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乙女よ。その扉を開け  作者: 雪桃
最終決戦編
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懐中時計

 魔姫は紫の口と自分の口を重ねた。何が起こったのかわからない紫は即座に反応できない。口渡しをされた珠も飲んでしまった。


「――!!!!」


 突如襲ってきたのは拒絶を表す激痛。吐こうにも魔姫が閉ざしている。


「んー! んー!!」

(痛い痛い痛い!! 来ないで! 許して! 何でもするから離して! 死にたくない!)


 紫は涙を流して魔姫の服を掴んで訴えるが聞く耳はない。そしてその時は来た。

 極限まで開かれた瞳から黒目が消え、白目を剥く。魔姫が口を離せば支えている所まで力が抜けたように反って動かない。


「……さようなら、紫」


 魔姫が手を上げると里奈を取り囲んでいた黒獣が一気に姿を消した。


「……ゆか、り?」


 豹変した紫を一目見て里奈は掠れた声を出す。


「何したの……その子に何したの!」

「舞姫の魂を入れて殺した」


 淡々と告げる魔姫を里奈は強く睨む。


「ふざけるな! 舞姫はあなた……」

「私は柊縁。あなた達を拾った縁だ」


 魔姫は紫を──亡骸を起こして瞼を閉ざした。そして再び里奈を見る。


「まだ信じられないかい? 里奈……いや、里子様の方が説得力があるかな」

「嘘よ」

「うん?」

「あなたは雄介様が死んだショックで精神を病んでしまった」

「そうだね」

「狂ってしまったあなたは家を燃やして水輝様(おにいさま)を殺し、縁様を連れ去った」


 里奈の言葉に呼応するかのように魔姫は何度か頷く。


「そしてあなたは私達を残して消えていった。私に不老と時を操る力を加えて」

「ほとんど当たってるけど一つだけ違う」


 里奈が先を続ける前に魔姫は指摘する。


「縁が連れ去られたんじゃない。舞姫が連れ去られたんだ」


 透き通るような珠が二人の間に現れる。


「舞姫は生死の境目に立っていた。妊娠のせいで心も不安定だったのだろう。壊れるのは必然のことだった」


 けれど。更に魔姫は続ける。


「私は舞姫を殺したくなかった。だから不自由になっている本物と器を取り替えた」


 今のように。魔姫は自分の心臓を指した。


「それからは簡単だ。脳を少し弄って元に戻れるようにするだけ。至極容易。また皆で暮らせる。そう思っていたのに邪魔が入った」


 舞姫の腹にいた子が拒み始めた。


「体に入ったのは良かった。だが体を操ろうとすれば心臓を握り潰されるような激痛に襲われた。強引にでも弄ればこっちのもんだけどそんなことをすれば体が傷つく。そんな状態で戻せるわけない。だから子どもが産まれるまでは体を交換しておいた」

「だからって……どうして水輝様を殺した! 何故恩を仇で返すような真似を」

「それは……おっと、流石にお喋りが過ぎたか。いい加減にしないと時間がなくなる」


 魔姫は話をやめ、カプセルの向こう側へ行こうとする。


「待て! まだ話は」

「あの世で沢山聞かせてもらえばいい」


 魔姫が再び里奈の動きを封じ込め、黒獣を呼び出す。


「喰らえ」


 黒獣は里奈に向かって駆ける。喉に噛みつくその瞬間、炎の渦が巻き起こった。


「!」

「あや!?」


 黒獣を燃やし、里奈を庇うように立っているのはあやの姿。


「氷河を倒したのか? よくできましたと褒めてあげる……」

「倒してない」

「じゃあ何か? あいつの目を掻い(くぐ)ってここに来たのか。だがここは一本道で」

「違う。あの人は助けてくれって。妻達を元に戻してくれって」

「妻? あいつに伴侶なんて」


 そこで魔姫は何かに気づいたように言葉を止めた。


「水、氷……ああそうか」


 急に笑い出した魔姫に里奈は唖然とした。


「わからない里子様? あそこまで人に無頓着で、あなた達姉妹を生き別れにした彼が生まれ変わってまで守ろうとしてくるだなんて。ああ愉快」


 笑う魔姫と未だ理解できない里奈。その間であやは拳を握りしめる。


「どうして笑っていられるの。あれだけ想われていながらどうしてそこまで人を嘲笑えるの」

「悪いけど彩乃。あの人が守りたいのは私じゃない。そしてお前は何も知らない。すぐ近くにいる女のことだって。それを守りたいなんて滑稽以外に何があるんだい?」


 里奈はまだ動けない。だからあやの顔を見ることもできない。


「あの人に感化されたのか。現代の子は中々感傷的になりやすいしね」


 魔姫が呑気に言う間にあやは二つの珠を繰り出す。


「黒炎竜・(ほむら)!」


 地獄のような灼熱の黒と赤の炎を纏ったいつもより倍大きい竜が現れた。


「あらすごい。見てるだけで溶けそう」

「行け!」


 竜を腕に纏いながら魔姫に殴りかかろうとする。魔姫は静かに紫を下ろす。


「でも彩乃」


 眼前にある拳を押さえつけて竜の首を掴んで引きはがす。そのまま竜の口をあやに向けて放つ。


「もうみーんな死んじゃったのに何を守るの?」


 放たれた竜は逆らうことなくあやの体を丸呑みした。爆発した竜から出てきたのは所々焼け爛れたあや。


「……あや?」


 いつの間にか動けるようになった里奈は一目散にあやの方へ駆け寄った。本来なら骨まで溶けてしまう黒炎竜。体が残っているのはあやが炎の異能者だからか。


「あや。起きなさいあや。あや!」


 里奈が呼んでもあやは起きない。するとどこからか音が聞こえた。


 パキン……。


「?」


 里奈は音がした方を――懐中時計を見た。百年以上前に禍乱家当主――真由美の実父に買ってもらった十三個の穴が空いている懐中時計。穴の中には誰がいつ付けたのかわからない小さな光る石が十三個あった。全て色は違う。今の音は石が割れたものだった。紅い石が。


「ま、まさか」


 他にも割れて色を失った石がいくつかあった。今残っているのは三つ。純白、暗黒、そして透明な石。全ての石には見覚えがある。


「珠?」


 色が薄くなってしまってもわかる。石は異能を繰り出す時に現れる珠とそっくりだった。そしてそれと同時に思い出した。珠が割れて色を失うという意味を。


「里子」


 里奈は我に返って声のした方を振り返る。そこには真由美がいた。


「真由美?」


 何故ここに? いや、そんなことはどうでもいい。


「どういうこと? どうして時計の石が割れてるの? これじゃあまるで皆が死んだ……」

「やだ里子。頭がぼけちゃったの?」


 真由美は微笑んで両手を里奈の肩に乗せる。血だらけの手を。


「あなたが言ったんじゃない」


 死ねって。

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