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乙女よ。その扉を開け  作者: 雪桃
〜三章〜
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弐拾壱

 翌日。舞姫が微睡(まどろ)みの中にいる時だった。


「……き。まき……舞姫ー」


 名を呼ばれて目を開くと童女のような可愛らしい顔立ちの少女――縁がいた。


「……はい!?」


 覗き込んだ縁の額を舞姫は自分の頭でど突いた。


「相変わらず元気ね」

「な、なん、え、なんで」

「落ち着け舞姫。縁に驚くだけ時間の無駄だ」

「あら酷い。折角遊びに来ましたのに」


 先に起きていたらしい水輝が幼女を抱いていた。


「まだ寝てるから静かにね」

「え、どこの子?」

「瑠璃よ」

「瑠璃!?」


 外出許可が出ていなかったのだから当たり前だが、舞姫は一度も縁の娘に会ったことが無かった。今は三つのはずだ。


「三歳なのにこんな大きいの」


 本気で驚いている舞姫に縁と水輝は顔を見合わせた。


「大きい? この子は一回り程小さいぞ舞姫」

「嘘。だって里子はもっと小さくて細かったんですよ」

「言い方は悪いけどね舞姫。孤児の頃だったあなた達は死なないのが不思議なくらい弱っていたのよ。多分基準が違うんじゃない?」


 呑気に縁は考察する。それよりも舞姫は気になることが数え切れない程あった。


「今何時? どうやってここに来る許可をもらったの? なんで今日ここに」

「落ち着いて舞姫。今は午前六時。許可はもらってないけど私はいないようなものだから瑠璃を置いていこうものなら毎日でもここに来られたの。今日来たのは町で噂になっていることを伝えに来たから」


 午前六時ともなれば使用人か出稼ぎをしている者が起きて給仕の仕度をする頃だ。幼子がうたた寝していても無理はない。


「噂って異国から来たまふぃあとか言うあれ?」

「なんだ知ってたの。じゃあ人身売買のことも知ってるの?」

「詳しいことは知らない」

「そう。それなら……」


 縁が話を切り出そうとした時、何やら不機嫌な声が聞こえてきた。


「おかあしゃん?」

「瑠璃、起きたの? まだ寝てていいよ」

「ねむくない」


 水輝の膝から降りて、瑠璃は母に抱っこをせがむ。


「瑠璃。このお姉さんにも挨拶しなさい」


 縁が促すと瑠璃は舞姫の方を向いた。子ども好きな舞姫が瑠璃を手招きする。


「瑠璃、挨拶は?」

「……いや」

「瑠璃?」


 瑠璃は即座に縁の元に隠れて舞姫の顔を見ようとしない。


「水輝様にはできてたでしょ?」

「いや」

「なんで」

「こわいから」

「怖い?」


 今の舞姫の姿に怖い点などどこにもない。着ているものも淡い水色で、髪も野暮ったくならないように耳にかけている。半ば強引に縁が抱きかかえて舞姫の方へ持っていくと瑠璃はみるみる内に泣き始めた。


「おかあしゃぁん!!」

「どうしたの。怖くないって」

「やだやだ! おばさんこわい!!」


 後頭部を重い石で殴られた感触を舞姫は受けた。その間にも瑠璃はまるで本当に怪物から逃げるように縁の体に突撃した。


「お、おば、おばさん」


 背が高く大人らしい容貌であることはわかっている舞姫だが流石におばさんと呼ばれることについては傷ついたらしい。それもこの大人の中で一番年下なのに。


「み、水輝様。私おばさんに見えますか」

「まだ三つの子に二十を超えた者は年寄りだろう」


 流すように水輝は舞姫を宥める。


「神だからかもね」


 泣く瑠璃を落ち着かせながら縁はそう呟く。


「神?」

「私達のような神憑きは生まれついた時から外界の邪気を受けやすいのよ。子どもはそういうことに敏感だから」

「縁は?」

「私はお母さんだから。怖がられちゃまずいでしょう」


 何か上手く言いくるめられた思いをしながらまだ怯え続ける瑠璃に近づくのを舞姫は諦めた。

 縁が身内だったから何事も無く話していた舞姫であったが未だ寝巻きだったのに気づいて急いで着物を替えに行った。

 戻ってきた時には女中の一人がずっと部屋にいるのも退屈だろうと思い、瑠璃を庭に連れて行っていたので先ほどの話を続けることにした。


「人身売買がどうとかって」

「ああそうそう。彼らは変な道具を使って人を選別しているの」

「選別? 奴隷にしても簡単に死なないとか?」

「いいえ。異能者かどうか」


 三年の間に自分の力を理解するため、舞姫はひたすら書物を読み漁っては異能のことを研究し続けた。そのおかげか知識が大分偏っているが。


「どうやって異能者かどうか調べるの?」

「異国には不思議な道具があるらしくてね。何でも異能者が力を加えると特有の反応を見せるとか」

「変な道具ね」


 ただの短剣から鎖と色々種類はあるらしいが縁も見たことはないらしい。


「まふぃあの集団は何がしたいのかしら」

「それが分かったら警察も苦労してないよ。異能者なんて自己申告しない限り一目でわからないんだから」


 舞姫は教えられていなかったが昔から警戒心が強かったためか金稼ぎをしなくなった今、無闇に見世物として力を使わなくなった。それが関係してか道行く人も舞姫があの踊り子だったと覚えている者も少なくなった。


「どれだけ自分が強いと思っていても(おご)ることだけはやめなさいよ。後々取り返しがつかないんだから」

「大丈夫。そんな馬鹿みたいな真似はしないわ」


 念押しのためにわざわざここまで来たのかと舞姫が聞くと縁は否定した。


「里子と真由美様から手紙が来てね。町に行きたいって」

「何度も行ってるのに?」


 自分には何も言わなかったという言葉は飲み込んで舞姫は聞いた。


「誰かの付き添いじゃなくて好きに出かけたいんじゃない?」


 当主が仕事で町に出向く時は大概娘二人もついていくが時間も制限がかかっており、年頃の二人はもどかしさを残しているのだろう。


「約束したのが今日だから迎えに来たの」

「こんな朝早くから?」

「瑠璃を頼みたかったから」


 どうやら縁は出かけるのに瑠璃を連れていかないらしい。それもそうだろう。(ちまた)ではマフィアがそこかしこにいるという噂が流れている。余程のことが無ければ我が子外には出したくないだろう。


「だから悪いけど二人は私に任せて子守り頼めるかしら」

「それは構わないけど多分私がいると余計負担が」

「大丈夫よ。瑠璃が人を怖がるのはよくあることだから。舞姫はなんとなく後妻(・・)に似てるし」


 何気なく言う縁に舞姫は眉を(しか)めた。相変わらずの自分の身を他人事のように語る縁に少し苛立ちを感じているのだ。


「まあそれでも無理なら水輝様でも他の使用人でもいいから。頼める?」

「わかったわ」


 好き嫌いは置くとして、舞姫は子守りが得意である。何故怖がられるのかはわからないが接していく内に心を開いてくれるだろう。


「助かった。流石に幼子まで守れるわけじゃなかったから」

「里子が至らなかったら叱ってね」

「多分平気でしょ」


 話が一段落したところで約束の時間になったのか里子が来訪した。

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