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乙女よ。その扉を開け  作者: 雪桃
〜三章〜
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弐拾参

 夕刻になり、縁と里子が帰ってきた。


「ただいま。瑠璃はお行儀よくしてた?」

「え、ええ。私も打ち解けられたし」

「そう、それなら良かった。じゃあ後は里子様を送って帰るだけね」

「ね、ねえ縁」

「何」

「里子は(たこ)の妖怪にでも取り憑かれたの?」


 姉や義兄に挨拶の一つもせずに沸騰したような真っ赤な顔をしながら里子は母に助けを求め泣いている瑠璃が潰れそうな程強く抱きしめている。


「里子。何かあったのはわかったわ。だから離してあげて」


 舞姫が腕を叩くと里子は大人しく離した。その隙に瑠璃は母の元に逃げる。


「お姉様」

「はいはい?」

「こんなに幸せな苦しさがあるなんて知りませんでした」

「はあ?」


 理解ができない舞姫に代わって縁が笑った。


「な、何があったのよ」

「それはそれは見目麗しき……そこまででもないかしら。まあ殿方と」

「と、え、と?」


 想定外な返しに舞姫は狼狽したまま固まった。


「ま、まさかもう関係を?」

「そんなわけないでしょう。私もいたしお茶しただけよ」

「そ、そうよね。そんな急に」


 いや、縁がこんな面白そうなことに加担しないはずがない。


「ゆ・か・り?」

「言っておくけど殺意を向けられるような犯行はしてないわ。少し手助けしただけ」

「少し?」

「どうすれば男を墜とせるか」

「やっぱりあなたが元凶じゃないの!!」


 舞姫は縁を一発殴ろうとしたが簡単にかわされた。


「いいじゃないの。恋の一つや二つ」

「恋するのは一向に構わないわ。私はもっと時間をかけた方がいいと思って」

「四年かけて?」


 縁は意地悪く笑って水輝の方を見る。


「いい雰囲気だったよ。あちらも満更でもなかったし。ね、里子様?」

「はい。きっとお姉様も好きになると思います。あんなに人柄がいいんですもの」

「人柄が良くても……いえわかったわ。お付き合いする前に一度私に顔を見せなさい」

「ええ勿論。ああそうだ。彼、一ヶ月後に公務でこちらに寄るんですってその時に」

「受けてたちましょう」


 里子が一月後を待ち遠しそうにしている間、舞姫は一人まだ見ぬ敵に闘士を燃やしていた。




 里子が帰り、舞姫も落ち着いた頃。


「私もそろそろお(いとま)致します。瑠璃も寝てしまいましたし」


 うたた寝を始めている瑠璃を抱えて縁は部屋を出ようとする。


「……縁」

「はい? なんでしょう橘様」

「お前にも思うところがあるように私にも考えはある」


 共に聞いていた舞姫は首を傾げるばかりだが、縁は不満そうに眉を寄せた。


「勝手なことをすればいくらあなたでも怒りますよ?」

「好きにしろ。私はやりたいようにやる」


 不穏な空気が流れる中、先に縁が目を逸らし、踵を返した。そのまま一言も出さず帰ってしまう。


「あ、あの水輝様。一体何を」

「舞姫。私はこれから縁を裏切る」

「うらぎ……っ!?  離縁させるのは本人の同意がないと」

「あれは頑固だ。しかも何を考えているのかわからない。だから権力を乱用する」


 数日前に舞姫が力を使おうとした時、乱用した者の末路を遠まわしに教えられた。


「危険なのは承知の上だ。少し大きな賭けに出る」


 水輝の有無を言わさぬ声音に舞姫は竦み上がる。こんな人を見下したような目をする水輝は初めて見る。


「今から言うものをお前は聞くな」

「で、ですけど」


 先程までの柔らかい空気がまるで嘘のように糸が張り詰めてしまったようで、舞姫は自分の夫を何とも言えない感情で見つめ返す。


「わかりました。何かあればお呼びください」


 使用人に戻ったかのように一つ礼をして舞姫はいなくなる。


(すまない舞姫。お前に醜い私を見せたくないんだ)


 傷ついた顔を見せた細君(さいくん)の顔を思い出し、水輝は顔を(しか)める。


(必ず縁と瑠璃が嘲られないようにする。だからそれまで耐えてくれ)


 閉め切られた扉を舞姫は寂しそうな目で見つめ続けた。


「あ、あの舞姫様」

「……舞う」

「え?」

「舞う。部屋貸して。誰も来させないで」

「かしこまりました」


 先に行ってしまった舞姫の後を急いで女中が追いかける。

 その日、舞姫は今までにないくらい乱暴で粗雑で哀しそうに舞ったらしい。




 何の進展も無く、舞姫達の関係は悪化していくまま一月が経った。


「……水輝様」

「入れ」


 お互い目を合わせぬまま――舞姫は意図的に、水輝は調べ物をしていたため――向き合う。理由は違えど二人の顔には疲弊が映し出されている。


「外出してきます」

「どこにだ?」

「あの、里子の元に」


 水輝は日付を確認して納得する。今日は里子が一目惚れしたという男と会う約束をした日だ。


「行ってこい。あちらによろしく頼む」

「はい。里子を(たぶら)かす輩を打ちのめしてきます」

「やめてやれ」


 舞姫は冗談半分で言ってみたが本気でやりかねないと見越した水輝は顔を上げて念を押す。


「妹の結婚くらい好きにしてやったらどうだ」

「結婚だからこそです。小夜(さよ)(なき)(どり)のように閉じ込められて過ごさせる人には任せられません」

「……舞姫」

「はい?」

「もう少し。もう少しだけ待っていてくれ。お前に苦しい思いをさせていること、申し訳ない」


 舞姫はしばし話の内容を理解して、優しく笑った。

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