弐拾九
後2話で終わります。
それから数日が過ぎたが舞姫の体調は悪化せずに普段通りの生活ができている。一つ変と言えば腹が出ないことだが体質らしいので気にしない。
「水輝様。大丈夫なのでそろそろ町へ行かせてもらえませんか」
過保護な水輝は身を案じて外出を禁止させているが当の本人は体を動かしたくてイライラしている。
「駄目だ。私の目の届く所にいろ」
「でしたらせめて庭くらい。運動しないと赤ちゃんに上手く栄養が回りません」
子どもという言葉に滅法弱い水輝は手を止めた。
「それなら」
「はい?」
「縁に付いてもらえ」
「……って言うのよ。私はそんなにか弱く見えますかって言いたいわ」
縁は隣を歩く舞姫を見て可笑しそうに笑う。
「橘様の溺愛ぶりは凄いね。結婚前はあんなに淡白だったのに」
「うん。まあ愛してくれるのは嬉しいんだけど」
「出た惚気」
町に出て特別何かをするわけではなく、ただ散歩をするだけなのだが、それでも厳しいから厄介だ。
「そうだ。最近瑠璃はどう? 見かけないけど」
「小学校に通わせてるの。すぐ友達を作って楽しそうよ」
「へえ。そうすると中々会えないわね」
「ええ。あの子も会いたがってるよ」
今度会えるとしたら舞姫も臨月を迎えてしまいそうだ。だが自分ができなかった分、瑠璃には思う存分勉学に励んでほしいという気持ちもある。
「舞姫に子どもができたって言ったら大喜びしてたよ。お姉ちゃんになれるって」
「あら。それじゃあ元気な子を産まなきゃね」
そんな他愛もない話をしていた矢先、どこかから悲鳴が聞こえてきた。
「今のは?」
「わからない。でも近いね」
二人が声のする方へ行くと娘が白の軍服のようなものを着た男達に引きずられていた。他は見て見ぬ振りをしている。
「嫌っ! 助けてお母さん!」
娘が泣き叫んでも母親らしき人は地に伏したままひたすら男達が去るのを待っている。
「あれは?」
「あの男達がまふぃあよ」
しくじったと縁が後悔したように溜息を吐いた。
「ここは危険ね。舞姫、怪しまれないように退くよ」
「あ、あの子は?」
「駄目。反抗した瞬間周りも犠牲になる」
縁が真剣に断っている。それ程までにマフィアは手に負えない存在なのだろう。
「わかったわ。戻るの?」
「ええ。さっきの所まで行けば見つからないから」
静かに、怪しまれないように気配を消しながら背を向けて歩こうとした。
そんな時に。
「っ!」
急な腹痛が舞姫を襲い始めた。
(今!?)
抑えきれない激痛に呻き、跪く格好になってしまう。公でそんなことをすれば注目の的になるわけで。
「何をしている」
「舞姫……っ」
縁の焦る声と重なって訛りの強い日本人とは思えない声が頭上で響いた。恐る恐る振り返るとマフィアの一人が舞姫を見下ろしていた。
「す、すみません。急に悪阻が来て……」
「ツワリ? お前妊婦か」
「ええ。すぐ退きますか……いっ!」
男は舞姫の髪を掴んで引っ張った。
「子持ちとは幸運だ。親子で奴隷にできる」
男の力は尋常ではなく、女の舞姫には到底適わない。助けようにも助けられない状況に流石の縁も手を出せないでいた。
「離して!」
「暴れるな。子ども諸共殺すぞ」
脅されても尚、逃れようと必死に身を動かす。
(この子を殺したくない。水輝様の子どもを。離して!)
舞姫が強く願った瞬間獣が身体から生成される。獣は男の喉に噛み付くと周りのマフィアにも襲いかかっていく。辺りが悲鳴で騒然としだした。
「舞姫!」
縁が苦しそうに座り込んだ舞姫を路地裏へ連れていき、力を使って屋敷へ連れ戻す。
屋敷に着くと縁は急いで使用人に指示を出し、舞姫を水輝の元へ引きずっていく。
「……縁? 何があった」
「説明は後で。舞姫を落ち着かせてください」
縁は茫然自失している舞姫を残して外へ走ってしまう。
「舞姫。どうしたんだ」
水輝が一向に動こうとしない舞姫に近づくと彼女は涙を零し始めた。
「わたし、私……」
「大丈夫。落ち着け」
「ま、また人を殺してしまいました。この手で。この力で」
「人を?」
よく見れば薄らと髪に血の痕が付着している。舞姫のものでないとすればそれは――。
「ごめんなさい。また、あんな酷いことを……」
「舞姫。今は落ち着くんだ。焦っていては何も解決できない」
水輝が優しく抱きしめながら宥めると舞姫の呼吸も落ち着いてきた。
「平気か?」
「はい。すみません」
「いい。それより何があったか話せるか」
舞姫は先程の出来事を細々と話した。マフィアを見たこと。連れて行かれそうになったこと。そしてそれを払う為に力を使って人を殺めてしまったこと。
「舞姫。外には連れて行ってやる。だが出産するまでは町へ行くな。危険だ」
「はい」
舞姫は素直に頷く。それ程までにマフィアを怖がっているのだ。
「もう休め。仕事が終わったらすぐ見舞いに行くから」
使用人に命じると舞姫を寝室へ連れて行かせた。入れ替わりで縁が部屋に入る。
「事情は大体聞いた。手数をかけて悪かった」
「いえ。それよりもこれからは厳重警戒をしてください。まふぃあは目をつけた者を逃がしません。ありとあらゆる手段で襲ってきます」
「ああ。お前も見られたかもしれない。里子殿や雄介殿にもよけ言っておけ」
「はい。それではご無事で」
縁は会釈すると今の主人の安全を守る為に急いで帰っていった。
数ヶ月後。舞姫達の元に届いたのは雄介の死と里子がマフィアの人間を惨殺したという手紙だった。
さて、やっぱり大事な部分を簡単にしてしまった。どうにかしてこの癖を直せないか。




