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乙女よ。その扉を開け  作者: 雪桃
〜二章〜
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 腫れた目を先程の湧き水で冷やした後、気づかれないように屋敷に戻ってきた。


(まだ終わってないのかな)


 泣いていた時間は長く、日はそろそろ暮れそうになっているのだが。嫌々ながら障子を開けて使用人を呼ぼうとする。


「あれ?」


 しかし使用人は一人として近くにいなかった。これでは要求も何も無いじゃないか。


「もうこの際移動しちゃおう」


 あれだけ自由に動き回ったのだ。今更大人しくしていても後の祭りだろう。覚えている限りで屋敷の廊下を歩いていく。人が全くいない。


(使用人すらいない。いつもはどこにいるんだろう。あれ? そういえば)


 縁が使用人を呼んだ時近くに人の気配なんてあっただろうか。いや、それより人間味が彼らにはない。更によく見ればあまりにも人の手とは思えないくらい屋敷が綺麗すぎる。本当にこんな所に人など住めるのだろうか。


(ここら辺だと思うんだけど縁の声が全然聞こえない)


 舞姫は少し躊躇った後、様子を見ようと障子に手を伸ばした。


(少し見るだけ。見たらすぐ戻る)


 心の中で宣言をして目で見れるくらいに障子を開く。


「……いない」


 縁までいなくなるとはこれ如何に。まさか本気でこの屋敷に取り残されてしまったのだろうか。


(どうしよう。出口もどこだったか忘れちゃったし)


 人がいないのだからこそこそしていても仕方がない。遠慮なく部屋へ入っていく。変わらない部屋の風景も不気味に見えてくる。


「縁」

「何?」

「ひゃあ!」


 名前を呼んだ途端何もない空間から縁が現れた。


「なんて声出してるの」

「ど、どうやって」


 異能を知らない舞姫には理解する暇がない。


「それよりどうしたの。離れで待ってたでしょ」

「う、うん。そうなんだけどあまりにも静かすぎるから不安になってここに来たの。それより見合いは?」

「終わったよ。あなたが出ていった一時間後に」

「え!?」


 教養が身についていない舞姫でも見合いが一時間で終わらないことくらい分かる。


「なんで」

「なんでって結婚は決まってるし。後は顔を合わせるだけ」

「縁はそれでいいの?」

「種つけしてくれれば満足」

「たねつけ?」

「何でもない」


 以前もこんな風にはぐらかされた気がする。舞姫が首を傾げると縁の手に石があるのを見つけた。


「どこから拾ってきたのそれ」

「ああ。舞姫、これヤスリにかけて」

「どうしてよ」


 縁は自分のことを全く話してくれない。急に石とヤスリを渡されてはいわかりましたと了承する程舞姫も優しくない。


「聞きたい?」

「当たり前でしょ」


 仕方ないと言うように縁は溜息を吐く。


「外国から輸入されてきたけど使い道がわからないんだって」

「でしょうね」

「だから借りてきたの。本当の姿にさせてあげるために」


 それでヤスリをかけろというらしい。


「私がやるの?」

「そう。如何(いかん)せん私は自由がほとんどないもので」

「ああそういうこと」


 縁は策士である。気づかれずに舞姫達を利用するほど。


「いいでしょ」

「わかったわよ」


 縁の掌で転がされるのは否めないが断る理由もない。


「水輝様には私が言っておくから」

「はいはい」


 話も一段落したところで橘家に戻ることにした。

 それから三日。付き人として近くにいるようにとは言われたので水輝のいる部屋に石を置き、ヤスリをかけては形を整えまたヤスリをかけて。


「気が狂いそうになります」

「何も三日三晩寝ずにしなくても良かっただろう」


 凝り性なのか石を放置することが許せなかったのか舞姫は削りに削りまくって片手で乗せても余るほどの大きさにしてしまった。


「でも見てください水輝様。こんなにも深く赤い石になりました」

「ああ。縁が見つけたのは柘榴石だったのか」

「ざくろいし?」


 早速妻として奉公に行ってしまった縁に手紙を送ったのでこの石を取りに来るだろう。


「外国では違う名らしいが高値のものらしい」

「へえ。でもまたどうして縁はわざわざどこの物かもわからない石を」

「あやつが理解できるような行動を見せるなどほとんどない。理解しようとするだけ無駄だ」

「そういうものですか」


 無くなったり割れたりしないように舞姫は石を手巾で包んだ。


「石はそれで良いのか」

「はい。これ以上はどうにもならないので何かご要件は?」

「そうか。ならば寝ろ」

「はい……はい?」


 水輝の命令に従うことが日常になっていたので思わず頷いてしまった。


「今何と?」

「寝ろと言った。そんな顔色の人間を手元に置くほど私も鬼ではない。今日は私も用事がない。休め」

「休めと言われましても急には」

「部屋で寝れば良いだけだ」


 当たり前のことを当たり前のように水輝は言った。そうは言っても不規則な休みはあまり取りたくない舞姫である。


(何か用事ないかな)


 舞姫が徹夜していたことは屋敷中全ての人間が知っているのだから昼間から寝たとしても誰も咎めないというのに。用事。約束事。


(あ)

「水輝様」

「なんだ」

「禍乱様の元へ手紙を寄越したいです」


 水輝は首を傾げながらも紙と筆を準備しだした。孤児育ちでしかも女だからと舞姫は字を習ったことがないのだ。本来で言えば水輝も他者に書かせるが何故か今回は二人きりだ。


「誰に渡すんだ」

「里子様に」


 墨を擦りながら水輝は片眉を軽く上げる。


「あれ以来音信不通だったのでは?」

「ええ。森を散策していたら偶然。足をくじいていましたので手当てをしました」

「そうか。擦り終わったから申してみろ」


 手紙を書いたこと――言ったことがない舞姫はあまり恥を見せないように時間をかけて言葉を選ぶ。本人が気づいていないだけでもうこれでもかという程無礼を働いているのだが。


「ご無沙汰しております?」

「用件だけ言え。私が書くのだから」

「すみません。えっとお時間はありますか。そちらへ向かい約束の舞を披露したいと」

「舞?」


 純粋さが仇を為すとはこういうことを言うのだろう。


「私は休めと言った」

「ええ休みます。仕事はせずに舞いますから」


 そういう意味ではないと水輝は(さと)したいがこれだけ言って勘違いしているのだから何を言っても無駄な気がした。


「それだけか」

「それだけです」


 用事が終わったならば(なま)った体を(ほぐ)して久方振りに舞を練習する必要がある。


「それでは失礼します」


 障子が閉め切ったところで水輝は筆を走らせた。


「……」


 舞姫の願いを極力わかりやすく伝え、更にもう一文付け加えた。


『里子殿。舞姫が休息を知らないからあなたからも伝えてくれ』


 というような旨を。

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