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乙女よ。その扉を開け  作者: 雪桃
〜二章〜
124/164

拾四

 舞姫の目の前にいる娘は正真正銘真由美だった。


「真由美様?」

「呼ぶだけ無駄なこと。コレはもう我のものだ」


 よく見てみると真由美の耳は人とは思えないほど尖り、目は虚ろに、しかし殺気だけは充分たたせている。


「あなたが鬼?」

「そうだ」


 鬼に憑かれた真由美は口を閉ざし、剣を構えた。


「我は暇を何百年も耐えた。帰りたいのであれば戦って勝て」

「勝てって言われても」


 未だに理解できない舞姫がそう呟くも鬼は聞く耳を持たず一気に間合いを詰めて剣を振りかざした。


「ひっ!」


 寸でのところで攻撃を(かわ)した舞姫だったが着物の袖は大きく裂かれた。鬼は本気で舞姫を殺そうとしているらしい。だが今の舞姫には武器などない。


(素手で剣に勝てって言うの!?)


 剣を振っては逃げ、振っては逃げ。先に体力が落ちた方が負けという戦いに投じられた。この戦況で体力勝負など勝敗は目に見えているが。


「いつまでも逃げる気か、憑依者」


 逃げるも何もそれ以外に舞姫が鬼と対峙できる方法がないのだ。


(何か鬼の気を()らせられるようなこと)


 ()(かつ)に手を出して万が一にも当たった場合、真由美にも被害が及ぶ。鬼に効かないとしても真由美に致命傷ということもありえる。


「つまらない」


 鬼はそう呟く。


「神はいつもそうだ。我の娯楽を理解してくれない」


 鬼は舞姫に背を向け社へと歩いていった。


「人間など放っておけば腐るもの。要らぬものは食ってしまおう」


 舞姫の死角に移った鬼は何かを掴んで引きずってきた。


「――っ!!」


 真由美の手は銀の髪を鷲掴んでいた。


「里子!?」


 所々血が流れ、気を失っている里子が振り落とされた。


「コノ娘を落としたらコイツもついてきた。要らないものは処分だ」


 里子の首元に鬼は顔を近づけた。


「待って!」


 舞姫が叫ぶが鬼は聞く耳を持たない。


「人間一人死んだところで貴様らの世界はさして変わらないだろう」

「お願い殺さないで! その子は……」


 鬼は口を開けて牙を里子の首筋に少し埋めて血を溢れ出した。


(――)


 里子が死ぬ。目の前で、今度こそ死ぬ。


(私の、里子(いもうと)が)

「ハハ」

「何だ?」

「クエ」


 舞姫の周りから黒く禍々しい獣が創造された。


「コロセぇ!!」


 獣は一際高く吠え、鬼に向かって走っていった。


「神か」


 鬼は獣の首を次々と()ぎ払い、先のように舞姫を倒そうと近づいてきた。


「ハラエ!!」


 振りかざされた剣は黒い煙によって遠くまで弾き飛ばされた。


「な!? 獣の神では……」

「シネぇ!!」


 獣は何もできなくなった鬼の――真由美の首を噛みちぎろうとした。


「舞姫!」

「?」


 舞姫の動きが止まる。狂気で満たされた舞姫の目には縁の姿。


「ユカリ?」

「急に狂わないで。後始末が大変なんだから」


 いつの間にか真由美の中に入っていた鬼は気絶していたらしい。敵の存在を感知しなくなった舞姫の狂気も収まった。


「鬼の気配が真由美様からするけどらここが例の社?」

「そう……」


 意気消沈した舞姫はその場に座り込む。


「……どうやって降りたの?」

「降りたんじゃない。舞姫の気配に近い場所に力を込めた」

「力を?」

「帰ったら教える。まずは里子様と真由美様を戻そう」


 縁は小さな体に似合わない力強さで里子と真由美を丁寧に抱えた。


「どうやって帰るの」

「禍乱家の入口を想像して。わかるでしょ」

「え、うん」


 舞姫は目を閉じて禍乱家に邪魔をした時の正門を思い出した。


「そこに移動したいと願いながら力を込めて。さっきみたいに」

「さっき?」


 狂気に襲われながらも半分怒りで正気を保っていたおかげで舞姫も何となくではあるが自分の能力に気づいていた。細かい説明を聞くより勘でやった方が早いと思った舞姫だからこそ悩まずに早く使いこなせたのかもしれない。


