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乙女よ。その扉を開け  作者: 雪桃
〜二章〜
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拾参

 縁が妊娠していると聞いても水輝は全く動じなかった。


「縁ならそうなると思っていた」

「えぇ……」


 帰って早々仕事に戻っている舞姫は納得がいかないと言うように声を出した。


「先ほど気になって女中の一人に聞きましたが一ヶ月やそこらで子を成してるなんて余程じゃないと気づかないらしいですよ」

「縁はその余程(・・)に入ったんだろう」

「納得いきません。心の内が全く読めないなんて」

「心の内と言ったら私の他にもいるでしょ」

「え?」


 縁は何か含んでいるような顔つきのまま水輝の方を向いた。


「なんだ」

「四年経っても想いは伝えられず。見てる分には楽しいですけど」

「?」

「少し黙れ縁」


 意図が掴めていない舞姫を放っておいて縁は水輝を揶揄(からか)うように言葉を続ける。


「こういう鈍感な娘に回りくどいことをしては逆効果ですよ」

「直球に伝えろと」

「四年間努力してあれでしょう」

「確かにな」


 二人は全く話について行けていない舞姫の方を見ては困ったようにため息を吐く。


「水輝様も二十三になります。早くしないと自分にも舞姫にも来てしまいますよ」

「そうだな」

「?」


 理解不能な舞姫は二人の会話に割り込めない状態のまま放ったらかしにされた。

 結局縁と水輝が話に花を咲かせてしまい、舞姫は完全に暇人と化してしまったので部屋に戻って女中の一人に頼み、字を練習させてもらっていた。


「い……ろ、は」


 幼稚ではあるが段々と上達はしてきているらしい。


(縁に手紙を出したいしいつも水輝様に書いてもらうのも面倒だし)


 勉強熱心な舞姫の部屋は墨と和紙で散らかっていた。




 使用人では無くなった縁は客室へ通されたが、あまり喜んではいなかった。


「広い部屋って苦手なのよ」

「柊家もすごく広かったわよ?」

「まあね。慣れるとはまた別の問題ってこと」

「ふうん」


 縁が客人側になることが慣れない舞姫は落ち着きなく身動ぎする。


「明日の何時頃帰るの?」

「決めてない。でも徒歩で帰らせるくらいだからあちらとしては生きて帰ってくれば何時でもいいんじゃない?」

「なら私が暇になるまで待ってて。途中まで送るから」

「見送りなんていいのに。ありがとう」


 縁が一つ小さく欠伸をしたため舞姫は客室を後にして水輝の元へ向かった。月の光が窓から差し込む。


「今日は()望月(もちづき)か」


 ほんの少しだけ欠けた月を見て舞姫はそう呟いた。




 翌日の正午過ぎ。舞姫は町へと続くあの鬼が出るとか言われている森まで縁を見送ることにした。


「町まで行ければいいんだけど」

「それはもう見送りを越してるから」


 水輝も見送りはしたがっていたが、病弱なせいで全てを舞姫に(たく)したらしい。


「そういえば今日は満月だね」

「まだ昼間よ?」


 舞姫は燦燦(さんさん)と照る太陽を見て首を傾げる。


「見えなくても月は地球を回っている。丁度東の辺りかな」

「わかんないわ」


 やはり歩いて長い道を進むと話も尽きてくる。森に整備された道に入って別れがやってきた。


「またね縁」

「ええ。さようなら舞姫」


 離れていく縁の姿を見届けながら舞姫も元来た道を引き返そうとした時だった。


「?」


 背後からゾッとするような寒気が舞姫を襲う。


「……鬼?」


 縁は森に近づいている。


「――縁!」

「え?」


 急に叫ぶように呼ばれた縁は驚いて走ってくる舞姫の方を振り返った。


「舞姫?」


 舞姫が縁の腕を引っ張って引き寄せた瞬間森が大爆発を起こした。鼓膜が破れそうになる程の轟音(ごうおん)の後、暴風が二人を吹き飛ばした。


「うわっ!」

「っ!」


 地面に叩きつけられた舞姫は一瞬意識を飛ばしかけた。


「ゲホッ。大丈夫縁!? お腹は」

「あなたが庇ってくれたから平気。人のことは良いから治癒に専念して」


 縁の着物は砂で薄汚れているが目立った損傷と言えば額が切れて少し血が流れているだけだ。腹が無事だと知ると舞姫は打撲した箇所に意識を集中させた。


「何があったって言うの。こんな大爆発」


 縁が珍しく戸惑っている。


「とにかくここは危険だし。禍乱様に急いで」

「……縁」

「何」


 治している最中の舞姫が森の方向を指す。しかし見えるのは燃え盛る森だけ。


「どうしたの舞姫。早く」

「鬼が。鬼の社が見える」


 縁が声を発する前に舞姫は森へ走っていってしまう。


「舞姫!?」


 縁が追おうとするも舞姫は驚異的な速さで追いつけない所まで来ていた。更に火の粉も飛び散る。


「……っあの常識知らず!」


 縁は悪態を吐いて禍乱家へ急いだ。




 一方火の海と化している森を、火傷を負いながら舞姫は直感で進んでいた。


(社はあっちか)


 獣の勘か何のせいか舞姫にはわからないが、ここで死ぬ可能性も道に迷う可能性も心には無かった。大木が焼け落ちてきても気にせず走り続けると舞姫の目には大きな一つの穴が映った。


「何これ。巣穴、にしては大きすぎるし」


 穴はどこまでも深い闇に包まれていて終わりが見えない。だが直感ではここで確かなはずだ。


「こんなの奈落じゃない。どうやって降りるの」


 底が見えない恐怖に舞姫は後ずさる。


 ――ロ


「え?」


 オチロ


 腕が何かに引っ張られ、足を踏み外した舞姫はそのまま底へと落ちていった。


「いやあぁぁぁぁ!!!!」


 死を予感した舞姫は叫び(わら)をも掴む勢いで湿った土に(すが)りついた。


「死にたくない! いやだ!」


 真っ逆さまに激しいスピードで落とされた舞姫が下を見ると真っ暗な一面から淡い光が現れた。


「?」


 淡い光が強くなるにつれて引力に変化が起こった。下に引っ張っていた何かが上を向いたのだ。


「!?」


 引力が上に向かったことで落下は収まった。狂ったように泣いていた舞姫は気づいたら足がつく場所まで来ていたのである。


「じ、じめん?」


 腕を解放された舞姫は腰が抜けた状態でしゃがみこみ肩で息をする。


「い、生きてる?」

「コレも神の憑依者か」

「え?」


 後ろから声がしたと思い、振り返ると一つの社と剣を持った娘がいた。

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