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乙女よ。その扉を開け  作者: 雪桃
〜二章〜
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 忘れてしまった方へちょっとしたあらすじ。


 舞姫と銀は孤児でした。そんな中、舞姫だけを連れてくるよう命じた橘家当主水輝は部下に銀を殺させてしまいます。それを知った舞姫は憤慨しますが水輝の付き人である縁が宥めて何とか屋敷で仕えることにしました。

 半年後、銀が生きているかもしれないと聞いた舞姫は水輝の父と縁があった禍乱家に頼み、銀を連れてきてもらいました。紛れもなく生き別れた妹だと知った舞姫は一目散に銀に飛び込みましたが、銀は記憶を失ってしまい、里子として生きていました。

 幸せに生きているのならそれでいいと言った舞姫は心機一転これからは水輝に仕えるよう心がけました。


 大まかです。詳しくは読んでください。

「縁談?」

「そうだ。縁も頃合が過ぎたというのにこの屋敷に引きこもらせておくのもどうかと思ってな」

「頃合ってそりゃ二十は少し遅いとは思いますが」

「あいつは二十五だ」

「え?」


 舞姫が水輝の付き人となってから四年。

 一度たりとも里子に会うことは無く、踊り子の仕事も鳴りを潜めていた。唯一大事があったとすれば真由美が里子と舞姫の関係を聞いて土下座しに来たくらいだ。


「私の五つ上」

「詳細はわからん。柊家に養子に来たのが三つだったらしい」


 養子ということは縁は実際柊家の血を受け継いでいないということだ。


「だがそれは今関係ない。縁談についてだ」

「ああそうでした。それで私は何を?」

「縁の付き人となれ。いつ何が起こるかもわからないからな」

「水輝様は?」

「私は主というだけで見合いは執り行わない」

「なるほど」


 あの縁が亭主を持つことが舞姫には想像できない。胸の内を何一つ見せないのだからこの縁談をどう思ってるのかさえわからない。


「縁はどうしているのですか」

「仕事を休んで見合いの仕度をしている。そなたも付き合ってやれ」

「承知しました」


 一礼し、舞姫は縁の部屋へ急いだ。実を言うと縁の部屋に出向くことさえ初めてなのだ。


「縁、入っていい?」


 灯は点いているようだが薄暗く不気味な雰囲気が部屋を包んでいる。明日見合いをする娘だとは思えないような。


「入るよ」


 恐る恐る障子を開ける。


「○÷$3>〆」


 縁は白い装束に数珠を持ち、部屋の四隅には蝋燭を立て、何やら日本語とは思えないような呪文を唱えている。


「……何してるの?」

「♪€#・\……あ、舞姫。どうしたの?」

「こっちの言葉。見合いの準備は?」


 縁が指した先には荷造りの終わった明日の必需品が綺麗に並べてあった。


「湯浴みも終わったのに今日は何をすることも禁じられてるせいで暇なんだよ」

「それで? ()(とう)でもしようと」

「あちらの相手が明日死ぬようにね」

「え」


 見合いの相手を呪い殺そうとしていたらしい。


「な、なんで。その人が気に入らないの?」

「会ったこともない」


 それで呪い殺そうとはこれ如何(いか)に。


「亭主関白って知ってる?」

「知らないけど」

「妻は必ず夫に尽くさなきゃならないの。自由なんかないほとんど檻の中に閉じ込められて生涯を終わらせる」


 孤児で常識を学んだのもほんの四年前だった舞姫にもわかるように縁は時間をかけて説明を始めた。


「水輝様は比較的自由を好む人だから私達の意思も聞いてくれた。でも他の人は違う。言論は許されない。男を神のように崇めながらその人の理不尽な命令でさえも喜んで引き受けなければならない」

