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乙女よ。その扉を開け  作者: 雪桃
〜三章〜
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弐拾四

「心配しないで水輝様。あなたがやっていることは良いことではない。それでもあなたへの愛は失くしませんから」


 安心させるような暖かい微笑みを浮かべられて水輝は(きょ)を突かれたように硬直する。


「それでは行ってきますね」

「ああ」


 水輝が瞬きした途端、彼女の姿は無かった。もう音や風も出さずに移動できるらしい。


(舞姫は勘違いしている)


 彼女が悲しむから屋敷に閉じ込めていないだけで、その気になればものの数秒で外に出さず水輝の腕の中に監禁することができる。


「どうしたら暴走せずに済むと言うんだ」


 本から目を離して上を向く。自分の病気のような舞姫への愛に水輝は引いた。


「こんなことを言ったらあいつは離れてしまうか」


 何日かまともな睡眠をとれていないせいで眠気が襲ってくるが、それを叱咤(しった)して水輝はある準備を始めた。




 里子と真由美が来る前に舞姫は当主の元へ向かった。


「橘殿がそんなことを」


 今現在、道を踏み外してしまいそうな夫に何かできないかと舞姫は当主に聞いてみたのだ。


「勿論水輝様も自分のしていることは理解しています。自分を犠牲にしようとしていることも。折角体調も良くなってきたのにこれじゃあまたやり直しです」


 水輝が舞姫を愛しているように舞姫の水輝への愛も計り知れない。元々舞姫はよく家族には愛情を注ぐ娘なのだ。


「彼は幼い頃に両親を亡くして()(とく)()いだ。そのせいで甘えることを忘れてしまったのかもしれんな」


 舞姫が気を落とすところを見て、当主は近くに寄り、肩に手を置く。


「そう心配するな。多かれ少なかれ人は皆道を外す。それを引き戻すのがお前の役目だ」

「私の、役目」


 小さく呟く舞姫に当主は頷く。


「誰も助けてくれないのなら人は簡単に壊れる。橘殿が平静しているのはお前のことを信用しているからだ。自分が踏み外そうとしても舞姫が引き戻してくれる。そう考えているから無茶をしているに違いない」


 本当にそうだろうか。舞姫はそう思う。


「水輝様は私を追い出します。もしかしたら役立たずと思われていたり」

「いや。どちらかと言うと妻の手を汚したくないと思っているんじゃないか?」

「汚す?」


 縁を救うために権力を乱用する。確かに酷いやり方だが水輝は一人で罪を被ろうとしているらしい。


「私だって……」

「ん?」

「私だって水輝様が汚れるのは嫌なのに」


 子どものように頬を膨らませて意地ける舞姫に目を瞬いた後、当主は可笑しそうに笑った。


「血が繋がっていなくても性格は似るものだな」

「はい?」

「いや、こっちの話だ。そろそろ来る頃だろう。準備を……」

「お姉様! お見えになりました!」


 当主が立ち上がりかけるのと同時に障子が壊れそうな程勢い良く開いた。


「里子! ちょっとは場を(わきま)えて。舞姫様、お久しぶりです」

「久しぶり。風邪をこじらせたみたいだけれど」

「もう大丈夫です。暇で仕方がありませんでした」

「あ、あらら」


 暇も何も静養していたはずなんだが。


「それよりも客を待たせているだろう。案内は?」

「そうでした。迎えに行ってきます」


 里子は慌ただしく廊下を駆けて玄関へ向かっていく。


「真由美はもう彼を見たの?」

「いいえ。見ようとしたら里子が走っていってしまったのでそれを追いかけました」


 真由美が見ていたのなら先に見た目や性格を聞いておこうかとも思っていた舞姫だったが聞いていないのなら仕方がない。

 人一倍警戒心が強くなっている舞姫は少しでも里子が痛い目に遭うようだったら何があろうと容赦しないと睨みをきかせていた。


「どんな方でしょうかね」

「どんな(やから)でしょうかね」


 言っていることは同じだがそこに含まれている意味は真逆だろう。


「お入りください」

「お邪魔致します」


 里子が幸せそうに笑いながら相手を手招きする。町の者であるからやはり洋服ではある、らしい。


「真面目そうな方ですねお父様」

「ああ。舞姫はどう思……」


 当主は言いかけた言葉を飲んだ。あまりにも舞姫が仰天(ぎょうてん)していたから。


「な、な……」

「お姉様? どうし……」

「なんでいるんですか城ヶ崎さん!」


 そう。舞姫の前に現れたのは以前マフィアについて説明してくれた雄介なのだ。彼もまた舞姫を見て人が良さそうに笑った。


「久しぶりだね舞姫さん。まさか貴方が姉だとは思わなかったよ」

「は、はは」

(私だって思ってなかったわよ。妹の想い人がこの人だとは)


