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乙女よ。その扉を開け  作者: 雪桃
〜三章〜
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弐拾(後書きに挿絵あり)

「もう三年ですか」

「何がだ?」

「里子と()りを戻して水輝様に求婚されてからもう三年も経つんだな、と」


 舞姫は今や夫である水輝の部屋にある小さな窓から芽吹き始めている桜を眺めていた。


「里子も真由美も成人しているのに今でも無邪気な姿を見受けます」

「二人が望まない限り結婚はさせないと言っていたから少女として生きていても良いのだろう」


 水輝は手招きをして舞姫を呼び寄せる。真由美が以前「里子は呼び捨てで敬語もないのに自分があるのは可笑しい」とむくれてきたので何時からか真由美に敬称は付けなくなった。


「それにしても今もあの日の記憶は鮮明に思い出せます」

「記憶力がいいんだな」

「え」

「ん?」

「い、いえ何でも。それより今日も行きますか?」

「ああ。天気もいいしな」


 舞姫と水輝は共に屋敷の中にある庭を歩いてまわった。水輝の病状が良好にならないのは運動不足だからかもしれないと思った舞姫が考えた散歩もどきである。予想通り何ヵ月前よりか水輝の体調は優れてきている。


「日に日に外出時間が増えていますし遠出も夢ではありませんよ」

「どうだろうな」


 水輝は苦笑いをして舞姫の手を取りながらゆっくりと家を歩いていく。


「そういえばこの前縁から手紙が来たんですよ」

「内容は?」

「瑠璃に外出許可が下りたんですって。今度出かけるそうですよ」


 あの一連の騒動の後縁はいい加減嫁ぎ先へ帰った。舞姫が怒られなかったのかと聞くとむしろ帰ってこなければ良かったという視線を向けられたと言う。

 里子と真由美、更に当主に止められなければ舞姫は屋敷に殴り込んでやろうかと考えた。水輝も止めはしたがそれから数日機嫌が悪かったのは恐らくこれが原因だろう。


「どこに行くとは書いていなかったのか?」

「そうですね。それにしても縁の旦那様は薄情すぎやしません? 娘と嫁には自由を与えないで息子と後妻だけ愛して。あまりにも理不尽過ぎるでしょう」


 娘である瑠璃(るり)を産んだ縁の対応は酷いものだった。縁と瑠璃を部屋に閉じ込めて主は他の女と再婚して子を作った。

 手紙もほとんど送られてこず、行動一つだけで下女にさえも罵られる。


「やっぱり離縁させましょうよ。水輝様の力なら」

「そうしたいのは山々だが自らの地位を乱用して痛い目を見なかった者はいない」

「乱用ではありませんよ。これは正当です」

「外部の者から見たら?」

「それは……」


 正論を言われた舞姫は何も言えなくなってしまう。


「それに縁が訴えてこない限りどうしようもない」

「どうして縁は現状で耐えられるんでしょう」

「あいつの心情なんて誰にもわからない。お前が来るまで感情もほとんどないに等しかったからな」

「……戻りましょう。大分息が上がっています」


 重い空気が流れながら二人は部屋に戻った。




 翌日。舞姫が月に一度自分の力の練習をする為に一人で町を訪れた時だった。いつもの活気づいた雰囲気はあるものの何故だか通り行く人々は皆怯えているようだった。


(何かあったのかな)


