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乙女よ。その扉を開け  作者: 雪桃
最終決戦編
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残りは一人

 気づいたら誰もいないアスファルトの地に立っていた。自然と孤独は感じなかった。まるで一人でいるのが当たり前のように。感情なんてものは一切なかった。ただ一人を想う心以外は。

 人間は前世の記憶を忘れて生まれ変わる。だが彼は違った。どこで生まれ、誰と添い遂げ、どうやって死んだか。彼は歩き続けた。生死のことはどうでも良かった。ただ前世で恋に落ち、愛し続けた自分の妻を。救うことができなかった報いを受けるために歩き続けた。


「結局、人は全てを守ることなどできないんだ」


 追いついたあやに対して氷河はそう言った。怒りが暴発して何もしていないのにあやの体から火花が飛ぶ。


「お前のせいで……」

「人間はそんなものだ」

「絶対殺してやる!」


 緋色の炎が一面に広がっていく。氷河は何とはなしに冷却していこうとしたが勢いが止まることはなく、腕が焼かれていった。


「!」

「うあぁぁぁぁ!!」


 氷河の隙をついてあやは黒炎竜を飛ばす。氷河は避けることなく、攻撃を全身で食らった。


「お前は……」


 火傷で皮膚が(ただ)れて血が流れているというのに痛む素振りも見せず、氷河は口を開く。


「まるで踊り子のようだ」

「?」


 急に何を言うのかとあやは動きを止める。


「踊り子は妹を失ったことに対して激怒した。今のお前のように」


 怒りに満ち満ちたあやの瞳を氷河は見つめる。


「私は生前一人の踊り子に出会った。彼女は不思議な娘だったが、一目見た途端恋に落ちた」


 氷河は息を吐いて目を閉じた。


「私は病に犯されて人との関わりを閉ざしていた。それを彼女が開いてくれた」


 だが。氷河は続ける。


「彼女は孤独だった。心が脆かった」


 自分が招いた種で人が死ぬ経験をした彼女はいとも簡単に壊れていった。闇に堕ちた彼女は夫をも殺し、今を生き続けていた。


「私は転生しても記憶を持っていた。だから自分が為すべきことは理解していた」

「あなたは、一体」


 あやが無意識に呟く。


「私はあいつを。舞姫を元に戻す。その為に邪魔なものは排除していったはずだった」


 あの銀の混じった髪を見るまでは。最愛の妻の妹を見るまでは。


「死んだはずだった。どこを見てもいなかったから。それが宿敵として現れた」

「社長?」

「異能者は狂っている。何も悪いことなどしていない。それなのに」


 舞姫と里子は殺し合ってしまった。


「サヤ、お前はあの二人を止められるか。百年も禁忌を破ってきた者達を止められるか」


 氷河の体にヒビが入る。氷が溶けていくように。


「っ!?」

「魂を氷で作った人形に押し込んでも無能なだけだった」


 氷河は驚きもせず、冷静にあやを見据えた。


「その赤い炎を二人に灯してくれ。闇の中にいる二人を救ってくれ。サヤ」


 氷は簡単に溶けて、あっという間に水となってしまった。外は曇っているのに水は輝いている。


「水、輝?」


 あやは呆然とそう呟いただけだった。




 最上階まで来ても魔姫の気配は無かった。


(めぼしい所は全て探した。敵もどこかわからないなんて)


 そこらにはナイフで刺されて死んでいる敵。何人かに聞いてみたが知らないと言う。


「早く。早くゆかを」


 呪われたように里奈は呟く。その背後で物音がした。それもすぐ消えたが。


「大人しく死ねば良かったのに」


 冷淡な声と共に敵は壁伝いに倒れていく。そこで里奈は奇妙なものを目にする。

 壁はなんの模様もなく真っ白。そのはずなのに一ヶ所だけ血の流れ方が異なる場所がある。まるでタイルの溝のような所がある。


(まさか)


 そこを押してみる。するとどうだろう。壁と化していた扉が開いて道が続いていた。


「隠し扉」


 間違いなくここに魔姫はいる。紫も。いざわかると少しだけ怖くなる。


(……いいえ)

「あれはお姉さまじゃない。化け物だ」


 自分に言い聞かせて里奈は暗く狭い道に足を踏み入れた。




「……私が? 一体何を(とぼ)けているのか」

「惚けているのはあなたよ。あなたは沢山失態していた」

「例えば?」


 魔姫は何を思ったのかチューブを外して紫を下ろす。


「もしこれを本当に舞姫さんが見せているのだとしたら何故神の力を生まれつき持っていなかったの」


 魔姫はまだよくわからないと言うように首を傾げる。


「それにあれは一人の記憶だった。だって全員のものを見たら頭がおかしくなるもの」

「それで? どうして私が舞姫じゃないことになるんだい? 縁がいないこともあったろ?」

「でも全てを見ることはできた。肉体から魂を抜いて」


 魔姫は片眉を上げる。


「柊縁の異能は守護神。破壊神と対になる、生を操る神」


 生を、命を操っていた神。それが他人の魂を見られないわけがない。


「確かに一理あるね。で? 私はどうしてお前が縁だと思ったのか聞きたいんだが」

「……だって」


 紫が口を(つぐ)む。ただの当てずっぽうかと魔姫は思う。


「もういいよ。私が誰だろうがお前は死ぬんだから」


 魔姫は機会の中で眠っている縁の方へ歩いていく。紫から見れば殺すにも逃げるにも隙だらけである。それでも紫は簡易ベッドに座ったまま魔姫の様子を見ているだけ。

 理由は簡単。動けないからである。一週間もまともに行動せず、先に降ろされた時も力を入れなければ座っていられなかった。こんな状態では羽を動かすことはできない。


(このままじゃ魂を入れ替えられてしまう。でも動けない)


 どうにか逃れられないか。紫がそう考えていると魔姫が操作の手を止めてこちらへやって来た。


「?」

「どうやら狂気のお姫様を迎えに来たようだよ」


 身動きの取れない紫を抱えあげて黒獣を目の前に出す。その直後、何本ものナイフが黒獣に突き刺さった。

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