわーむかつくわー」


 そうは言うものの雛子の表情は一切変わらない。


「まああんたの考えなんてお見通しだけどね」


 雛子はアイラの顔を下から覗き見て珍しく意地の悪い笑みを零す。


「一番嫌いなやつに命救われちゃったねぇ」




 探偵社の本部であやと旻はいつも通り書類整理をしていた。


「もう春だね。花でも飾る?」

「それなら梅がいい」

「梅だと枝ごと買わなきゃいけないんだけど。ていうかなんだかんだ言ってスキモノだねあんたも」


 出会った頃よりずっと表情が豊かになった旻を見てあやは微笑む。


「そういえばゆかは?」

「今社長が呼びに行ってる。多分屋上だと思うけど」




 里奈は階段を上がって屋上に続くドアを開ける。目の前では紫が背中を向けて空を見ていた。


「今日は何が映ってたの?」

「……変わらない。幸せな風景です」




 紫が神の頂へと続く扉を開けた時に願ったこと。それは。


『敵も味方も関係なく、もう一度皆とこの世界で生きたい』


 紫の願いが叶えられたのかよくわからないまま、舞姫とその場に立っている。すると里奈が目を覚ました。


「社長!」

「ゆか? でも、私……」


 戸惑う里奈を力いっぱい抱きしめる。里奈はそれに応じるも目線は違う方向へ。


「魔姫……っ」


 殺意を憶えた里奈を紫は慌てて止める。


「社長落ち着いて! この人は魔姫じゃないんです!」

「じゃあこの人は何だっていうの」

「えっと……舞姫さんです。魔じゃなくて舞の方!」

「はあ?」


 意味がわからないと言うように首を傾げる里奈。そこに舞姫が近づいてきた。


「銀」


 里奈は動きを止める。その隙に舞姫が里奈を抱きしめる。


「もう一度……もう一度あなたを抱きしめられるなんて思わなかった」


 様子の違う敵を見て里奈は紫に助けを求める。紫はわかってもらおうと何度も首を縦に振る。

 自分のことを銀と呼ぶのは後にも先にも姉だけ。自分を優しく抱きしめ頭を撫でてくれるのも姉だけ。恐る恐る腕を回し、口を開く。


「お、姉様」


 呼んだ瞬間、何かが決壊した。


「おねえさまぁぁぁぁ!!」

「辛かったね銀。ずっと我慢してきたんだね」

「うぁぁぁぁぁぁ!!」


 融通の利かない子どものように里奈は舞姫の胸で泣きじゃくる。百年分の想いを込めたような涙に舞姫はただ頷いて頭を撫でる。

 里奈の涙も収まり、紫がその間に起こしたあやも目が覚め、いつまでもここにはいられないので帰ることにした。


「……舞姫さん?」


 いくら待っても舞姫は来ない。むしろ後ろ姿を見送っているよう。


「ゆか、行くわよ」

「でも……」

「お姉様とはもうお別れしたから」


 紫は驚いて舞姫の方を向く。舞姫は切なそうに笑い耳打ちする。


「縁があの世で何するかわからないから。銀をよろしくね」





「皆でただ普通に暮らしている。それだけで私は幸せです」

「そうね……ってぼーっとしてる場合じゃなかった。ゆか、仕事」


 里奈が懐中時計を見て思い出す。そのまま紫に手を差し出す。


「行きましょう。紫」

「はい!」


 紫は笑って里奈の手を取った。

 気持ちの良い青空が広がっていた。

ご愛読、本当にありがとうございました。これからも雪桃をどうぞよろしくお願いします。

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