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乙女よ。その扉を開け  作者: 雪桃
最終決戦編
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日和への想い、阿修羅の想い

 咄嗟のことに反応できなかった真由美は目を瞑り、両腕で体を庇う。


「──っ!」


 襲いかかってくる痛みに息を呑むが、来るのは頬にかかる何ものかだけ。


(水?)


 それを手で拭って見ると赤かった。


「血? なんで……っ」


 目の前にはひよが立っていた。心臓を雷の矢で貫かれているひよが。


「ひよ、り?」


 真由美は絞り出したような声を出す。ひよが苦しそうに咳き込むと大量の血が吐き出される。


「わかって、ましたよ」


 真由美に笑いかけてひよは言う。


「わたし、百目ですよ? か、からねえのこころ……よめるんですよ?」


 それでも


「おねえちゃんだから……げほっ。ひとりぼっちのわたし、たすけてくれた、から」


 真由美が百年前の女性だということも。昔にあった因縁も。真由美がその百年間人を殺し続けていたことも。全部わかっていたのだ。


「おねえちゃん。一人で、くるしかったよね。かぞくのためでも、人をきずつけるのは、つらかったよね」


 ひよは真由美の腕の中に倒れ込む。喉からはまともに呼吸ができないのか空気が抜けた音がする。


「だい、じょうぶだよ。ひよが、まもって、あげるから。ね? おねえちゃ……」

「ひよ? 日和?」


 空気の抜ける音がしなくなった。可愛らしい鈴のような声がしなくなった。体の温もりがなくなっていった。


「日和。起きて日和」


 お姉ちゃんと呼ぶ声はもうない。大好きだと抱きついてくる腕はもうない。


『お姉ちゃん。真由美お姉ちゃん』


 嘘を吐いたからか。黙って人を殺し、手を汚したからか。だからその罰でひよを連れていったのか。

 それならもう人殺しなんてしない。無駄に手を汚しはしない。だからどうか──。


「日和を返して……っ」


 ひよの頬に涙の粒が流れ落ちる。その冷たくなった体をきつく抱きしめて真由美は嗚咽を漏らすがそれに応える者はいない。


「……っふふ」


 少し離れた所から雷が笑う。


「あはははは! 無様だな。そういうのを犬死にって言うんだぜ百目! ああ面白い。お前みたいな役立たずの弱者が鬼を守れるわけないっての」


 真由美の指がピクリと動く。


「これでわかったろう阿修羅。家族を殺される辛さが」

「……ええ。胸が張り裂けそうな程悲しく辛い。そして何より」


 真由美はひよをその場に優しく横たえて刀を握り直す。


「これだけ人を殺したいと思ったのは初めてよ」


 真由美の目が燃え上がる。仕事の為でも家族を守る為でもない。愛する者を殺された恨みが鬼としての力が強くなっているのだ。


「阿修羅。私の体を食いなさい」


 真由美は刃を自身の腹に突き刺し阿修羅に命令した。


「私を食べて……あいつを殺せ!」


 血を吸った刀は赤く変色していき、真由美を(むしば)んでいった。


「いくら身を削ったって神殺しに勝てるわけないだろ。大人しく可愛い妹とあの世で寝てなよ」


 身動きができない今の真由美は敵にとって隙だらけの状態だ。奇怪な様子ではあるが、雷は気にせずに短剣を作り出す。


雷剣(らいけん)。あいつの喉を掻っ切れ」


 雷が命じれば応えるように短剣が標的に向かう。


「愚かな人間に鉄槌を」


 真由美を貫いている刀がいつもの銀の光沢を嘲笑うかのように一面血の色に染まる。


「愚かな、人間?」


 真っ直ぐ喉元めがけて突き抜けようとした短剣は刀によって弾かれた。


「人の子が鬼神を愚弄するか」


 真由美の声ではあるはずだ。真由美が刀を操っているはずだ。それなのに真由美の心臓の鼓動は聞こえない。


「……あんた、誰だ?」

「人間如きに、それも我に仇なす者に名乗る必要が感じられない」


 その口調、気配から鬼神だということは分かった。真由美が食えと言ったのは伊達じゃなかったらしい。だが鬼神に食われては人間の真由美の命は──。


「肉を切らせて骨を断つ、か。最期に武士の意地を見せて死ぬなんて」


 百年前、仮にも令嬢として慎ましく育ってきた真由美が刀を握ったのは鬼神に取り憑かれて我を失ったあの時。

 剣術を教わった訳でも武士道の何たるかを教えられた訳でもない真由美にとって自分の身を殺して敵を倒すなんてこと、理性が残っていれば遂行していなかっただろう。それだけひよへの想いが強く表れた。


「つくづく馬鹿な女。怒って理性忘れて鬼神を呼び出して死ぬなんて。二人揃って犬死にか」


 雷は鬼神に怯えることなく真由美を罵り笑った。


「確かにあれは愚かな真似をした。だが」


 鬼神は真っ直ぐ敵の目を見る。


「貴様も愚かだ」

「え?」


 鈍い痛みを感じて腹を見遣れば脇腹がざっくりと斬られ、血が溢れ出していた。鬼の刀には真新しい血が流れている。


「神殺しである自分が負けるわけがない。妖のような低俗な生物に負けるわけがない。そうやって貴様は(おご)ってきた」


 雷は痛みに耐えながら矢を放つが軽々と避けられる。


「確かに貴様に比べればこちらの人間など取るに足りんだろう」


 真由美の体を慣れたように操り、鬼神は刀を振り続ける。


「うるさい……」


 傷つきながら雷は呟く。


「うるさいうるさいうるさい!! 何が仲間だ! 何が家族だ! どうせ自分が一番可愛いと思ってるんだろう。こいつらはただ褒められたいだけの偽善者だ!」


 雷は心臓に埋め込まれた命を奪い取る水晶を殴った。


「神なんかいなきゃ良かった。異能なんか無けりゃこんな目に遭わなかった!」


 廃墟が幾筋(いくすじ)もの雷を当てられて火を起こす。


「死ねぇぇぇぇ!!」


 雷を伴った拳を振り上げながら鬼神に襲いかかる。鬼神は一つ重く息を吐いて刀の焦点を絞った。


「哀れな子よ」


 振り下ろされた刀は雷の右肩から心臓を斬り、腹まで斜めに割いた。そのまま重力に逆らうことなく、拳が振り下ろされることなく雷の体は仰向けに倒れた。


「抗うことも許されず未来を決めつけられた子よ」


 まだ苦しそうに息をしながら鬼神を睨みつける男の水晶に刀を突きつける。


「仇を……梅香の仇を……」

「来世では幸せになれるよう」


 刀により水晶はひび割れ、そのまま心臓に刺さる。雷の目からは一筋涙が流れ、そのまま生気が消え去った。


「……さて」


 鬼神は体の怠さを感じてもう時間がないことに気づいた。少々ふらつく足取りで鬼神は完全に冷たくなっているひよの隣に座る。


「百目。お前は真由美の心の支えだった。幼く弱かったお前がいたから真由美は家族を守る決心をした」


 ひよの血が流れている心臓に手を乗せて、もう片方で体を抱き起こす。


「百目。日和。待っていてくれ。どうか真由美の手を取り、黄泉へ連れて行っておくれ」


 真由美の体から鬼神の気が消えた。小さな体を抱きしめている腕も動かなくなった。

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