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乙女よ。その扉を開け  作者: 雪野真白
〜二章〜
121/164

拾壱

「こんなところにいたの真由美。あれ、舞姫様も?」


 極力控えめに話していたから聞こえはしなかっただろうが舞姫は内心冷や冷やした。記憶を戻したくないと言った側からバレそうになるのだから困ったものである。


「二人でなんの話してたの?」

「別に大したことじゃないわ。舞姫様もお疲れだったもの」


 どうやら真由美は舞姫の意見を尊重してくれているようだ。


「それよりどうしたの里子。私に用があったんでしょ」

「あ、うん。正確にいうと真由美に舞姫様の居場所を聞きたかったの」

「私?」

「禍乱家で舞姫様が舞うと聞いてお見えになったそうですよ。えーと名前は」

「柊縁です」


 両家が共に暇になるのは手紙を出してから二週間も後のことだった。それだけ縁も屋敷に戻ってこなかった。嫁いでいるのだから当然と言えば当然だ。


「待っていたら呼びましたのに」

「声が聞こえたのでつい。久しぶり舞姫」


 仕えていた時よりもゆったりとしている着物を着ても童女のような縁には不似合いだ。

 だが問題はそこじゃない。


「舞、見たって?」

「ええ。一部始終全部」


 ニコニコ笑っている縁と顔を引き攣らせて笑っている舞姫を見て何かを察した他二人はさっさといなくなってしまった。


「そこになおりなさい」

「はい」


 思わず敬語になりながらその場に正座する。何の感情もないその笑顔が逆に怖い。


「舞姫。今日どれだけ舞がちぐはぐになったかわかる?」

「集中してて数えていません」

「集中しててあれだったのかな?」

「はい、ごもっとも」


 とりあえず怖い。


「まさか身内の場だからと一回も練習しなかったわけじゃないでしょうね」

「そ、それはない! むしろ久しぶりに舞うから暇をもらってでも練習したわ」


 それこそ水輝の命令を無視して舞に没頭するほど。縁もそれを察していたが話が複雑になりそうだったので黙っていた。


「どうしてあれだけ間違えるの。記憶力は人並み以上だし練習だって欠かさなかったんでしょ」

「それは」


 舞姫はぐっと口を噤んだ。


「それは、何?」

「里子に無茶ぶりをされたから」

「?」


 どれだけ重い傷を負っても即座に治る舞姫が無茶を要求されていたことは数しれない。縁もそれは知っている。


「里子様はどんな要求を?」


 舞姫は原因を細かく説明した。

 里子が家族の夢を見るようになったこと。それがあの森で起こったことを無意識に察知していたこと。そのせいで里子が家族を思い出したくなってしまった為、急遽そんな舞を見せろと言われたこと――しかも姉妹系。


