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乙女よ。その扉を開け  作者: 雪桃
〜二章〜
126/164

拾六

 数日後。


「鬼が真由美殿の姿を元に戻してくれたらしい」

「本当ですか!? え、ていうか元に戻せるならこんなに悩む必要無かったんじゃ」

「妖が体にいるのは変わらないらしい。望めば出てくるとも書いてある」


 舞姫と水輝はあちらの当主から受け取ったお詫びとお礼の手紙を読んでいた。ちなみにもう少しここにいさせろというような旨も縁から来ている。


「でも良かった。旦那様が真由美様を捨てないで。家族が消える辛さは何物にも耐え難いですから」


 あまり親の記憶がない舞姫でも愛されないことの辛さはよくわかる。里子が殺されかけた時の苦しみは今でも思い出す程苦しい。


「ところで里子のことは」

「書いていない」


 真由美と共に落とされたとは言え、里子は気絶していただけであり、鬼の魔力も受けていない。

 それなのに一切起きる気配はなく、ただ何の発作も起こさずに寝ている。それは死んでいるようにも見えて――。


「あまり気を病むな。真由美殿も無事だったろう」

「そう、ですよね」


 銀が里子になったあの日のように舞姫は胸騒ぎを覚えるのだった。




 鬼の事件があってから早一ヶ月。禍乱家の使いが息を乱しながら橘家へ走ってきた。


「どうした」

「ま、舞姫様を」

「私ですか?」


 使いの流れ落ちる汗を拭くために布を持ってきた舞姫は首を傾げた。


「早くしないと!」

「え、ちょっと。すみません水輝様。少し出かけてきます」

「ああ」


 あまり自分の体力を削りたくなかった舞姫は使いを気絶させると教わった瞬間移動で人気のない禍乱家の裏道に降り立った。使いは疲れすぎて気絶した体にして、自分は急いで入口に向かった。


「早かったね舞姫」


 縁が入口まで来て舞姫を迎えた。感情をあまり表に出さない縁は珍しく戸惑ってどうしようかと迷った表情をしている。


「里子に何かあったの?」

「わからない。起きたことには起きたけど。とりあえず旦那様のところに行こう」

「え、ええ?」


 二人は早足で当主の部屋へ向かう。真由美もいたが、鬼の気配は小さく外見も人間と変わらない。


「ご無事ですか真由美様」

「ええ。お騒がせいたしました」


 挨拶代わりとばかりに互いに会釈する。


「どうかなさったのですか? 里子が起きたと」

「ああ。起きたと言えば起きた。だが様子がおかしいんだ。私や真由美が話しかけても一切こちらを見ようとしない。布団からも出てこない。誰にも聞こえないくらい小さな声でずっと何かを唱えているんだ」

「何か刺激があればいいかと思って私が提案したの」

「刺激って?」

「舞う以外に何があるの」


 舞って何か変わるのだろうか。たとえ銀も里子も舞が好きであっても放心状態の者に舞を見せて何が起きるのだろう。


「試せるものは全部試す。着物は貸してもらったからさっさとやるよ」

「お願いします舞姫様」


 真由美と縁にせがまれて舞姫が頷こうとした時だった。

 部屋の外が騒がしくなり女中の慌てる声が聞こえたと思ったら部屋の扉が大きく壊れそうなほど乱暴に開けられた。

 開けた張本人は銀色の髪を整えもせず乱れて(はだ)()襦袢(じゅばん)だけを着て息を弾ませている少女だった。言わずもがな里子である。

 真由美が我に返り、慌てて里子の元に走り寄った。


「なんて格好してるの里子! せめて着物を」


 部屋に入れないように真由美が遮るが里子はそれを突っぱねて覚束(おぼつか)ない足取りのまま部屋に入る。虚ろな目に映っているのは舞姫の姿だ。


「里子様? 調子はいかがですか」


 戸惑いながらも平静を装って舞姫はゆっくりと聞いてみる。だがその努力も次の瞬間泡となった。


「お……」

「ん?」

「おねえさま」


 自分の心臓が一瞬止まったと舞姫は感じた。

 彼女は今なんと言った? 自分をなんと呼んだ?


「り、りこ……」


 一度口を開いた里子は舞姫にとめどない言葉を浴びせてきた。


「おねえさま。私です、銀です。あなたと共に孤児として生き、あなたとあの森で生き別れた銀です」

「ぎ、ん?」


 舞姫は思わず隣の縁を見てしまう。それでも当事者でない縁ができることなど何もなく首を振られてしまう。それは真由美も当主も同じこと。

 里子のことは――記憶の戻った里子のことは舞姫以外誰も手に負えないのだ。


「おねえさま? 怒っていますか? あなたのことを忘れて呑気に生きていた私のことを」


 違う。寧ろ逆だ。このまま記憶を忘れて辛いことなどない平穏無事の世で生きて欲しかった。

 銀は戻ってきてしまった。それなら以前のように姉妹として暮らせばいい。それが一番簡単な方法だ。それなのに体が動かない。何かが自分を里子の元へ行かせてくれない。

 里子と二人きりだった記憶が走馬灯のように駆け巡る。二人で寒い夜の中、家から追い出されたこと。銀色の髪を必死に隠しながら舞ってお金を稼いでいたこと。里子を見殺しにしろと命じられてまた逃げたこと。そしてサーベルで貫かれた里子の姿。


「おねえさま?」


 目の前に手が伸びる。


『お、ね……さま』


 手が赤く流れる液体で満たされる。目の前で突き刺さっている里子の体――。


「――っっ!!」

「きゃっ!」


 弾かれた里子をすかさず縁が抱きとめる。その隙に舞姫は逃げるように部屋を飛び出し、草履をひっかけて屋敷を走り出てしまった。


(銀がいる。私の妹が。いなくなったあの子が)


 吐き気を感じて舞姫は転ぶように道のど真ん中でしゃがみ込んだ。


「うぐぇ……おえっ」


 何故吐いているのかわからない。銀が戻ってきてくれたことは嬉しいのに体は受け付けてくれない。胃酸の気持ち悪さに吐き続けながら気を失うまで泣き続けた。

 それから常人であれば狂う程の高熱を出し、まだ残ってくれている縁に介抱されながら橘家に来た当初のように一週間舞姫は悪夢に魘されるのだった。

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