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乙女よ。その扉を開け  作者: 雪桃
〜三章〜
132/164

弐拾弐

「お姉様、縁様、ごきげんよう」


 成人した里子はどこへ出しても恥ずかしくないように毎日真由美と共に礼儀作法を教わっているらしい。


「お久しぶりです里子様。真由美様はどちらへ?」


 約束では真由美も来るはずだったが。


「季節の変動で熱を出してしまいまして。なるべく鬼の力を使わないようにしたら長引いてしまったらしく」

「それはまた災難な。それでは今日は二人きりで行きますか」

「はい。あ、お姉様はお留守番で?」

「娘のお()りを頼みまして」


 娘と聞いた途端里子の顔が興味に輝いた。


「……見ますか?」

「是非!」


 出かける前に一度水輝の部屋で遊んでいる瑠璃のところに寄ることにした。


「水輝様。入りますね」


 また瑠璃を泣かせないように、戸を開けた舞姫はなるべく視界に入らないように隅に寄った。


「ごきげんようお義兄(にい)様」


 姉である舞姫の夫であるのに「橘様」と呼ぶのもどうかと思った里子は考えた末、「お義兄様」と呼ぶことにしたらしい。


「ああ里子殿か」

「おかあしゃん」


 先程のように水輝の膝に座って(まり)を転がしていた瑠璃は母を見つけるとすぐにそちらへ駆け寄った。


「だっこ」

「お姉様にご挨拶」


 これまた同じように縁は里子の方を向かせる。また泣きじゃくるかと思ったらそうでもなく。


「はじめまして。るりです」


 すんなり頭を下げた。


「可愛い……はじめまして、里子です」


 里子が小さく会釈すると瑠璃は少しその銀色の髪を見てから正座をしている里子に両手を広げた。


「ん?」

「だっこ」


 着物を掴んでよじ登ろうとしている瑠璃を見て里子は硬直した。


「縁様」

「はい?」

「この子ください」

「そう思うだけで勘弁してください」


 里子は瑠璃を強く抱き締め、出かけるのに時間がかかった。


「里子は平気なのに私は」

「その内仲良くなるでしょうよ」


 その光景を見て更に深く落ち込んだ舞姫を見て、縁は軽く流した。


「それより縁。聞きたいことあるんだけど」

「切り替え早いわね。どうしたの」

「私達といる時は里子なのにどうして本人がいると様をつけるの?」


 素朴な舞姫の質問に縁は少し宙を眺めた後、視線を戻した。


「裏と表では身分が違うから」

「身分?」

「表向きには禍乱家の養子に入ったお嬢様。裏では私の同僚である子の妹。そういうことね」

「分ける必要ある?」

「事情を知らない人が詮索して来ないようにしてるの」


 まだ少し理解できていない舞姫は放って、縁はいい加減里子と出かけることにした。




 決められた時間に縛られていない里子は思う存分遊び尽くした。


「可愛いものばかりです! お姉様には何が似合うと思いますか縁様」

「舞姫にあげるのですか? 彼女が着飾ったところなんて見たことないけど」

「私もです。でも折角結婚しているのだし、お義兄様だって妻がお洒落だと嬉しいでしょう」


 里子は姉思いのいい子だ。だが嫌味でも何でもなく舞姫のあの真っ黒な髪に合いそうな可愛い髪飾りがない。


「桃色なんてどうでしょう」

「想像つきません」

「ええ私も」


 里子は持って見比べては何か違うと置く。そもそも彼女らもほとんど洒落物を身につけたことがないのだ。


「もっと色んなお店を見てみようかしら」


 里子は先に進もうとしてハタと立ち止まった。


「縁様」

「はい」

「ちょっと……」


 近寄れと手招きしている里子の側へ歩く。


「あ、あの」

「具合でも悪いのですか」

「い、いえ。実は先日も付き添いでここに来たのですがね。ガラの悪い方々に絡まれてしまって。その時に助けていただいた殿方がいまして」

「それで?」

「そ、その彼が目の前に」


 里子が指す先には洋服を着て他人と話している男の姿。


(はあ、なるほど)


 タコのように顔を真っ赤にしている里子を見て、縁は密かにほくそ笑んだ。


「早く告白してしまいなさいな」

「こ、告白!? そ、そんな急に」

「お姉様の二の舞になりたくないでしょう?」


 舞姫の鈍感さを見た里子は急に冷めた顔で何度も頷いた。


「なら頑張りましょう」

「で、でも助けていただいただけでお名前すら……」

「全て聞くまでです。耳をお貸しなさい」


 縁は里子に耳打ちをしてそのまま男の元へ背中を押した。




 一方残された方はと言うと。


「みじゅきしゃま。おはな」

「ああ。これは(すみれ)だな。もう咲いていたのか」

「みじゅきしゃま。あれは?」

「桜だな。そろそろ開花するかもな」


 いつものように庭を散歩する水輝の手を引っ張るのは瑠璃。舞姫は遠くでその様子を見ている。


(……水輝様の伴侶は私なのに)