「でも私はそんなに批判されなかったわよ?」

「そりゃ踊り子は娼婦だし」

「しょうふ?」

「何でもない」


 話しながら縁は部屋を片づけ始めた。祈祷を続けようと思うと舞姫に止められるからだろう。


「それより縁。あなた二十五だったの?」

「うん。いくつだと思ったの?」

「私の一つ上? 初めの頃に自分より年上だって教えてくれたから。でも姿的には」

「十八くらい?」


 試すような笑みを浮かべて縁は言う。だが彼女の言う通り大人の女とは似ても似つかない可愛らしい童女のような顔立ちに百五十を越しているかいないかくらいの小柄な体躯で二十代半ばとは認められない。


「そういう家系なの?」

「いいや。長生きするから成長速度が遅いんだよ」

「? そうなんだ」


 縁の本位も知らず、舞姫は一人納得する。舞姫はまだ自分の正体を知らないのだ。


(もう少し時間をかけてから。神の後継者なんて言って信じられそうもないし)


 それよりも縁は明日の見合いが嫌で仕方なかった。男尊女卑もそうだが何より縁にはやりたいことがまだあるのだ。


「どうするかな」

「何の話?」


 思い詰める縁はまた話をはぐらかそうとしたがあることを思いついた。


「いけるかも」

「だから何が」

「舞姫。明日の見合い、いいことが起こるよ」

「?」


 舞姫の問いにも答えず縁は一人何かを呟きながら不気味に笑っていた。

 翌日。


「これが柊家」

「何? 水輝様の方が大きいよ」

「ええまあ。ただ私は村か野良育ちだから」

「それもそうだけど。しれっとしててね。柊と橘の名が汚れないように」

「は、はい」


 結局縁はそれ以上話してはくれず、ただ命令を聞いていてくれれば良いと言われた。やはり縁は養子らしい。両親のどちらとも似ていない。


「ただいま戻りました」


 途中で叩き込まされた礼儀を思い出しながら縁に(なら)って舞姫も家に入る。


「部屋へ行け」

(……それだけ?)


 虐待された過去を持つ舞姫にとって本来の親なら子に愛情を注ぐのだという思いがあった。そう思っていたのに縁の父親が娘が戻ってきても目さえ合わせない無干渉ぶりに舞姫は想定外で思わず縁の方を見てしまった。


 黙っていろ


 そんな視線を向けられて舞姫は慌てて正面だけを向いて縁に付いていった。

 座敷には人一人おらず、客が来るまでここで待てと言いつけられて二人きりにされた。前で座っている縁の背中に質問をぶつけたいがまだ話すことを許されていない。仕方がないので部屋中を見ていく。


(水輝様の家よりは質素だけどここも普通の民家とは違う雰囲気)


 それに加えて異様な静けさが満ちている。病弱な当主のためにいくらか音を立てないようにしている橘家とは比べ物にならないくらい静かだ。まるで屋敷全てが死んでいるかのように。


(こんなところでよく何年も生活できたものね)


 何を考えているのかわからないとしても縁は人間らしく舞姫の世話をしてくれていた。こんな家で静かに住んでいるとは思えない程。それは舞姫の偏見かもしれないが。


(それにしても遅いな。もう待ち合わせから三十分経ってるのに)


 当主に仕えたり踊り子として無意識に鍛えられていた身体のおかげで同じ体勢で半日過ごせるくらいにはなっている舞姫だが全く変化もない、話すこともできない部屋は耐えられない。


「はあ」

「疲れた?」


 思わずため息を吐いてしまった舞姫に縁が小声で聞いてくる。


「耐えられるわけないでしょ。どちらかと言うと私は話して歌って踊るのが日常だったから」

「なら他の部屋に行ってる?」

「え?」


 縁は部屋にあった時計を少し見て、近くにいた使用人を呼ぶ。


「いいの?」

「あなたの仕事なんて万が一私が無礼をした時の対処。でも必要ないでしょ」

「う」


 縁より舞姫の方が余程無礼を働きそうだ。


「そんなに動き回らなければ何をしてもいいよ。彼女を例の部屋へ」


 縁が使用人に命令し、使用人が目配せでついてこいと言ってきたため、舞姫も心配しながらではあるが部屋を出た。


(本当に純粋だねあの子は。騙すのが嫌になってくる)


 縁は秒針を刻んでいる時計を見てはほくそ笑む。


(もう少し利用させてもらうよ。その力)

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