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乙女よ。その扉を開け  作者: 雪桃
最終決戦編
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終わりの始まり

 紫は泣いていた。なんの為か、誰の為か。それでも泣いていた。


「おはよう紫。しっかりと見たようだね」


 声を出そうとするが出ない。その代わりに腹が鳴った。


「!?」

「ふふ。アイラに拷問されて三日。寝続けて三日。流石に飲まず食わずは辛いだろう。飯はないがこれでも食ってろ」


 口にビスケットを突っ込まれて水を飲まされる。マフィアの長が何故菓子を持っているのかはこの際疲れているから聞かない。


「三日?」

「ああ。二十年以上もの情報を見せるんだ。おかしなことはない」


 そう言われればそうだが問題はそこじゃない。


「社長は? 他の皆は?」


 ほぼ一週間マフィアに囚われているということだ。船からの記憶もない。地上の方は無事なのか。


「さあ。里子達のことは連中に任せたから。それより今の自分の姿を見て何も思わないのかい」

「自分の?」


 言われた紫は右腕を見てみる。そこで目にしたものは自分の体に巻きついている数え切れないくらいのチューブ。全身を見ても同じように絡められている。


「こ、これは?」

「魔力を抜く装置だ。それにしても不思議なもんだね。三日間作動させてまだまともでいられるなんて。神憑きでも立つことも、ましてや話すことなんてできないぞ」

「なんのためにそんなこと……」

「決まっている。あの器も限界だからな。新しい器は空っぽの方がいいだろ」


 カプセルの中で眠っている縁を見る。


「なんで」

「縁の魂を入れるかって?」

「違う。わかってるくせにどうしてわざわざ聞くの」


 それでもとぼける魔姫に向かって怒鳴る。


「何であの人を生かすの!?」


 一息ついて紫は睨む。


「何故舞姫さんを閉じ込めているの。柊縁!」




 紫が連れ去られてから一週間。里奈は船から降りるとすぐにマフィアの情報を調べ始めた。それはもう気で人を殺せるほどに。情報は簡単に、大量に出てきた。


(舐めてるの? お前達に負けるはずがないって?)


 奥歯を噛みしめて里奈は怒りを露わにする。


「殺してやる……今度こそ!」


 そして全員に命令を出し、特定の場所へ向かわせた。あやと雛子にはついて来いと命じる。だが唯一真由美は全員がいなくなった後も本部から出なかった。


「何してるの真由美。ひよと一緒に」

「ねえ里奈。このままじゃ全員……」

「早く行け!」


 怒鳴る里奈に身を震わせると真由美は仕方なく外へ向かう。去り際に一度止まる。


「皆が幸せになればいいのにね。里子」


 一人になった里奈は散らばった書類をそのままに目的地へ向かった。




 里奈が他に命じたこと。それはマフィアとの殺し合いである。直接そう言ったわけではないが。


(荒れてたな社長。から姉の話も耳に入ってなかったし)


 あさは一人で雑木林の中を歩きながらつい先程までの里奈の姿を思い浮かべていた。物思いに耽っていると生い茂る木々は鬱陶しい。だがあさの目的の場所はその先にあるのだから仕方ない。


「懐かしいわね。ここに来れば会えると思ってたのよ。高堂茜」


 雑木林を抜けた先にある無人の工場――あさが茜に殺されかけたあの場所で二人は対峙していた。


「また殺されに来るとはね。仲間が連れ去られて可笑しくなった?」


 銃を構える娘と足を引き、近距離を狙う娘。話している間も互いに隙を見つけようと神経を集中させている。

 永遠とも思われるような時間が過ぎ、二人の感覚では何時間、実際では数分とかかっていないその瞬間何かが切れた。


(ここだ!)


 茜が引き金を引いた瞬間、あさは異能を発動して、弾よりも速く間合いを詰めた。


「ふっ!」


 足に力を込めて茜の首を蹴りあげる。防御態勢に入っていなかった茜はもろに喰らい床に打ちつけられるように飛ばされる。


「私が何の対策もしてないと思ってたわけ? 随分と舐められたものね」


 口の端から血を流して立ち上がる茜の腹に間髪入れず膝蹴りを喰らわせる。だが茜も殺し屋のプロ。殴られても焦点を定めてあさの右肩を撃つ。今のまま行けば有利なのはあさの方である。


「何の対策もしてない?」

「っ」

「……異能」


 茜が珠を取り出す。


「極楽浄土」


 わかっていた。あさが余裕を持った直後に異能を繰り出すのは。だからあさは脳に衝撃を受けた時と同時に茜の頭目がけて足を振り上げた。


(あまり時間もない。こいつさえ倒せば……)


 冷たい視線があさを貫く。茜は効き目の遅い異能や振り上げられた足など気にせずあさの鳩尾(みぞおち)に弾を撃った。


「――っ!」


 急な痛みで異能は消えた。だが立て続けに足に二発。胴体に三発撃たれたせいで茜に反発することもできず崩れ落ちていった。


「異能をカムフラージュにして勝つ。あんたには無理でしょうけど」


 茜は顔にかかった血を拭いながら呟く。隙だらけだがそこに攻撃できるような生温い弾は撃たれていない。


「……金色の髪」


 茜は無意識に零す。


「初めて会った時から思ってたんだけど。どうしてわざわざ髪を隠すの。外人なんて珍しくないのに」


 失血しているあさには答える力もあまりないが、万全だとしても敵に過去の話をするほど馬鹿ではない。茜もそれをわかっている上で聞いているのだから余計不思議だ。


「……はあ。本当にイライラする。こんなに古傷を抉られたのは初めてだわ」

「……ふる、きず?」


 思わずと言ったようにあさの声が漏れる。それを聞いた茜は久々に少し口角を上げた。


「異能者として生きているなら化け物と呼ばれたことくらいあるでしょ」


 図星を突かれてあさは思わず目を逸らしてしまう。


「やっぱり。だからイラつくのよ。同じような境遇で育ったのに大人になったら闇と光で分かれるなんて。異能者なのにのうのうと暮らして。馬鹿みたい」


 この言い方。性格。どこかで見たことがある。人を見下しているような、それでいて子どものような。


「……みたい」

「は?」

「アイラみたい」

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