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乙女よ。その扉を開け  作者: 雪桃
最終決戦編
143/164

あすかちゃん

 段々痛みにも慣れてきたおかげで体を起こして話すことができた。生命力は確実に失われているが。


「あいつと……そっくり?」


 底冷えするような低い声に背筋が凍る。あさが顔を上げた途端顎を蹴られて仰向けに倒れる。反発しようにも馬乗りされれば動けない。そのまま頬を殴られる。


「あぐっ!」

「あんな身勝手な奴と一緒にするな。あいつみたいな無差別な女と一緒にするな」

「っげほ! ひ、人を殺しといて何を……」

「好きでやってるわけじゃない! 私は……私の名前を返してほしくてっ!」


 我に返った茜は立て続けに殴る拳を止めた。


「なま、え?」


 殴られた頬は腫れ、鼻や目からは血が吹き出る。そんな状態で掠れた声を出すあさに茜は舌打ちをして離れる。


「こんなことしてる場合じゃなかった。早く殺して魔姫様の所へ行かないと」


 茜は首筋を掻きながら落とした拳銃を拾いに行く。あさは大量出血のせいで死が近いことを悟りながらぼやける視界に何かが映った。


(あざ?)


 薄らと。しかし茜の首筋には歪な星のような痣がある。


(なまえ……)


『わたしね、はーふっていうんだって。あさがやかるねこのは。あなたは?』

『わたしはたかとお。なまえはないの』


 走馬灯のようなものがあさの頭を巡る。三歳の時に友達になった少し不思議な子。


『えー。じゃあこのはがつけてあげる。えっとねー。じゃー』


(あの子は……あの子の名前は……)

「……ちゃん」


 あさと──木葉と同じように化け物と呼ばれ、虐められていたあの子。首筋に痣があって気味悪がられていたあの子。幼稚園を卒業した時に


『またあそぼうね。このはちゃん』


(ああそうだ)


『きめた! あなたのなまえはたかとお──』


「あすかちゃん」


 殺す準備をし終えてあさの近くへ来た茜はギョっとして立ち止まった。対称的にあさは微笑んだ。


「やっと、思い出した。高遠、あすかちゃん……」

「なんで、その名前」


 茜は顔を引き攣らせながらあさに聞く。


「ブロンドでハーフで……化け物」


 何かに気づいた茜の顔から血の気が引いていく。


「木葉?」


 名前も家も違う。ただ、あの時名前をくれた唯一の友達。茜を――朱鳥(あすか)を助けてくれたたった一人の恩人。


「あ、あ……」


 茜は力なく拳銃を落として尻餅をつく。


「……あす、か、ちゃん?」


 意識が遠ざかりそうな中であさは茜の様子を訝しみ、声をかける。


「私、木葉を……あの子を殺そうと……」


 頭を抱えて狂ったように何かを呟く茜。そちらへ手を伸ばしても先程の殺意はどこへやら。怯えたようにあさを見ながら落とした銃を拾い直す。


「な、にして……」

「ごめんなさい。傷つけてごめんなさい。私は、生きる価値がない」


 茜は自ら銃口を頭に突きつける。


約束(・・)通り死ぬから。だから許して木葉」

(やくそく?)


 そんな約束をした覚えはない。それでも茜の手は止まらない。


「まっ……て。あすかちゃ」


 起き上がろうとしても力は出ない。


(待って。せめて話を)


 茜を止める方法を考える。目に入ったものは――。


「いっ!」


 あさは勢いづいて地面を蹴ると茜の片手に噛みつき力を込める。急な激痛に引き金から手を離して()()った茜に引きずられてあさも起き上がる。


「けほっ。だ、だいじょうぶだから。ね?」


 咳き込むあさ。体に空いた穴の痛みが増してきているが気にしない。


「な、何が大丈夫……」

「すきで、ころしたわけじゃないって。なんで、マフィアに……」


 あさの発言に茜は息を呑む。


「か、関係ない」


 茜は退()こうとしたがあさの強い眼差しに怖気づく。


「小学生に上がってすぐの頃。私は誘拐犯に連れ去られたの」




 子どもが寝静まる深夜。足音で目が覚めた朱鳥は一人で外に出た。そこで偶々複数人の男と鉢合わせてしまった。大の男数人に朱鳥が勝てるはずもなく、気づいたら押し倒され気絶させられた。

 次に目が覚めた時には暗くて臭い部屋の一室に閉じ込められていた。いや、閉じ込められていただけならまだ良かったのかもしれない。見張りの男達はそれぞれ別の形で朱鳥を陵辱(りょうじょく)していった。散々(なぶ)られ続けた朱鳥の心は一週間足らずで壊れた。


 終わることのない暴行。光の差し込まない部屋。そして何よりも奪われた名前。奴隷に名前などいらないと名乗ることも禁じられた。刃向かえば殴られる。


(……にくい)


 いつしか朱鳥は幼いながらに憎しみを増幅させていき運命を呪うようになった。

 何故自分なのか。何故自分だけなのか。


 朱鳥の手元には拳銃が一丁落ちていた。きっと子どもの近くに置いても問題ないと思っているのだろう。朱鳥は後ろを向いている見張りの男に銃口を向ける。一度も扱ったことはない。だが無意識に手は動く。

 男の頭めがけて――引き金を引いた。(つんざ)くような高い音が朱鳥の耳に轟く。朱鳥が呆然としていると外が騒がしくなった。


「何があった!」

「おい、あいつ拳銃持ってるぞ」

「反抗してきたか? とにかく奪え。殴ればすぐに大人しくなるだろう」


 人一人死んでいるというのに何故彼らはニヤつきながら朱鳥の元へ寄ってくるのだろうか。そんなことはもうどうでも良い。


(しんでしまえ。みんなみんなしんでしまえ)




 数時間後。


「おや凄い。この人数を一人でやったのかい?」


 泡を吹いている者。自らの首を掻き毟っている者。それぞれ形は違うが息は絶えている。

 血だらけの朱鳥の目には黒装束の女が映っていた。


「だれ」

「私は魔姫。本来はこいつらが邪魔だから排除しようと思ったんだけど。君がやってくれたんだね」


 朱鳥に対しての敵意はないようだがそこに称えられている笑みは恐ろしい程冷たい。


「君、名前は?」

「名前……」


 暴行されて禁じられたせいで名前を口に出すことに恐れを感じてしまっている。名乗りたいのに。


「あ、あ……」


 それを見越した魔姫が一つ笑った。


「名前を奪われたのかい。それなら簡単だ。上乗せしてしまえばいい」

「うわのせ?」

「ああ。私には成し遂げなければいけないことがある。だが一人ではできない。だから私の目的が終わったら君は自由を与えられる。名前も命も。何もかも」


 彼女について行かなければ死ぬ。本能がそう言っている。魔姫の袖を掴んで目を見る。


「名前がないのは不便だね。そうだね……茜はどうだい?」

「あかね?」

「そう。そしてこの名前は私についた証でもある。いいね茜?」


 朱鳥は頷く。それから幾度も人を殺していく中で彼女にある気持ちが芽生えた。

 木葉にこんな姿を見せたくない。もし万が一再開したら──自殺しよう、と。

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