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乙女よ。その扉を開け  作者: 雪桃
最終決戦編
157/164

完全敗北

「……は?」


 里奈は素っ頓狂な声しか出せなかった。言っていないのだから。仲間に死ねだなんて。一言も。


「いいえ。ねえ里子。私達もう何度も戦争を見てきたわよね。世界大戦とか。あの時全員無事に帰ってこれた? これなかった。大勢の人が戦死した」


 肩を掴む手が徐々に強くなる。


「若い男の子達も徴用されてたわね。その子達はお母さん達の元へ帰れたのかしら。長生きできたのかしら」

「いた、い……真由美、手を」

「現代の子は戦争を見たことがない。だからわかんないでしょうね。人を殺す感覚も。命の脆さも。ねえ、里子」


 真由美の心臓から血が滲んでくる。


「そんな子達にマフィアと……いいえ。マフィアの子ども達もそうよ。戦争させたらどうなるかしら」


 里奈は血が溢れ出している真由美の心臓を凝視する。気づけば辺りは何もないただの暗闇。


「ち、違う! 私が戦わせたのはゆかの為……」

『またゆかの為』


 後ろから声がする。振り返れば銃弾を浴びて体にいくつも穴を開け、血だらけになっている娘の姿。


「あ、あさ? なんでこんな」

『ゆかの為なら誰を犠牲にしても構わない』


 また後ろから声がする。真由美ではない。見れば何かが突き刺さったような深く抉られた傷がある青年の姿。


「しん?」


 すぐにその姿は消える。あさもまた然り。


『異能者だけでなく一般人まで巻き込んで』

『人の忠告を無視して憎悪だけ募らせて』

(まさ……ひよ……)

『人の過去を無理矢理引き出して』

『百年前と何も変わらない』

(やま……ひな……)

「あなたはいつもいつも誰かを盾にしてきた。舞姫様、縁、水輝様、雄介様。あなたが目立ちさえしなければこんなことにならなかったのに」


 着物姿の──昔のまだ少女だった真由美が再び現れそう言うと、闇の中へ溶け込んでいく。里奈は慌てて追いかけようとするが、目の前には先程死んだあやがいた。


「あや……違う」

『社長がこの世にいるから私達は死んだ。もうあさ達に会えなくなった』


 あやは消える。同時に里奈の袖を握る手が浮かぶ。


『社長なんか』

「ゆ、か……」

『生まれてこなければ良かったのに』


 一番避けてきた言葉。「死ね」よりも恐れていた言葉。存在を完全に否定された言葉。

 里奈の心はもう限界だった。その場に力なく膝から崩れ落ち、両手を持ち上げ頭を抱え込み、発狂し始めた。


「ごめんなさい!! 生まれてきてごめんなさい! 死ななくてごめんなさい! 何でもするから許して! もう殺して! お願いお姉様! 助けて!!」


 銀の混じった白髪をぐしゃぐしゃに掻き乱し、力の限りに謝り、助けを乞う。


「お姉様! だから私はあの時言ったのです! お姉様だけ屋敷に行けと。私があの時山で野垂れ死んでいればゆかもあやも……誰も死ななかったんです!!!!」


 そんな姿を魔姫は何をするでもなくただ静かに見ていた。殺そうと思えばいつでもできる。


「里子様」


 魔姫は試しに一度呼んでみる。しかし幻覚に囚われてしまった里奈には何も聞こえない。しばし待った後、紫を抱えて里奈に背を向ける。


「さようなら」


 里奈の叫びだけがその場に残された。




 機械の後ろを進んでいくと簡素な扉がある。魔姫は扉を開けて薄暗い中へ入る。そこは一度も使ったことのない部屋。いずれ魔姫が目覚めた時に使わせようと思っていた部屋だ。紫の体を静かに布団に下ろす。


(まだ起きそうにないね)


 なんせ百年間他人の魔力に漬け込まれ、自らの魂を他者に移されたのだ。慣らすのにも時間がかかるだろう。魔姫は側にあるパイプ椅子に腰を下ろし、深く息を吐いた。


「やっと終わった」


 魔姫にしては珍しく弱々しい声が出る。


「大変だった。本当に辛かったのよ、舞姫」


 橘家を跡形もなく消した後、魔姫は一度森の奥深くへと向かった。出産が近づいてきているからだ。ある程度人気のない場所まで行くとそこに眠る体を横たえ、自身も木に体を預ける。


(重い……陣痛も酷い。今日か、遅くとも明日の昼頃には生まれるだろうな)


 だが予想に反して一週間経っても一向に生まれてこない。陣痛の強さだけが日に日に増していく。


「っはあ……流石にそろそろ限界よ。舞姫の体じゃなかったらとっくに腹切り割いて叩き殺してるわ」


 額に汗をかきながら腹にいる子に悪態をつく。その言葉を聞いたのかただの偶然か、やっとのことで翌日子どもは生まれた。


「……女か」


 近くにあった小川で子どもを清め、自身の襦袢(じゅばん)を引きちぎり、簡単な()(くる)みを作る。子どもは一頻り泣くとすぐに寝息を立て始めた。


「全く世話のかかる……さてと、後は魂を戻して」


 魔姫は子どもを置いて横たわっている縁の体の方へ行く。そこで異変に気づいた。舞姫の魂が消えつつあるのだ。


(どうして。眠っているだけなら魔力は奪われないはず)


 はっとして子どもの方を見る。冷静に考えてみればおかしなことばかりだ。首が据わっている。永久歯が生え揃っている。髪が生えている。あれだけ陣痛が長引いたわけが理解できた。


「……ふーん」


 もう魔姫の目に慈悲など一切残っていなかった。子どもを抱えて進むとそのまま川に落とした。


「死ぬな。死んだら舞姫の所へ戻ってくるんだろう。だから死ぬな。どこかの村で野垂れてしまえ」


 子どもは川の流れに沿って消えてしまった。

 問題はここからだった。こんな状態では魂を戻すことはできない。正常にする必要がある。勿論縁の力を渡せば維持できる。しかしどちらも神憑きだ。全て差し出さなければならない事態になる。


(どこかの村を潰すか。いや、非異能者なんて何人いても足りない。もっとたくさん……何百人といる所)


 あるじゃないか。警察も政府も介入できない違法的でありながら自由に行動できる所。

 魔姫はすぐに町へ向かい、目的地へと着いた。そこからは天才であり神の後継者の独壇場であった。獣を使って刃向かう奴を全員殺し、首領は言葉巧みに操る。あっという間に魔姫はマフィアを牛耳る女になった。


「マフィアの魔の姫。さて、里子様はどう来るかな」

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