「まま舞姫様! 湯呑みにひびが入っています!」


 幼女に嫉妬などと思う舞姫だが、初対面から泣き喚かれた身としてはあまり瑠璃にいい思いはしていないのだ。


「ねえ? 私おばさんに見える?」

「大人っぽいですが皺もございませんし。ただ縁様も橘様も年の割に顔がお若いので」


 女中の励ましもさして効果がなかったが、一つ水輝に頼んだことがあった。


「何とか泣かずに聞いてくれるかしら」


 二人が戻ってくるところを見計らって舞姫は姿を消した。


「瑠璃」

「なんでしゅか」

「舞姫……怖いと言っていた女のことだが」


 それで理解できたのか瑠璃が怯えたような目をする。


「どこが怖いのか教えてくれるか?」


 あれだけ泣きじゃくるのだ。たとえ年上の女が怖いとしてもあれは尋常ではないだろう。


「だってね」

「ああ」

「あのおばさんまっかっかなんだもん」

「真っ赤?」


 驚く水輝に瑠璃は頷く。


「おばさんね。まっかになりながらおとうしゃんの新しいおかあしゃんみたいにわらうの」


 縁の言葉から瑠璃も実父だけでなく後妻や女中から酷い扱いを受けていることは水輝も知っている。


「怖い笑い方をしているのか?」

「ちがう」


 瑠璃は自分の意見が理解されないことに不満を漏らす。


「おばさんが怖いんだろう?」

「ううん」

「?」


 先程まで舞姫の姿を見て大泣きしていたというのに別に怖くないと言うのだから流石の水輝も眉を寄せた。


「おかあしゃんとしゃべってるときのおばさんはやさしいの。でもるりとしゃべるときはこわいの」

「こちらからは何も変わらないが?」


 子どもは未知なことが多いと水輝は思って理解することは諦めた。


「外見は兎も角彼女は優しいんだ。無理なら仕方ないが、少しだけ話してやってくれないか」

「……はい」


 水輝は瑠璃の手を引いて自分の部屋に戻った。


「……」


 何かを含んだような目をしながら。


「舞姫、いるか?」

「はい。何でしょうか」


 水輝の部屋に行けば瑠璃と会う機会が増えると思った舞姫は自分が元々使っていた部屋で待つことにしていた。


「瑠璃と話せるぞ」

「本当ですか? でもどうやって」

「お前の何が怖いのかを直接聞いただけだ」


 幼い子がまともに答えられるのだろうかと思案した舞姫だが水輝の様子から察するに平気なのだろう。


「それで私は何をすれば良いのですか?」

「目を(つむ)れ」

「え?」


 舞姫を連れて戻ってきた水輝を見て、お手玉で遊んでいた瑠璃は少し緊張した顔を見せた。


「どうだ瑠璃。まだ怖いか?」


 今の舞姫は目を閉じた状態で水輝に手を引かれていた。瑠璃は舞姫に見られることが嫌だと言っていた。それなら相手の視界を遮断してしまえばいい。水輝はそう考えた。


「だいじょうぶ……です」


 獣の勘を使って瑠璃が恐る恐るではあるが近づいてくるのがわかった。


「舞姫、その場に座れ」

「はい」


 目が見えていない舞姫は水輝の手に従ってその場に腰を下ろした。そうして水輝が離れると違う何か――もとい瑠璃が寄って近づいて来るのを感じた。


「瑠璃?」

「あの、ね……?」


 目を開けたい衝動を堪えながら舞姫はじっと待っていた。


「おばさん。るりのことぶたない?」

「え?」


 事情を知らない舞姫に水輝が説明する。


「怒るな。瑠璃が怯えてる」

「……そうですね。幼子にぶつけたって何も変わりませんしね」

「ああ。私もそろそろ対処しようと思っている」

「わかりました。では落ち着きます」


 舞姫は放ったらかしにされている瑠璃に向かって微笑んだ。


「ええ勿論。あなたに会えるのをどれだけ待ちわびていたか」


 幼女には何を言っているのかわからないだろうが敵意がないことは悟ったらしい。瑠璃は緊張を解いたようだ。


「なまえ」

「ん?」

「おなまえ、なんですか」


 そう言われて気づいた。瑠璃は舞姫の名を知らなかったのだ。おばさんと呼ばれても仕方がない。


「まき。舞姫と書いてまきよ」

「……まきしゃま」


 小さな手で自分の手を握られて、反射的に目を開いてしまったが、瑠璃は気づいていない。実は大分無理をしていたらしいが、またその姿が可愛らしい。思わず舞姫は吹いてしまう。


「はじめまして瑠璃」

「はじめまして。まきしゃま」


 舞姫は小さな体を抱きしめて頭を撫でてやった。

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