 内心舞姫が複雑な気持ちでいると里子が寄ってきた。


「雄介様とお知り合いだったのですか」

「え、ええ。ちょっとね」

「それなら説明もいりませんよね。彼の誠実で清らかな心を知っていらっしゃるのだから」


 どちらかと言うとしつこく傍迷惑な印象しか持っていないが、それを目の前で言える程度胸はない。


「里子。私達は初対面なんだから紹介して」

「そうね。彼は城ヶ崎雄介様。町で探偵をしてらっしゃいます。この前も楽しくお話してくださいましたしお優しい方なんですよ」


 舞姫が箱入りのように育てたからか、将又(はたまた)里子の脳が()けてしまったのか彼女は語彙力も乏しい中必死に雄介のことを力説する。その姿が珍しくて真由美は黙って待っている雄介の元へ近寄る。


「初めまして雄介様。禍乱家が長女、真由美と申します」


 忘れていたが真由美は令嬢であった。


「一つお聞きしてもよろしいですか」

「何でしょうか」

「雄介様は里子にお優しかったらしいですがそれは興味本位からですか?」


 冷静な表情を浮かべながら聞いてくる真由美に雄介だけでなく里子も舞姫も心外そうにした。


「興味本位?」

「こう言うと失礼ですが、里子は髪のせいで虐げられてきたんです。今だってその目が消えている訳ではないのに一回助けただけで何の感情も持たぬまま彼女を好きになりますか」


 真由美は何も責めたくて言っている訳ではない。ただそれによって苦しんだ姉妹を見たからこそ警戒しているのだ。過去のトラウマを思い出して里子は雄介から少し離れる。恋焦がれていても辛い目に遭ったトラウマの方が強いからだ。


「……確かに最初は思いましたよ。外国人でも銀の髪なんて見たことが無かったから。確かに助ける理由に興味も含まれていた」

「っ」


 里子の顔色が怪しくなってきた。


「里子さんから声をかけていただいた時もただの興味だった。もう一人少女もいたからお茶くらい、と」


 少女というのは縁のことだろう。一応彼女は二十七なのだが。


「過去形ですか?」

「はい。里子さんが笑って僕の話を聞いてくれるのが嬉しくてつい長話をしてしまった時も彼女は純粋に優しく最後まで聞いてくれました。もう髪への卑しい興味などありませんよ」


 雄介は大丈夫と言うように里子に微笑んだ。


「信じられないとは思いますが今の気持ちは本当です。この場で求婚してもいいくらい……」

「それは許しません!」


 里子への想いに感心し、偏見を改めようと思った舞姫だったが求婚は許さなかった。


「いいじゃないですか舞姫様。こんなに考えてくださってますよ」

「まだたった三回しか会ってないでしょう。大体あなたこっち側じゃないの?」

「反対なわけではありません。ただ珍しいなぁと」

「で、でも里子は」

「お姉様。こんな殿方初めてです。私を真に好きになってくれるなんて」

「あなたさっきまで怯えてたじゃない!」


 脇目も振らず雄介の腕に縋り付き、甘える里子に怒りを覚えながら舞姫は隣を睨んだ。


「城ヶ崎さん。ちょっと話しましょう。旦那様、部屋借ります」


 返事を待たずに半ば引きずるようにして雄介を借りた部屋へ連れていく。


「舞姫さんは力が強いね」

「そりゃどうも。褒めたって嫁にはやりませんから」

「いや、半分皮肉なんだけど」


 ああそうだ。と雄介は何かを思い出す。


「舞姫さんは魔法使いなのかい」

「は? 何を」

「目の前で急にいなくなったから世に言う瞬間移動ってやつかな」


 舞姫は絶句する。その間にも雄介は人当たりの良い笑みを浮かべる。


「前に言い忘れていたけどまふぃあは普通の人は売らないんだよ。魔法……なのかな。そういうものを使う人を奴隷にしているんだ。もしかして君もそういう……」

「お、脅し? そんなことする人に妹は渡せないわ」


 舞姫の反論に雄介は酷く驚いたようだった。


「そういうつもりは無かったけど。里子さんを好きなのは純粋な気持ち。これも研究心だよ」

「研究?」

「うん。都会の人は毎日新しい情報を欲しがる(さが)なんだ。ああでも不快にさせたなら謝るよ」


 腹の中が一切見えない雄介に拍子抜けしてばかりだ。だが同じように何を考えているかわからない縁とは似つかない。


(何が違うのかしら。彼はあまり不気味じゃないというか)


 何故かほぼ初対面の男に振り回されている気がして舞姫は頭が痛くなる。


「それより舞姫さん」

「……はい」

「里子さんとは婚約していいのかい?」

「ぜっっったいに許しません。帰ります」

「魔法で?」

「うるさい!」


 挑発してくる雄介に苛立ちながら当主に礼を言って歩いて帰っていった。力を使わなかったのは舞姫の意地っ張りがあったからだろう。久しぶりに徒歩で数十分行ったせいで舞姫は少し息が上がっていた。


(ああ早く水輝様に会いたい!)


 自覚があるのかないのか無意識に水輝を溺愛しているらしい。


「ただいま帰りました! 水輝様は……」

「それが」


 いつも部屋にいるはずの水輝がどこにもいない。


「舞姫様が出発なさった直後に都へと。妻は待たせておくようにとの言伝が」

「……私」


 一生の伴侶なのに。

 そう悲観的になりながら誰もいない暗い部屋で一人愛する者の帰りを待ち続けた。

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