「――っ!」


 急な浮遊感と白く眩しい光に纏われて舞姫は少しの間気力を失った。


「お疲れ舞姫。もういいよ」


 重力が戻り、舞姫が目を開けると禍乱家の入口が映った。


「本当に、できた」

「半信半疑だったのによくできたね」


 抱えた時と同じように縁は丁寧に里子と真由美を寝かせる。


「旦那様には移動の前に説明しておいた。部屋に連れていくから里子様を抱えて」

「う、うん分かった」


 今気づいたが、縁は何やら素っ気ない態度をとる。怒っているのだろうか? 縁の後ろを歩きながら舞姫は首を傾げた。




 禍乱家に来てから三日が経った。


「帰らなくていいの縁?」

「旦那様が手紙を送ってくださったから長居しても平気。それより二人の体調が気になるし」


 真由美には目立った外傷がなく、里子も見た目の割に軽傷だった。それなのに二人が起きてくることは一度もない。


「精神的負担、異質を体に取り入れたことへの負担。色々考えられることはあるけれどこんな根拠どうにもならないし」

「そうね。ねえ縁、私達の力で何とかできないの?」

「力って言われてもね。何が原因かわからないから施しようがない。力は強大だから無闇矢鱈に発動したらそれこそ逆に体を壊すことになるし」


 無事を願って待つことしかできないらしい。


「それより舞姫。こっちは任せてもらって橘様の元に帰りなさい」

「どうして。私もここに」

「あちらも慌てていると思う。禍乱家のお嬢様が二人も意識不明となればね。舞姫も私もいないと不安定な付き人が水輝様を守るわけだし」

「……わかった。里子のことよろしくね」

「ええ」


 舞姫は必要最低限の荷物だけ持って急いで帰っていった。それを見送った縁はすぐさま異能を発動する。


(神が近くに二人以上いるなんて危険だったし)


 勿論先程言った通り原因がわからなければ縁でも対応できない。


(鬼はまだいる。傷も大分回復している。通常より心拍は早いけど命に関わる程ではない。ならどうして)


 誰も見ていないことを確認してから縁は里子の体を隈無く調べた。それでも目立った痕や傷はない。諦めて着物を戻そうとした縁の手に何かが当たる。袖に手を入れてみると奥から巾着が出てきた。


「これって確か懐中時計の」


 試しに取り出してみると当初と違った装飾がされてあった。十三個ある穴の内、四つの穴が塞がれていたのだ。

 赤茶色の石、闇のように黒い石、逆に一切の汚れがないような純白の石、そして透明な石。

 取り外そうとしてもビクともしない。


「何だか珠に似てるね」


 外せないとわかると縁は時計ごと細かく見始めた。


「いつつけたんだろう。確か買ってもらったのもつい先日だし第一私達が見た時は何も無かったわけだし」

「誰かいるの?」


 急な第三者の声に驚いて縁は危うく時計を落とすところだった。


「縁様?」

「あ、ああどうも。里子様の調子はどうかと様子を見ていたのです」


 里子の世話をしている女中だろうか。死角を利用して縁は時計を戻す。


「ご丁寧にありがとうございます。里子様は」

「まだ目覚めていません。脈は安定しているのですが」

「そうですか。あ、そうだ。当主様がお呼びしておりましたよ。時間があれば来て欲しいと」

「わかりました。それでは」


 縁は一礼してから禍乱家当主の元に足を運んだ。


「何かありましたか旦那様」

「ん、縁か。身重なお前を残して悪いな」

「大丈夫です。森が安全になるまでは帰れませんので」


 それよりこんな与太(よた)(ばなし)をしに来たわけではないのだ。こんな時に当主が縁を呼ぶのだから理由は絞ることができる。


「お前はこういうことにも理解があると聞いた。意見を聞きたい。あの二人はもう助からないのか」


 無事だと答えるのが一番の礼儀だろうが、縁は少し考えてから率直に述べた。


「助かる可能性は高いと思われます。ですがいつ目覚めたとしても彼女達の邪気が完全に消えることはありません。それだけ鬼は強大です。お覚悟はしておいてください」

「何の覚悟だ」

「お嬢様が化物になる覚悟です」


 鬼に体を乗っ取られて人間に完全に戻れることなどありはしない。望まずとも代償は払わなければならないのだ。


「奇怪な者がどれだけ世から蔑まれるかはご存知でしょう。守られなければすぐに壊れる陶器のような存在になります」


 小さく(ひる)む当主を一瞥(いちべつ)して、縁は更に続けた。


「二人が目覚める前にお決めください。少しでも真由美様を畏怖の目で見てしまい、虐めるのであれば親子の縁を切ると。鬼が狂乱することは本当に危険です」


 一人で考えさせようと縁は席を立とうとした。


「縁」

「何でございましょう」

「もし真由美が記憶を失ったら?」


 縁は一頻り考えた後、小さく笑った。


「真由美様の保護者は旦那様です。どうされたいかは自分の御心で。失礼します」


 縁は戸を閉めて与えられた部屋に戻った。

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