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乙女よ。その扉を開け  作者: 雪桃
〜三章〜
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参拾壱

参拾で終わらせたかった

 一方で禍乱家は。


「里子」

「ん……」


 真由美が名前を呼ぶと眠りから覚めたように目を開ける。


「お帰り」

「……ああ。私また」


 阿修羅が狂気を抑えている状態の里子は昔と変わらないまま。しかし鬼にも限度があるらしい。毎日二十四時間永遠と狂気を操ることはできない。


「その傷って」

「大丈夫。それより里子、段々治ってきてるよ。後何日かすればきっと」

「それでも雄介様は戻ってこないのよね」


 外を眺めて途方に暮れる里子を見て真由美は溜息を吐く。


「里子。あのね、私だってお父様を亡くした身だもの。それに加えてあなたは目の前で愛する人を殺された。その気持ちは私でもわかるわ。でもね、それで止まってたら何も変わらない。死んだ雄介様が何の為にあなたを庇ったか考えてみて」


 銀髪を珍しく思ったマフィアは里子を連れて行こうとした。嫌がって泣き叫ぶ里子に気づいた雄介が守ろうとするとそのまま彼は射殺され、帰らぬ人となったのだ。


「里子に生きてほしいと。幸せになって欲しいと願って彼は身代わりになったんじゃないかしら」

「……」


 真由美の説得には同意している。だがマフィアへの怒りは収まらない。


「そういえばお姉様は大丈夫かしら。もうすぐ出産って」

「ええ。縁様は平気だって言ってたけど」


 心が壊れてしまった彼女が無事に子を産めるのか。そう思っていると。


 ──…………ん


「……今何か聞こえなかった」

「え? いや、私は何も」


 里子は音のした方角――橘家がある方へ出ていく。


「煙?」


 薄らと空に何かが浮き上がるのが見えてくる。里子が目を凝らそうとすると廊下から慌ただしい足音が聞こえてきた。


「真由美様!」

「どうしたの」

「た、橘様のご自宅が」


 使用人が()せながらまくし立てる。


「爆発しました!」


 少女二人はどちらからともなく顔を見合わせ、急いで車に飛び乗った。


「橘家へ! 早く!」


 里子は狂気も怒りも全て忘れて叫んだ。力の限りに走っている車夫のおかげでいつもの倍近く早いが、急に立ち止まられた。


「これ以上は進めません」


 そう言われて顔を上げると目の前には信じられない光景が。


「なに、これ……」


 二人の先に映ったのは火の海と化した橘家。それこそ逃げられる隙などない程炎に包まれた屋敷からは離れていても溶けてしまいそうな熱気が襲ってくる。


「お姉様は」


 放心状態になりながら里子が歩を進めようとすると小さな影が向かってきた。


「瑠璃?」

「りこさま!」


 走ってきたのは鼻を垂らしながら泣きじゃくっている瑠璃だった。彼女の服はボロボロで体に似合わない上背と、涙や煤で顔は汚れているが大きな傷は見当たらない。


「どうしたの? 皆は……」

「逃げろって。みじゅきざま、これをきではじれっで」

「お、お義兄様は」

「わがんない。でも……からだはんぶん、みえながっだ」


 我慢の限界だったのかその後は大声で喚く瑠璃を車に乗せて先に帰らせる。


「阿修羅! この炎を鎮めて!」

『駄目だ。妖の力を使えば余計悪化する』

「そんな……じゃあどうすれば」


 里子には真由美の声しか聞こえないがそれでも状況は理解できる。それよりもこんな中で妊娠している舞姫が動けるのか。たとえ瞬間移動が使えたとしても――。


「お姉様……」

「呼んだ?」


 すぐ側で真由美ではない声がする。


「里子」


 そこにはいつも通りの舞姫がいた――縁を抱えている。


「お……」

「舞姫様!?」


 真由美は叫ぶ。それと同時に舞姫が吹き飛ばして遠くへやってしまう。


「ふふ」

「お姉様!? 何をなさっているのですか」

「何って。退けただけだよ」


 笑っている舞姫は、しかし優しさが無かった。何かを感じた里子は後ずさる。


「ゆ、縁様が……赤ちゃんとお義兄様は?」

「赤ちゃんはまだお腹の中、縁は当分目を覚まさない。水輝様は死んだよ」

「――っ」


 何故彼女はこんなにも平然としているのだろう。家が燃えたのに。愛する夫が死んだのに。


「お姉様。どうして家がこんな風に」

「だって私が火をつけたもの」


 里子の思考が止まった。


(ワタシガツケタ?)


 何を? 何処に? 誰が? 何故――


「な、ぜ……?」

「あると厄介だったから。こうすれば自由に行動できる。ああでもそうか。あなた達がいるから完璧ではないか」


 呆けている里子を見ていいことを思いついたと舞姫は手を顔の前に(かざ)す。


「黒獣神」


 一体の黒い獣が里子の腹を噛み、そのまま地面に叩きつける。


「かはっ!」


 脇から鋭い痛みが襲ってくる。悶える里子の額に舞姫は手を乗せる。


「贈り物をやろう」

「?」

「一生老いない体と私のような力。それで私を止めてみな。それと私はもうあなたの大好きな舞の姫ではない。魔の姫」


 魔姫だ。そう言い残し、里子の意識を飛ばすと舞姫――魔姫は消えていった。縁を連れて。




 次に里子が目を覚ましたのは殆ど夕刻近く、真由美に起こされてからだった。


「里子!」

「私、は」


 身を起こすと燃え尽きた屋敷の残骸と焦げた匂い。それに脇腹がジクジクと痛む。


(どこで狂った?)


 マフィアに襲われてから?

 記憶を戻してから?

 鬼の社へ行ってから?

 里子と舞姫として再会してから?

 橘家の兵に殺されかけてから?


「ちがう……」


 この世に生まれ落ちてからだ。全て決まっていた。自分が銀髪で生まれたのも虐待されたのも姉と旅したのも全部。この力を持っている者は。

 異能者は狂っているのだ。


「う……」


 里子の頬に涙が伝う。


「うあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 薄暗くなった大地に少女の泣き叫ぶ声だけが響いた。

さて、これからは最終決戦になります。

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