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乙女よ。その扉を開け  作者: 雪桃
〜二章〜
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 元々交遊の深い両家である。理由も聞かずに禍乱家は舞姫を喜んで招き入れた。ただ舞姫の付き人はいないため、結局いくらか無礼を働くことになるのは暗黙の了解である。


「真由美」

「どうしたの里子」


 禍乱家当主――真由美の実父――に舞姫が挨拶しているところから少し離れた場所で里子が駆け寄りたい気持ちを抑えながら真由美に話しかけた。


「手紙に書いてあったよね。舞姫様を休ませなさいと」

「わかってる。舞を見せていただいたら何をしてでも休ませるわ。約束だもの」

「舞の最中に倒れてしまったらどうするの」

「これは身内だけの会だから舞姫様が恥さらしを食らうことはないわ。お父様もあの手紙を読んでいるわけだし」


 真由美は心配することなどないと念を押すが、それでも里子の気は晴れない。


「何か」

「ん?」

「近い内に何か起こりそうな気がするの。舞姫様も巻き込んで」

「そうなの? でもそんな顔で舞姫様と会話しないでね。心配されちゃうから」


 里子の素性を知っている真由美は、もし里子に記憶が戻ってきた時のために舞姫との交流を深めようと密かに画策している。だから関係を悪化させるような行為は何が何でも避けたいのだ。


「絶対に舞姫様と仲良くするのよ」

「う、うん。なんでそんなに必死なの?」


 迫ってくる真由美に気負いしながら里子は頷く。舞姫の準備も一段落したところで里子達は寄ってきた。


「ご要望はありますか」

「要望?」


 舞を見るのは好きだが詳しい知識はない里子である。


「舞にも色々あるのですよ。恋や戦、神を祀ったもの」

「恋もあるんですか?」

「基本的に不倫をして心中するようなものが多いですが」


 即座に否定されたことは言うまでもない。


「舞姫様」

「はい?」

「家族を主とした(うた)はあるのですか。特に姉妹関係のような」


 舞姫と近くにいた真由美は息を飲んだ。あるかはわからないが何年も舞っている舞姫ならば即興で作ることも(かた)くはない。だが。


「ど、どうしてまたそれを?」

「そ、そうよ! ほら、蝶の唄もあるって言ってたでしょ。前に一回見たけど綺麗だったよ」


 真由美が援護するが里子は首を振って我を通す。


「お願いします舞姫様。姉という存在を知りたいのです」

「知りたい?」

「はい。近頃夢でよく見るのです。倒れている私に手を伸ばして涙を流している女性を。見知らぬ方とも思えますがもしかしたら私の姉かもしれないので」


 気休めにもならないかもしれないが姉を想う気持ちがある舞を見れば夢の中の女性に近づけるかもと里子は考えているらしい。

 だから縁に『舞姫』と名付けられた彼女にどうしても舞って欲しいのだ。


「舞姫様、どうしましょう」


 真由美が里子に聞こえないように話しかけてくる。


「わかりました。舞わせていただきます」


 身内と言えど仕事である。客の要望は何でも聞く。


「二番目に舞わせていただきますね」

「本当ですか! ありがとうございます」


 無邪気に笑う里子を見て、舞姫は妹に対して愛くるしいと思う気持ちと記憶がないために繰り出される無茶な要求への苛立ちがごちゃ混ぜになった。

 もしこの場に縁がいたとしたら集中しろと怒られるのだろう。それだけ舞姫の集中が掻き乱されていた。里子にバレていなかったのがまだ不幸中の幸いだった。




 数時間後。


「大丈夫ですか舞姫様」

「正直に言うと大丈夫じゃないです」


 滅茶苦茶に舞えばいくら身内でも恥になる。舞姫は精神的に疲労を溜まらせて屋敷の一室で真由美の目の前でこれまでにない程体調を崩していた。


「里子は気づいていないようでした」

「真由美様は?」

「私もお父様も事情を知っているので。ですがそろそろ里子の心もこの世に慣れてきています。記憶を戻しても」

「それはなりません」


 舞姫は立ち上がろうとした真由美の手を握りしめた。


「あの子を不幸にすることは許しません」

「不幸って。だってこれ以上隠し続けていたら里子は何も思い出さないままさっきのようにあなたに接するのですよ」

「銀という記憶が消えても里子として生きていることに変わりはないでしょう」

「舞姫様の感情はどうなるんですか」

「私は充分幸せで」

「嘘おっしゃい!」


 大人しかった真由美の怒声に舞姫は身を竦ませた。


「あなたは嘘を吐きすぎです。確かに里子やあなたが過去にされた仕打ちは当事者でない私達でさえわかるほど酷いものだったとは思います。ですが苦しませたくないからと言って真実を話さないことが本当に礼儀ですか」

「礼儀かどうかはわかりませんがあんな過去を無理矢理呼び起こされて感謝するとは思いません」

「感謝するしないの問題ではありません」

「何が言いたいのですか」

「里子に記憶を戻しましょう」


 力強い言い方に舞姫は気圧(けお)されるどころか溜息を吐いた。


「私は反対しますからね」

「なっ!」


 舞姫なら渋々同意してくれると思っていたのか真由美は令嬢としての威厳も捨てて口を開けて呆然とした。


「里子が記憶を戻したら禍乱家には二度と来ません」

「どうして。あなたは里子が記憶を戻して一人ぼっちにさせたいのですか」

「逆です。私はいい方にも悪い方にも目立ちすぎた。そんな者といたらあの子は少なからず白い目を向けられます」


 自分が目立たなければ目をつけられてあんな事は起きずに済んだ。里子が苦しんだのは自分と生きた記憶が残っているせいだ。

 舞姫はそう思っている。


「真由美様に意志があるように私にも思うところがあります」

「……あくまで記憶は戻したくないと」

「ええ」

「わかりました」


 今日は祝いの日だ。こんなところで仲を悪くさせるつもりは両方ともない。

 そんな時に廊下からパタパタと軽快な足音が聞こえてきた。

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