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乙女よ。その扉を開け  作者: 雪桃
最終決戦編
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誰にも知られなかった異能

「母と弟を目の前で殺されて我を失ったか」


 しんが当道と戦っている間に死体となった母・恵子を見つけたまさは首を吊っている縄を解き、急いで蘇生しようとした。だが呼吸器官を閉ざされ、更に心臓も潰されていた恵子が還るはずもなく、異能を使っても起きることはなかった。


「治癒の力で何ができ……」


 当道は急に息苦しさを覚えた。その一瞬間でまさが間合いを詰めて腹を蹴りあげる。


「僕の異能は治癒じゃない」


 まさはその力により、傷を治すことを主としている。治癒をすると代わりに眠くなると思われているが、実はそういう理由ではない。異能を持つ者であれば体力を削りさえすれば生まれ持った能力でなくとも力を使えるのである。その原理でまさも眠くなる。

 それなら本来の異能は何か。簡単だ。しんが寿命を『奪われる』のだから。


「僕の異能は」


 寿命を『奪う』。探偵社の者にも恵子にもしんにも知られていなかった本当の力。

 まさがそれを自覚したのは父が死んだあの日だった。確かに父は毒を含んだ。致命傷に至る毒を。だが解毒薬を飲まなかったわけではない。それでは何故薬が効かずに死んでしまったのか。


「僕が父さんの生命力を奪っていたからだよ」


 まだ幼子だったまさには異能のコントロールができなかった。恵子は息子の体が弱まれば野心の強い医師に狙われないと思い、虐待し続けた。それが父の寿命を削っていたのだ。


「僕が傷つく分だけ父さんから命を奪って修復する。何年も続けたせいで父さんの免疫は無くなった」


 まさの話を静かに聞いていた当道が口を開いた。


「それならマフィア全員の命を奪えば良かろうに」

「無理。一人の命を奪うだけでも何年もかかかるんだ。何百人もいるマフィアの寿命を奪う前に僕の体が破裂してしまう」


 当道に対しても同じこと。まさよりも多く、強い魔力を伴っている当道の寿命を奪い、殺すには何年という長い月日がかかってしまう。


「だけどそれでもいい」


 まさの言葉に当道が片眉を上げる。


「これ以上マフィアに僕の家族を殺させはしない。あなたの命を奪う」


 当道は亡骸(なきがら)となったしんの姿を一瞥(いちべつ)して正面を向き、ため息を吐く。


「容姿も性格も違えど、愛する者への執念は変わらず、か」

「異能」


 少しずつ命が奪われているのか段々と息苦しくなっていく。


「何ともまあ」


 当道は小さく呟き。


「無様なものよ」

「あぐっ!?」


 まさは殴られた訳でもないのに腹から重力を加えられ、後ろへ飛ばされた。


「最近の若者はすぐに頭に血が上る。争いがあれば必ず死はやってくる。一々感情を昂らせるのは愚行というものだ」


 腹に鈍い痛みを抱えながらもまさは立つ。強いと言っても今の当道は片腕がほとんど使えず、更にしんと戦った時の疲労が残っているというハンデがある。上手く隙を()(くぐ)ることができればまさにも勝機はある。

 すぐに当道との間合いを詰めて傷ついていない方の腕を強く殴る。骨が砕ける音がした。当道は木材を持ち上げる時もまさを跳ね飛ばした時も手で似たような動作をしていた。


(つまり異能を使っても想像だけでは動かせない)


 動作をする手を封じてしまえば当道が異能を使える手段が限られてくる。当道が反撃できないように即座に距離を取り、張り詰めた息を吐いた。


「馬鹿が」

「!?」


 頭上が陰ったかと思えば腹の方に先程とは比べ物にならない強い打撃を受けて背中から再び地面に叩きつけられる。


「か、は……っ」


 肺が押し潰されるようで呼吸もできず、痛みで立つどころか起き上がることすらできない。


「な、んで」

「お前の倍以上生きていてこんな典型的な傷つき方を予想していないとでも思ったか」


 当道は両腕をそのままにまさの横に立ち、腹の上に足を乗せ、踏んだ。


「がはっ!」


 内臓を踏み潰されてまさは血を吐く、それでも当道は力を弱めない。


「兄弟諸共」


 一度足を外した当道は心臓の方に目をやる。瀕死状態のまさはもう動けない。


「異能・重厚長大」


 心臓目掛けて足を下ろした瞬間だった。当道は急な目眩を覚えて蹌踉めきながら後ずさる。


「……貧血か?」


 まさの方を見ると倒れている肢体の上で空色の珠が浮かんでいた。


(しん、の、珠?)


 死んでしまった異能者の珠は自然と壊される。もしやまだ生きているのか。否、もう生命力は感じられない。


(珠は魂に魔力を込めたもの……異能者の源)


 もしまさが珠を奪ってしまえば寿命も奪われてしまう。しんにもそれを教えたことはない。

 だが──。


「しん……いち」


 まさの頬を涙が一筋伝う。今まで一日として離れることのなかった弟。父が死んで家を出てから互いに守りあってきた。たった一人の弟を殺めた敵をそのままに犬死にすることが許せなかった。

 震える手で二つの珠を握りしめ血を吐き出しながらも当道と立ち向かう。


「まだ立つか。その体では戦えないと言うのに」


 当道は止めを刺すように足下の地面を砕き、まさの体を優に超える大岩を持ち上げる。


(ごめんしん。最期にもう一度だけ)

「力を貸して」


 空色の珠は振り落とされた大岩に激突し、岩諸共砕け散った。


「異能・活溌(かっぱつ)(はっ)()!」


 異能を仕掛けられた当道は身動きが取れなくなる。重力で逃れようとするができない。寿命を奪うということはそれ即ち魔力を奪うということ。


(真一……)


 皮膚が裂けようとも内臓が潰されようとも──体が悲鳴を上げようとも止めることはない。


「……それが弟を思う気持ちか」


 抗うことを諦めた当道の体は徐々に砂になっていく。


(今逝くから)


 光が止み、全てが静まり返った旧病院には二つの割れた小さな球体が残っていた。

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