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乙女よ。その扉を開け  作者: 雪桃
〜二章〜
129/164

拾九

「里子?」


 里子は舞姫に背を向けて相変わらずの銀髪を床に垂らしていた。顔が全く見えない。


「あの?」

「申し訳ございません。顔をお見せすることも、見ることも今の状態ではままならないので」

「あ、ああそういうこと」


 後ろを向かれて話すのは少々忍びないが自分もそれを言える義理はないのでそれ以上何も言わず舞姫は普通に座った。


(でも何を言えばいいのかしら。今更だけどせっかち過ぎた昨日の私を恨むわ)


 先程のパニック状態と言い今の計画性の無さと言い自らの頭の悪さを呪った舞姫だが今更どうすることもできない。


「……お体はもう大丈夫なのですか?」

「え?」


 そういえば里子を突き飛ばして道の真ん中で気絶していた間彼女は正気を戻していたのだ。


「だ、大丈夫よ。あの時は突き飛ばしてごめんなさい。痛かったでしょう?」

「いえ。私の方こそごめんなさい。急に記憶が戻ったなんて言ってお姉様は大層混乱してしまったでしょうに。本当はお会いすることだって許されないと思っていたのです。こんな、不幸しか呼び寄せない娘なんて」

「そんなことない!」


 里子の自らを卑下する言葉に堪らず舞姫は外にまで響く程声を張り上げた。少し驚いたのか里子の肩が小さく跳ねる。


「お姉様?」

「不幸を呼んだのは私よ。私が悪目立ちさえしなければあなたが苦しむことは無かった。全て私が招いたこと。あなたが記憶を失ったままなら私は……」


 先に言葉が出なくなり舞姫は口を噤む。しばしの沈黙の後里子が口を開いた。


「真由美に聞きました。お姉様が私の記憶を戻そうとしなかった理由。昔と変わらず他人を思い自らを傷つける。憎らしく優しい」

「り……」

「お姉様を忘れて過ごしていた四年が恨めしい。何よりも私がお姉様にとって足手まといだと自覚させられたのが辛かった」

「!?」


 後ろを向いていても手の甲に落ちた水滴から里子が泣いていたのが分かった。


「どれだけこの身が堕ちようとお姉様がいるだけで良かった。お姉様の役に立てれば良かった。だけどお姉様は一人でも生きてこられた。私は役立たずだったって思い知らされた。生きる意味がわからなくなった!」


 こちらを向いた里子の顔は筆舌(ひつぜつ)に尽くし難い程悲痛に満ちていた。


「わかっています。お姉様がどれだけ苦しみと葛藤を抱えながら私を手放したのか。こんなこと、ただの身勝手な幼子の戯言(ざれごと)です。それでも黙れなかった。お姉様を責めることしか私には能が無いんです」


 そう言うや否や里子は大声を出しながら床に突っ伏して泣き出した。舞姫はその姿を呆然と眺めるだけ。


「里子。私は、あなたに」


 幸せになって欲しかった。

 里子にとって一番幸せなのは過去を捨てて禍乱家の養子として生きること。ずっとそう思っていた。目の前で今苦痛に嘆いている妹を見るまでは。


(私は馬鹿だったの? 愚かだったの?)


『苦しませたくないからと言って真実を話さないことが本当に礼儀ですか』


 禍乱家に招待された時に喧嘩をした真由美の言葉が胸に刺さる。真実を知るのが遅すぎて現に里子は苦しんでいる。きっと誰も舞姫を責めはしないだろう。舞姫だって被害者なのだから。


(それでも元凶は私なんだ)


 たった一人の妹を自らの手で苦しめた後悔と遺憾の念は涙となって出てきた。

 知らない内に舞姫は里子の体を覆いかぶさるように抱きしめていた。


「おね」

「ごめんね。ごめんなさい銀。悲しませたくなかったのに。苦しませたくなかったのに。誰よりも愛しているのに誰よりも残酷な傷つけ方をしてごめんなさい」


 これ程泣いたのはいつぶりか。里子を失った時か。里子と再開した時か。


(ああ。私はこの子以外のために泣いたことがないんだ)


