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乙女よ。その扉を開け  作者: 雪桃
〜二章〜
128/164

拾八

 舞姫が一日だけと願ったため、心の整理もつかないまますぐに約束の時間が来てしまった。


「水輝様の正装姿なんて何年ぶりですかね」

「十年ぶりか。着物の帯はこんなにきつく締めなければならないのか?」

「本来ならもっときつくです。身内なので良しとしましょう」


 過去に負った大病のせいで百七十あるかないかの水輝であるが縁の身長的には立派な成人男性に見える。


「これで病気さえ無ければありとあらゆる女性をいたれりつくせり」

「生々しいことを言うな。私は」

「そう言うんだったら今日中にけじめをつけてください。ついでにこのことはあちらの旦那様にも教えましたから。逃げ場はありません」


 先手必勝をかけられて為す術もない水輝はただ眉を(ひそ)めてため息を吐いた。


「それより舞姫はどうした。時刻は過ぎているぞ」

「そうですね。呼んできますか」


 瞬間移動でさっさと舞姫の部屋へ向かう。

 そこで目にしたものは。


「り、りこ……ぎ、は、はな」


 ほとんど半裸状態の舞姫が過呼吸になりながら片言で何かを呟いていた。縁の存在にも気づいていないらしい。


「これは予想以上に重症ね」


 縁の独り言に気づいたのか舞姫は顔をそちらに向けた。


「大分病んでたね。言ってくれれば……って私が一人で考えろって言ったのか」


 縁が近づくと今やっと気づいたように舞姫は顔を上げて立ったままの縁の腹を抱きしめた。


「舞姫?」


 縁がかがみ込むと舞姫の状態は更に悪く――寝ていないのか目は充血と隈が満ちており、顔も土色でどう見ても健康体には見えない――息を乱していた。


「ゆ、ゆか、わ、わた」

「落ち着きなさい舞姫。そんな状態じゃ話すどころか会うことだって」

「むり。無理なのよ」

「なんで。別に里子が会いたくないってわけじゃないんだから」

「だ、だって神様が会うなって」

「はあ?」


 何故急に神が出てくるのかわからない縁は眉を寄せて呆れた声を出した。


「き、昨日神様がお前と里子が会えば災厄が起きる。二度と会うなって」


 神の憑依者は(たま)にお告げのようなものが脳に流れ込んでくる。残念なことにそれは大分未来のことであり、忘れた頃、その者が死んだ頃に起こる。縁も何度か聞いたがそれが成し遂げられたことはない。


「大丈夫よ。大体人二人で災厄なんて起こらない」

「でも私は普通じゃ」

「いつ起こるかわからない神のお告げと妹とこれからを話し合うのと。選べ舞姫」


 強く脅すように言う縁に舞姫は驚いていくらか平常心を取り戻す。


「どっち?」

「ゆ、縁。里子がいなくなったらどうしよう」

「そうしないための話し合いじゃないの?」

「……うん」

「わかったならよろしい。水輝様待たせてるんだからさっさと着替えるよ」


 一度着物を全て脱がせた縁は一分もかからずに帯まで着付け終わってしまった。


「ほら急いで。時間過ぎてるから」

「は、はい」


 嵐のようなスピードで仕度された舞姫は先程までのパニックを吹き飛ばして縁と小走りで水輝の部屋に向かった。


「お待たせいたしました。ご準備は」

「できている。いつでもいい」


 水輝は一目舞姫の姿を見てから縁に返事をした。自分ではわからないらしいが舞姫の顔は遠目からでもわかるほどやつれていた。泣き跡もくっきりとしている。


「……縁」

「はい」


 舞姫に聞こえないように二人は近づく。


「あれで行くのか?」

「もうどうしようもありません。事情を知っているからあまり訝しまれないかと」

「そうか。時間も過ぎた。行こう」

「はい。おいで舞姫」


 首を傾げながら舞姫は近づいた。


「私も自分で」

「精神が不安定な人に力を使わせたらどこに飛ぶかわかんないから」


 それにこれから舞姫は一生分とも思える体力を(つい)やすことになるかもしれないのだ。(はぶ)けるのならできるだけそうした方が良い。


「今度こそいい? 気持ちの整理はできた?」


 縁は舞姫に手を伸ばす。小さく躊躇った後、舞姫は恐る恐る手を伸ばした。

 指が触れ合う瞬間水輝は縁がほくそ笑んでいるのを訝しげに見ていた。




 禍乱家の入口が見えて、舞姫の心臓はまた早鐘を鳴らし始めた。


「水輝様、ご調子は?」

「悪くは無い。ただあの部屋から久しく出ていなかったから体が慣れていないらしい」


 舞姫が拳を握りしめて屋敷を見渡している間、二人はそんな会話をしていた。少々顔色が優れていない水輝だが、別に体調が悪いわけではないらしい。


「ここで立ち止まっていても仕方ないから。ねえ舞姫」

「うん」


 舞姫が戸を叩くと程なくして女中が開けて招き入れた。


「まずは旦那様に会わせて下さい」


 縁が前に出て引き継ぐ。女中は一つ頷くとそのまま真っ直ぐ当主の部屋へ向かった。


「旦那様。お見えになられました」

「ああ」


 当主が一つ返事をすると女中は障子を開けた。目の前には禍乱家当主の顔と真由美の姿があった。必要以上に困惑していた真由美だが、水輝と目が合うと即座に姿勢を正す。


「体は平気か」


 当主が眉を寄せて舞姫を見る。彼は顔色を見てそう言ったのだが自分の状態を知らない舞姫は先日急に飛び出して不快にしたのかと勘違いしてしまった。


「も、申し訳ございません。ご無礼をお許しください」

「? ああ。無礼を働かれた覚えはないが」


 恐れる舞姫に当主は訳もわからず首を傾げる。そんな光景に痺れを切らした真由美が近寄ってきた。


「お父様。そろそろ」

「わかっている。私が案内しよう。真由美は二人を客室に」

「はい」


 身構える舞姫を手招きして当主は部屋を出ていった。


「大丈夫でしょうか」

「互いが冷静になれるのなら平気でしょう。それが難しいんですけど」


 苦笑しながら縁は真由美と共に二人が行った方向を眺めた。




「……離れ、ですか?」


 清潔にされているとは言え、人気はなく古びている離れに舞姫は連れてこられた。


「ここは掃除以外ほとんど人は立ち入らない。二人の会話を聞かれたくないかと思ってここにしたが悪かったか」

「い、いえ。むしろご配慮感謝します」


 人が行き交う中で会話は無理だと思っていた舞姫だったので当主にはありがたい気持ちで満たされていた。


「でも急に来て驚かないでしょうか」

「使用人に頼んで先に伝えた。部屋で待っているらしい」

「そうですか」


 足が重くなっていく。ここまで来てやはり逃げ出したい感情が(つの)ってくる。


(それでも耐えて。里子と、今度こそ姉妹として話すんだから)


 本当に舞姫と当主以外見当たらなくなるくらい奥の方まで来た。


「ここだ。念のため人払いも済ませている。何かあれば手数をかけるが戻ってきてくれ」

「はい。本当にありがとうございます」


 当主が来た道を戻ると舞姫は目の前にある閉ざされた障子を見据えて口を強く引き締めた。


(大丈夫。妹と会うだけ。化け物と対峙するわけじゃない)


 障子のへりを舞姫は軽く叩く。


「私よ。入っていい?」

「……どうぞ」


 覇気(はき)のないか細い声が室内から聞こえる。舞姫は一つ大きく深呼吸してからゆっくりと障子を開けて中に入った。

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