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乙女よ。その扉を開け  作者: 雪桃
最終決戦編
163/164

乙女よ。その扉を開け

残り一話。

 生まれ落ちてから一度も愛情を受けたことがなかった。実の両親は生死の状態もわからない。年もよくわかっていないまま寺に放り出され、奉公に出る十二年目に橘家の水輝と出会った。

 十四の時、奉公先の夫婦が病死、水輝は病に体を犯され動けなくなった。

 十七の時、水輝を殺そうとしていた女中を返り討ちにして、橘家当主の付き人となった。

 十九の時、女中が小耳に挟んだという黒髪の舞姫と銀髪の異様な娘の噂を聞いた。

 二十の時、黒髪の舞姫を屋敷に招いた。噂に違わず美人で健康も申し分がない。性格は置いておくとして。

 二十四の時、縁談が舞い降りた。正直子を成してしまえればどうでも良かった。舞姫と里子の仲も解け、水輝もようやく結婚した。

 二十七の時、離縁した直後、里子が結婚し、付き人となった。

 三十一の時、舞姫が妊娠した。真由美の父が死んだ。

 三十二の時、雄介が死んだ。里子が狂った。舞姫が狂った。水輝が死んだ。瑠璃を手放した。縁という存在を消した。




 百年後。自分の血縁者に心臓を貫かれた。




(重い……)


 縁は口から血を吐き、仰向けに倒れる。心臓の辺りが焼けるように熱い。熱いのにその中心は空いている。


(起き上がる気力もない。死ぬっていうのはこういうものなのか)


 一つ息を吐くと余計体が重くなる。ふと目を開ければ舞姫が見下ろしていた。


「縁……」

「何。もう立てないよ」


 辛そうに見ている舞姫に苦笑する。すると舞姫は縁を少し起こし抱きしめた。


「ごめんね縁」


 急に謝られた縁は首を傾げる。それだけの動作も苦しくなる。


「どうして謝る」

「あなたに酷いことを言った。傷つけた。あなたの話も聞かずに無碍(むげ)にしてきた」

「そんなこと。もうどうだって……」

「よくない。ずっと、百年以上前から縁は私を守ってきてくれた。その身を犠牲にして。寂しさに耐えて」

(……寂しい?)

「縁は大人で、天才で、全くわからない人だった。でも今ならわかる。縁が捨てた……いいえ、知りもしなかった寂しさを抱えていたことに」


 寂しいなど一度も思ったことがない。両親が産み捨てたのも奉公に行ったのも結婚したのも子を産んだのも全て自然なことだと決めつけていたから。

 だから舞姫を生き返らせようと思ったのも──。


(……あれ?)


 何故わざわざ彼女を生き返らせようとしたのか。何故わざわざ水輝を殺したのか。何故わざわざ里子と対立してまで舞姫を手中に収めたかったのか。それは──。


「そう……私、寂しかったのね」


 一人でもいいから自分だけを見てほしかった。舞姫は自分を見ていてくれた。自分だけのものにしたかった。自分がこれまで百年間生きてきたことに理解した途端、強い眠気に襲われた。


「……舞姫。眠い」

「え?」

「このまま抱いていて。そうすれば……いい夢……見れそう……」


 縁は微笑みながら舞姫の元へ倒れ込む。そのまま体も、心臓も、二度と動くことはなかった。


「縁……おやすみ」


 舞姫は静かに呟くと亡骸を横たえる。


「……紫。待たせたわ」


 既にいくらか回復している紫は後ろで悔しそうな顔をしていた。泣くとも怒るとも違う、何かを堪えているような表情。


「どうしたの?」

「縁を倒し、全て終わった」

「ええ」

「けど……皆死んだ」


 ここから帰ることはできる。しかし帰っても誰もいない。誰一人として紫を待っていてくれる人はいない。舞姫も察したのか遠くで倒れている里奈を見る。

 重い沈黙が二人の間を流れる。そんな時だった。地震のように地面が大きく揺れたのは。


『神憑きよ』


 驚く二人の前に男か女か。老人か若者かもわからない光を帯びた神が姿を見せた。神の後ろには寺で見るような仏の絵が描かれた三メートル以上はあるだろう扉がそびえ立っていた。


「何、これ……」

『神の頂に達した者、破壊神。汝の願いを叶えよう』


 戸惑う紫を神は引っ張る。


『汝の願いを問うてみよ。そして扉の向こう側へ行け』

「私の願い……」


 神に促されるまま扉の取手部分を引く。重そうに見えた扉は簡単に開いた。


「私の願いは……」


 紫が中へ入っていくのを見届けてから神は呟いた。


『乙女よ。その扉を開け』

次回最終回。

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