 泣きながら冷静に舞姫がそう思っていると里子が起き上がろうと身動ぎをするので慌てて体を離す。


「お姉様。私のことを愛してくださっていますか?」

「え?」

「誰よりも愛していると」

「ええ。たった一人の妹だもの。だからこそ私は」

「あなたの足を引っ張り、一切あなたに恩返しができなくとも。私と共に生きてくださいますか」


 舞姫は否定しようとした。こんな罪悪感を持ったまま妹に顔見せできないと。

 それも里子の切実たる想いを込めた眼差しで打ち破られた。


「私、あなたを苦しめたのよ。それでもいいの?」

「お姉様がいなくなる以上に苦しいことなんてありません。私は一緒に生きていきたい」

「私も、生きたい。今度こそ、何も隠さず」


 どちらからともなく額を合わせる。収まっていた涙で視界がぼやけていく。


「ふふ。お姉様、やっと……やっと還ってこれた」


 こちらも泣きながら笑っている里子を見て、舞姫は口を開いた。


「────」


 里子は少し驚いた後、満面の笑みを見せた。


「はい。ただいまお姉様」


 それからお互い何も言わずに笑って泣いた。

 四年の想いを込めて。


『おかえり、銀』




 二人の感情が収まり、少し経った頃。


「そろそろ戻りましょう里子。皆を待たせているのだし」

「え、えっとお姉様」


 里子は伸ばされた手を取るべきか迷っていた。


「どうしたの?」

「わ、私達の顔、物凄い形相です。こんな格好であまり外には」

「こんな? 泣き腫らした顔なら何度となく見せているけど」

「は!?」

「え、何その顔」


 信じられないと言ったような里子の顔に舞姫は面食らった。


「私何か可笑しなこと言った?」

「も、もう何でもいいです。昔と変わらないのですねこの鈍さ」

「それより早く行きましょう。水輝様を長居させるのもちょっと怖いし」

「え、あ、はあ」


 戸惑いながら里子は舞姫について行った。小走りで皆の待っている部屋へ向かう途中で真由美と鉢合わせた。


「里子! 舞姫様!」


 淑女の体裁も気にせず真由美は走り寄り、里子の首筋に抱きついた。


「仲直りしたの? 銀ちゃん受け入れた?」

「ぎ、銀ちゃん」


 真由美は記憶を失っていた里子と友達だった。銀に他人行儀なのも仕方ない。そう思っても舞姫は可笑しくてつい笑ってしまう。


「真由美。里子が困っているから離れなさい」


 部屋の障子が開いて当主が苦笑する。渋々ながら真由美は離れ、舞姫は中にいる水輝と縁の前に座り込んだ。


「お騒がせいたしました。おかげでこの通り仲を取り戻すこともできました」

「そうか」


 素っ気なく言っているが縁が代わりに笑っているので水輝も励ましてくれているのだろう。


「水輝様。さあ今度はあなたの番ですよ」


 縁が先を促すと水輝は眉を寄せて溜息を吐いた。その間に舞姫以外の者は端に寄る――実は里子もこのことを知っていたりする。


「皆何して?」

「仕方ない。舞姫、もう一度聞かせてくれ」

「はい?」

「お前が私をどう思っているか」


 前もそんな質問をされた。確かその時は


「とてもお優しい方だと思いますよ。無愛想で何考えているかよくわかりませんけど」


 途轍もなく失礼なことを笑顔で言っている舞姫を見て里子は卒倒(そっとう)しそうになった。姉が礼儀知らずなのが大分衝撃なのだろう。


「……舞姫」

「はい」

「私の伴侶になってくれないか」

「はい?」


 伴侶の意味を知らないわけではない。早い話水輝は舞姫に求婚してるのだ。

 こんな大胆な告白、今までにないほどなのに舞姫の鈍感さは想像以上だった。


「水輝様。そんな無理をなさらずとも私はあなたの付き人をやめるなんてしませんよ」

「?」


 想定外の応答に誰も言葉を発せなかった。


「何も使用人と結婚しなくても。適齢期を過ぎたとは言え、障害を抱えている方なら仕方のないこと。誰もお叱りになりませんよ。ご病気を理解してくれる女性は必ず現れますから」


 舞姫は結婚を体裁を保つためだと思ったらしい。本気でツボに入ったらしい縁は腹の子も気にせず死ぬのではないかと思うくらい体を震わせて笑った。隣にいる里子は絶句していた。


「単刀直入に言った結果がこれなら私はどうやって伝えればいいんだ」

「そうですねー。いっそのこと相手に思い切りぶつかってみるとか……」


 舞姫が言いかけた途端何かで覆われた。それが水輝の唇だと気づいたのは目を開いて眼前に美男子の顔が映ってからだ。


「?」


 流石に状況を把握した舞姫は目を回した。それから酸欠になり一日寝込むことになった後、また部屋から一週間部屋から出られなくなったのはまた別の話。

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