 奇異の目でしょっちゅう見られていたせいで周りが不穏な空気を漂わせるとつい身構えてしまう。そんな時に肩に手を置かれたら臨戦態勢に入ってしまうのももっともで。


「何!?」

「うわっ」


 田舎に住んでいる舞姫には珍しく洋服姿の三十代半ばかと思われる男が肩に手を置いていた。


「何か?」


 やはり警戒心を解かずに舞姫は男の手を払った。


「いや、こんな所に美人な女性が一人だなんて危ないと思って」

「……そうですね。あなたみたいな人がいないとも限りませんからね」


 町に良いイメージを持たない舞姫は一言一言に(とげ)を持たせながら振り切ってさっさと帰ろうとした。


「あ、待って! 一人で行ったら危険だよ。まふぃあに狙われるよ」

「まふぃあ?」


 聞き慣れない言葉に舞姫は足を止めて振り返った。


「何ですかそれ」

「やっと聞いてくれた。まふぃあは話せば長くなるからお茶でも飲みながら」

「私伴侶持ちなのでいかがわしい真似は起こしたくありません」

「わ、わかった! じゃあ僕の仕事場に来てよ。他にも人いるし、ね?」

「仕事場?」

「僕は探偵なんだ。名前を言うのを忘れてたね。探偵、城ヶ崎雄介(ゆうすけ)です。よろしく」

「……橘舞姫です」


 いざとなったら瞬間移動を使える舞姫は大人しく雄介について行った。

 横に広かった橘家や禍乱家と違い縦長な建物に慣れていない舞姫は始終体を硬直させていた。


「事務所にこんな美人が来てくれるなんて」

「早くしていただけませんか。主人が心配します」


 一日で帰ると言ったので水輝に心配されないように早く帰りたい。


「わかっているよ。じゃあこっちに来て」


 舞姫は雄介に促されて別室へ移動した。


「それでまふぃあというのは?」

伊太利(イタリア)を本拠地としている無法者の集いさ。戦争が以前起こっていただろう。それに乗じて渡ってきたらしくてね。一人でいる人を拉致しては奴隷として他国に売り(さば)いてるんだ」

「警察は?」

「勿論動いているよ。でも向こうは法律もクソもない極悪人だ。どれだけの青年が犠牲になったと。とにかく一人で町を出歩いちゃ駄目だよ。君みたいな女性なんて一番狙われやすいんだから」


 マフィアに狙われる前に普通の日本人に口説かれた舞姫は口伝えだけでも十分気をつけるように心がけた。


「ご忠告ありがとうございます。それでは遅くならない内に帰りますので」

「どこまでだい? 送っていくよ」

「遠慮します」


 今度は振り返らずに舞姫は階段を降りて引き止められる前に力を使った。


(あ、縁のところ寄りたかったな)


 そう思っていた舞姫は気づかなかった。雄介に力を見られていたことを。

 



 町から帰ってくるとすぐに愚痴を言い出すのも舞姫の日常になっていた。外に出られない水輝にとっては批評もまたタメになるらしい。


「もう町の人は嫌です。田舎者をからかうような手引きが許せません」

「忠告してくれたのでは?」

「忠告だけでいいんです。いざとなったら女だって強いんですよ」

「それは縁を見て言っているのか」


 縁も舞姫も神憑きだから強いのであって実際の女性は弱い。水輝の母も病に(かか)ったら父よりも早く死んだ。精神病を患った女性も何人か見たことがある。


「舞姫、来い」


 水輝が自分の膝を叩いて近づいてきた舞姫を腕の中に収めた。五センチも違わない二人の身体なので舞姫は水輝を見下ろすことになり、そんな体勢になったことのない舞姫は目を白黒させた。


「水輝様?」

「お前は私から離れないな。私を独りにはしないな」


 舞姫は意図を理解して小さく吹き出した。


「私から妹を奪った方が寂しがり屋さんですか」

「あれは本当に申し訳なかった。私の言葉が足りなくて全員が勘違いしてしまっていたらしい」


 クスクス笑っていた舞姫は水輝の言葉に笑うのを止めて首を傾げた。


「勘違い?」

「ああ。私は『旅をしている踊り子の舞が見てみたい』と呟いた。それをたまたま新人の女中が聞いて縁の静止が入る前に屋敷中に広めてしまった」


 それからは舞姫の知った通りである。


「水輝様は別に特別私に会いたいわけでは無かったと?」

「そうだな。あの時は本当に厄介事が増えたとしか思っていなかった。そのせいで最初に里子殿のことを酷く言った」

「……元凶って結局誰ですか」

「私かお前だ」

「どっちもどっちでしょう」


 今では笑い話にもできる忌々しいあの過去を二人は時間の許す限り語り合った。

お姉様がまた舞姫ちゃんを描いてくれました(舞姫だよ。魔姫じゃないよ)

挿絵(By みてみん)

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