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乙女よ。その扉を開け  作者: 雪桃
最終決戦編
152/164

守りたいと思った者へ

 所変わって地下では一秒の隙も許されない戦いが続いていた。


「ネクロクリア」


 雛子が影で攻撃しようとすればアイラが自分を半透明化させて防ぐ。


「それ嫌い。癪に障る」

「あんたの影もそんなもんよ」


 それでもネクロクリアの最中は他の力を使うことも物理的に攻撃することもできない。そこで罠を張られたらアイラの負け。だがそこまで彼女は馬鹿ではない。


「ちょこまか動くね」


 雛子も最初は罠を張ろうと考えていたが、それより速くアイラはその運動神経の良さで部屋を右往左往してしまう。


「さっさと起きなさい人形共」


 アイラが手拍子をすれば死体が起き上がる。その数は雛子の目でも足りないほど。


「……死体愛好者(ネクロフィリア)め」


 横に伸びているポールに座って恍惚(こうこつ)そうにその光景を眺めている。


「ああひなみ。死体に群がられているあなた。すごくいいわ」

「端的に言ってきもいわあんた」


 雛子は余分な力を使わないように一度異能を解く。その間にもゾンビと化した死体は近づいてくる。


(どうするかな。ちまちまやってたら時間がないし、かと言って一気に払ったら反動が大きくて隙ができるし)


 アイラの方を見れば彼女はただこちらを眺めているだけ。


「……ああ」


『争いなんか無くなればいいのになあ』


 一番近くにいた死体が雛子の首に手をかける。


「失せろ」


 それと同時に影が渦となって雛子を纏い、死体目がけて吹き飛ばした。直後、地面から白い手が何本も現れ、雛子の体を掴んだ。


「あなたなら絶対こうすると思ってたわ。そのまま永遠に冥界に閉じ込めてやる」


 力の反動と、恐らくアイラの異能だろう。心臓を握られているような息苦しさで上手く動けない。


(私は強くなんかない。異能者一人にだって勝てない)


 昔から両親にも兄姉にも凄いと賞賛されてきた。マフィアのスパイも任され、敵にさえ畏敬された。雛子は別に感情がないわけでも表情筋が固いわけでもない。褒められれば嬉しいし嫌味を言われれば頭に来ることだってある。

 ただふと思った。異能が無ければ自分に価値はあるのかと。きっと答えは全員一緒。勿論ある、だろう。だが雛子は気づいた。皆が自分を褒める言葉はいつも異能があってこそだということに。意地悪だからじゃない。わざとじゃない。気になっているのは本人だけ。それでもその疑問は雛子の心に深く根を生やした。

 段々雛子には関心というものが無くなっていた。どうせ寺での修行も仕事も勉強も全て異能でどうにでもできてしまったから。

 ある日、いつも仲良くしてもらっている里奈から東京に来ないかと言われた。別にどっちでも良かったが結局ついて行くことにした。繋がりがバレると危険だからと改名した。義務教育だからと小学校に行った。そこで雛子は有り得ないものを目にした。


「……ねえ」

「ん? あ、ひなみちゃん。おはよう」


 その子は低学年らしく手を大きく振って元気よく雛子に挨拶した。それどころではない雛子はその子の首を見た。


「なんか苦しくないの?」

「ぜんぜん? 今日もラジオたいそうしてきたからげんきだよ!」

「あ、そう……」


 雛子も寺の子として(はら)いの心得くらいは知っている。それでもその子の首を絞めている黒い手は、後ろにいる悪魔のような女には刃向かえなかった。


「……ねえ」

「なあに?」

「今日、一緒に帰ろう」


 その子は少し目を見開いた後、満面の笑みを浮かべた。


「うん!」


 自分の力じゃどうにもならないものに初めて出会った。それもこんなものに取り憑かれておいて元気に走り回る少女なんて初めて見た。

 雛子は知らず、目を輝かせ、笑っていた。


「あ、そういえば」

「どうしたの?」

「名前知らないんだけど」

「え」




 楽しくて仕方がなかった。その子を悪魔から守ることが。日常を共に過ごすことが。その子を──。

 柊紫の為に死ぬことが嬉しかった。

 魂が蹴散らされていく。突然のことにアイラは呆然とした。


「な……これは逃れられないはず」


 身を乗り出して見れば雛子を囲んでいた魂は退いただけで消えてはいなかった。


「え?」

「……一人で死ぬのはなんか癪だから」


 雛子は影を縄にして即座にアイラの方へ投げる。


「当たるわけないでしょ!」


 向かってくる影は神殺しのアイラにとって動きがゆっくり過ぎる。ポールから飛び降りたアイラはそのまま地に降り立つ。すると。


「!?」


 自分が操っていたはずの魂が自分に巻きついてきた。


「どういう、こと?」


 アイラは前を向く。そこには左半身が影に覆われている雛子。


(えい)(こん)人形」


 人の魂にだけ取り憑くことのできる影の異能。アイラの力を弱体化させる異能。


「っ人の異能弄ぶんじゃないわよ!」


 巻きつく魂を更に新しく作ったもので弾き、雛子の方へ突撃する。首を絞めようと手を伸ばすが(くう)を掴んだだけ。


「は?」

「無駄」


 アイラは影の檻に閉じ込められて地中に埋まっていく。


「何これ。どうなってんのあんたの異能!?」


 逃れようにも周りは影しかない。


「簡単だよ。標的を影の中に閉じ込めて封印するだけ」


 淡々と話す雛子にアイラは悔しそうに歯ぎしりする。


「私が負けたってわけ?」

「いや、引き分けじゃない?」


 雛子は完全に影と化している左腕を横に伸ばす。そうすれば煙が消えるように消滅していった。


「私も消えるし」


 自分を影にして魂を取り込む影魂人形。影は取り憑くものがいなければ意味を成さなくなる。雛子には憑くことができる者などいない。


「……なんで」


 腹まで影に埋もれたアイラが零す。


「なんであんな女の為にそこまですんの。何があいつを助けるのよ」

「まあ羨ましいよね。異能者であそこまで愛される人はいないし私もなんであんなに興味持ったのか今でも分かんない」


 既に全身の半分は影となって消えてしまっている。


「でも紫は他人とは違かった。何がかはわからないけど」


 アイラは目を疑った。ひなみの時も雛子の時も見たことがない──。


「ただあの子がいるだけで」


 影が目の前を覆う前に。アイラの目に焼きついたもの。


「自分は幸せ者だって気持ちになるのよ」


 至福の笑みを称えた雛子がいた。アイラは影に飲み込まれて窒息に襲われる。


「……何よそれ」


 血が出る程強く、憎悪と羨望を込めてアイラは唇を噛み締める。


「そんなの勝てるわけないじゃない」


 血の匂いがするその部屋には静けさが戻った。

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