「ご愁傷さまと言った方がいいのかな」

「大丈夫。もう終わったから」


 これでわからないからもう一度舞ってくれと言われたら舞姫も心労で倒れそうだが。


「それにしてもここは空気が澄んでるね。都会は密集(みっしゅう)してるから」

「でも妻はほとんど家から出ないんでしょ」

「普通の状態なら耐えられるけど体がいつもと違うから」


 特に縁の身体に異常は見えない。


「病気?」

「仕事に差し支えると言えば病気かな。めでたい病気だね」

「めでたい?」


 急に機嫌が良くなった縁に舞姫は恐れながら口を開いた。


「お腹に手を当てて」


 そう言われて縁の細い腹に手を当てる。


「これで何がわかるの?」

「何もわからないよ。まだ芽だから」


 じゃあ何で腹に手をやらせた。というツッコミは飲み込んだ。


「お腹に芽があるの?」

「小さな小さな芽がね。胎芽って言葉知ってる?」

「うん。教養の先生が教えてくれ……え?」


 先生というのは水輝がつけてくれた者だ。本当に舞しか知識のない舞姫に色々叩き込んでくれている。

 そして妻は子を産むのが仕事。つわりやむくみが出てきたら胎児が誕生した証拠である。


「早くない?」

「そう? でも一週間前に見つかったのよ。私の赤ちゃん」


 これまでにない程幸せそうに縁は笑って腹を軽く叩いた。


「授かりが早いね。神様に早く産めって命令されたのかな」

「そうね。受精は力でどうとでもなるけど」

「え?」

「何でもない。それより里子様と言えば禍乱家の旦那様から祝い品を貰ったらしいよ」


 里子があまりにも物欲しそうな目で出かける度に一点を見つめるから当主が買ったらしい――バレバレだったにも関わらず本人は隠していたつもりだった。


「何を買ってもらったの?」

「時計だって。宝石が入るような」

「結構高価ね」


 それ以外は何も強請(ねだ)ってはいないらしい。それならと舞姫も気負いはしない。


「里子様と真由美様を余所にやってしまったし呼び戻そうか」

「そうね」


 妊婦という概念を舞姫は全く見たことが無かったが、それでも縁が人並み以上に気丈だとはわかった。母親は子を虐めるという記憶しか無い舞姫にはどうしても縁が幸せそうに子を守る姿が想像できない。


(子を愛するってどういう感情なんだろう)


 縁の後ろ姿を追いながら母という未知の境目に舞姫は疑問を抱いた。




「懐中時計ですか? はい、これですよ」


 里子は巾着袋の中から丁寧に片手サイズの時計を取り出した。宝物というのは本当らしい。


「時計が欲しかったんですか?」

「そういうわけではないのですが。どうしてかこれを懐に入れたかったのです。

 貰っておいて失礼ではございますが実は何故これ程までにこの時計を欲しているのか分からないのです」


 確かに里子が疑問に思うほどだ。今の女性はあまり時計を持たない。ほとんど家に仕えているから必要性がないのだ。

 それにその懐中時計は華やかなものを好む女性が持つものとは思えないような(ふち)が黒く柄など一ミリたりともないような、石をいくつか()められるだけの機能性が低そうなものだ。


「旦那様に申し訳ないです。気にしなくて良いと仰っておりましたが時計は高価な物ですし」

「でもその時計を宝として扱っているのでしょう?」

「はい。棺の中に入れて死後の世界でも持っていたいほどに」


 縁起の悪いことをまた里子は言う。舞姫がどれだけ里子の死を重たく考えているか知らないで。


「それなら後ろめたいと思う気持ちを抱くより感謝の念を向けた方が旦那様もお喜びになると思います」

「そういうものですか」

「ええ。私も自分の我儘(わがまま)で舞わせてしまったと思われるよりも楽しかったと言われる方が嬉しいです」


 折角優しい当主に見つけてもらったんだ。幼い頃にできなかったことをさせてあげたい。


「それより真由美はどこに?」

「それが縁が妊娠していると知ると森の奥に社があるからそこでお参りしようと屋敷を出ていってしまいました」

「妊娠されたのですか!? あまり変わりありませんでしたけれども。私もお参りに行かなければ」

「そりゃあまだ見つかって一週間だから」


 里子も真由美も結婚願望があるのか。男に一生奉仕しなければならないのに。

 それよりもこの禍乱家も森とほぼ隣接している。天気が良ければ心地よいのだろうが生憎最近は悪天候が続いていたこともあり上着を羽織っていても寒さが身にしみて地面はぬかるんでいる。

 万が一にも転ぶことは無さそうだが、森に入っていった縁が心配だ。


「里子様。私達も社に向かいますか」

「はい! 案内しますね」

(そんなにお参りしたいのかな)


 その気でいたらしい里子はものの数秒で準備を済ませて舞姫を急かす。はしゃぐのは構わないがそれで以前足をくじいたのはどこの誰だったか。


「里子様。走るとまたお怪我をなさいますよ」

「大丈夫です。もうそんなことしな」


 舞姫がふと顔を上げると里子の姿が消えていた。

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