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乙女よ。その扉を開け  作者: 雪桃
最終決戦編
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血の異能

 いくら受け身を取ったと言えど、全く体に痛みがないわけではない。乱暴に振り回されたせいで走る度に鈍痛が襲ってくる。


(外に出たら一般人まで巻き込まれる。研究所内で方をつけないと)


 狭ければ秀の鎖の餌食になってしまう。なるべく広く、距離を取れる所を探す。その内に見つけた場所。


「ここって……」


 何年経っても忘れることはない。神殺しを作る為に何人もの人間を殺めてきた研究所の核の部分。


「皮肉なもんだよな」

「!?」


 鎖が首に巻きついて締めつけてくる。


「な、ん」

(なんで)


 頭を動かすことはできないが、それでも秀がいることはわかった。


「異能者を作りたくてこの研究所でようやく生まれた兄弟が(すた)れたこの場所で殺しあってるなんて」

「しゅ、う……」


 やまの視界に見たことのない色の珠が現れる。


「それは俺の異能。元はお前のだけど。前に百目に使っただろ?」

「っ」


 やまは苦し紛れでも秀を睨む。予感はしていたが、やはりひよをあんな目に合わせたのはこの男だったのだ。


「お前が」

「いやー楽しかったぞ。感覚を奪った直後泣き叫ぶんだから。助けてお姉ちゃんって。妖だから案外しぶとかったが」


 鎖が弾かれて秀はよろける。


「……へえ。本来の異能はもう使えないのかと思ってたけど」


 やまの瞳が爛々と光る。それは神殺しの力を発揮した時だけ表れる現象だ。


「ああ。もしかしたら無意識に使えるようになってたのかもな。親を殺したあの時みたいに」


 秀は自分の珠を小突く。


「けどわかってるか? お前の力の大部分は俺が持ってるんだ」


 床に垂れ落ちている鎖を手首に巻きつけて珠を握る。


「お前は絶対倒す」

「やれるもんならやってみろ」


 やまの言葉に舐めた態度で返すと異能を発動する。


「もっとも、自分の異能の正体がわかっていればだがな」


 向かってくるやまに珠を向ける。


「異能・(あく)(ぎゃく)()(どう)


 一瞬強く光った珠の力はそのまま相手の方へ向かっていく。やまの頬の皮膚が割れていく。


「……相殺」


 しかし神殺しとなったやまは自分の異能を操って無力化させる。間髪入れずに親指の腹を噛んで血を出す。


血巡(ちめぐり)


 ほんの数滴しか出ていない血が生き物のように蠢き出した。そのままやまの体を囲むように二週三週する。


「異能を唱えずとも、か。全く神殺しの欠片も見せなかったのに。ああそうか」


 秀は何かを思い出したように声をあげた。


「お前が神憑きの血に耐えられた理由はこれだったのか」

「……」


 悪虐非道。やまが生まれつき持っていた操れない異能。否、本来は操れていたのだ。親殺しになる前から。ただどう扱えば良いのかわからなかった。他人の血を操る異能など何の役に立つのか。

 人が怪我をした時も、自身が相手を傷つけた時も、やまの方へ流れた血が近づいてくる。磁石のように。神憑きの血に応えられたのもやまの異能が『血を飲み込んだ』のである。


「でも不思議だな。異能を使えたんならなんでそう言わなかった。無干渉を嫌ってたくせに」

「……お前には」


 それは──。


「関係ない」


 頭上に手のひらを向けると巡回していた血液が集まりだした。


血槍(けっそう)


 球体になった血の塊は変形し始め、槍の形をとった。


「行け」


 やまが命じると槍は独りでに秀の脇腹を貫く。血でできたとしても実際のそれと強度は変わっておらず、秀の体から大量の血が流れ出る。


「っ」

()(ばり)


 痛みに呻いている秀に容赦なく次の攻撃を仕掛ける。血は数ミリの針となって秀の体を突き刺す。


「へえ……神殺しっていうのは怒りで強くなるもんなのか。アイラもそうだし」


 形勢逆転されたにも関わらず、秀はまだ笑っている。


「お前だけは絶対に殺す」


 血を剣の形にしてよろめいている秀の心臓に突き刺す形で構える。


「はあ」

「死ね」


 やまが手を振り下ろすと剣は()つ。それでも秀は笑って動かない。


「時間切れだ」


 そう言うや否や、秀の目の前から剣が消えた。


「!?」

「ああやっぱり。さっきの紙、最後まで読んでないのか」


 秀は袖を肘まで捲る。


「な、なんだよそれ」

「驚くことなんてない。お前にもあるだろ。灰色の鎖が」


 確かにリストバンドの下に灰色の鎖──魔力を受け渡された証拠がある。手首を一周することができる程度の鎖が。


「だから返して欲しかったんだよ」


 禁忌に犯される前に。

 秀の腕は龍と化した鎖の刺青に巻き付かれていた。腕だけではない。服で隠れているが、彼の体のほとんどは侵食されている。残っているのは心臓だけだった。

 やまが読み残した書類の最後にはこう書いてあった。


『神殺しの力は普通の異能者に受け渡してはならない。渡したら最後──』


 魔力を食われて自我を失った殺人鬼に堕とされる。


「もう少し早ければギリ間に合ったんだけど」


 秀の左目が光を失い、その上から灰色の鎖が何重にも浮かび上がってくる。


「秀……」

「もう限界だ。じゃあな俊」


 止められるんなら止めてみろ。

 それだけ言い残すと秀は何も話さなくなった。


「秀?」


 理解が追いつかないやまは恐る恐る近づいて手を伸ばす。やまが完全に油断したその時だった。


「っ……あ」


 先程と同じ血の槍が、今度はやまの背中から腹にかけて貫いていた。


「な、ん……で」


 やまの声など聞こえないかのように秀は何の反応もせずに自分の血を操って針にする。


「っ(けつ)(じゅん)


 慌てて盾を作り針を防ぐ。だが体勢は崩れ、大きな隙ができてしまった。そこを秀はすかさず入り込む。魔道具ではない血の鎖が首に巻きついてくる。


「うぐ……」


 何とか自分の異能で外そうとするが思考も体も奪われて制限を失っている秀の力に勝ることはできなかった。やまが思うように動けないでいると足に痛みが走る。


「え?」


 見れば腿の辺りに穴が空いていた。血でできた光線に貫かれて。

 一気に血の気が引いた。痛みからではない。目の前で自分の体を狙っているいくつもの光線を見つけたからだ。


「い、いやだ……」


 今の秀に慈悲はない。首を振るやまに対して容赦なく血の光線を降らせる。足、腕、手、腹──体を蜂の巣状にされたやまは仰向けに倒れた。とどめとばかりに心臓の真上に血の塊を持っていく。


「しゅう……」


 意識が遠のいていく。死が近づいてくる。


「たすけて……にいさん」


 やまの頭はもう正常に動いていない。この言葉もただ口から出ただけだろう。それでも秀の動きは止まった。


「……俊?」

やま編が意外と長い…

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