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乙女よ。その扉を開け  作者: 雪桃
幕間〜一章〜
115/164

「お疲れ様」

「縁、もういい?」

「いいって言いたいんだけどね」


 衣装から瞬時に着替えた舞姫に申し訳なさそうに縁が部屋に入ってきた。


「お入りいただけますか」


 縁が障子を開けると上等な着物を着て後ろにリボンで髪を纏めている十四程の小柄な少女が行儀良く立っていた。


「初めまして」


 鈴のように可愛らしい声で少女は舞姫に頭を下げる。呆然としていた舞姫も慌てて挨拶を返す。


「とても美しい舞でした。これは自分で言わねばならぬと思い、縁に無理を承知で会わせていただいたのです」

「あ、ありがとうございます。ところであの……お名前をお伺いしても?」


 早く水輝の所に行きたいが彼女のことは放っておけない。少女はしばし首を傾げた後、頬を赤らめた。


「も、申し訳ございません。私ったら勝手に」

「あ、えっと」


 正直早くして欲しい。


「申し遅れました。わたくし禍乱家の長女、禍乱真由美と申します。以後お見知りおきを」

「禍乱様?」

「はい」


 禍乱家には一人しか子はいない。そしてその子は銀のことを大層可愛がっている。


「真由美様!」


 思わず舞姫は真由美の肩を強く掴んでしまった。


「あの子は。銀はどこにいるんですか!?」

「ぎ、銀?」

「銀色の髪の娘です! ここにいるんでしょう? 早く!」

「舞姫」


 昂る舞姫の腕を掴んで縁は離した。


「目上の人に対してあまりにも失礼すぎる」

「で、も……申し訳ありません」


 舞姫が反論をしようとすると縁が有無を言わせず謝れと睨んできた。


「申し訳ございません真由美様。この娘にはよく言い聞かせますのでどうかご容赦を」

「い、いいのよ。少し驚いただけだから」


 真由美が温和な性格だったため舞姫は命拾いした。


「銀色の髪の娘と言ったらあの子しかいないのだけど」


 ついてきてと真由美が手招きし、(はや)る気持ちを抑えながら舞姫は縁と共についていく。辿り着いたのはやはり水輝のいる部屋だ。


「橘様に呼ばれていたのでここにいるはずです。縁」

「かしこまりました」


 縁が水輝と障子越しに話し、入室の許可を得た。


「舞姫。こっちに」


 障子の向こうに半年以上も会えなかったあの子がいるのだろうか。今にも倒れ込みそうな足を正座に直して舞姫は縁に目配せする。


「開けます」


 障子が開くことは当たり前のはずなのにその動作が今は恐ろしく、思わず舞姫は目を瞑ってしまった。


「遅かったな舞姫。顔を上げろ」


 それでも他の人から見れば何でもない障子の開閉は本当に一瞬で、舞姫の状態を訝しんだ水輝によってすぐに顔を上げさせられてしまった。


「真由美様。少しこちらへ」

「え? あ、わかったわ」


 二つの足音が遠ざかるのを聞きながら舞姫は目の前で太陽に反射して輝く銀色の髪を見続ける。


「人間というのは滑稽だな」

「何の話でしょう」


 銀髪の娘が後ろも見ずに水輝に問う。


「命よりも大切に思っている者や生き別れた者と久方振りに会うと人は行動ができなくなるのだ。前までは呼吸困難に陥る程だったのに」

「そうですか? 私はわかりませんが」


 声音も話し方も全て半年前と変わらない。舞姫の願っていたあの声。


「ところでどなたがお見えになったのですか」


 娘は無礼のないように耐えていたらしいが興味心には勝てなかったらしく舞姫の方を向いた。


「──っ」


 目も鼻も口も。もう否定なんてできなかった。


(銀。銀。銀!)


 淑女(しゅくじょ)としての振る舞いなどすっかり忘れて舞姫は娘を――銀を抱きしめた。


「ごめんね。一人にしてごめんねっ!」


 舞姫はただ抱きしめて謝り続けた。娘を二度と手放さないようにきつく抱きしめて。


「……い」


 呆けていた銀が微かに声を漏らす。その直後。


 パァン!!


 銀の手が舞姫の頬を叩いた。


「やめてください! はしたない踊り子だこと」

「ぎ、ん?」


 銀は皺になった着物を直し、舞姫を睨む。


「孤児だとは聞いていました。でもここまで教養がないとは思っていなかったわ。こんな娘を私に会わせたかったのですか?」

「どうしたの銀」

「銀ではありません。私の名前は里子(りこ)です。禍乱様に養子として半年前に助けられたのです」


 銀は――里子は舞姫のことなどこれっぽっちも知らないと言ったようだった。舞姫の頭ではついていけず、里子が何か言っている間に辺りが再び騒がしくなった。


「何があったの里子」


 恐らく里子が平手打ちをして叫んだのが聞こえたのだう。真由美と縁が様子を見に来た。


「帰りましょう真由美。こんな娘、もう見たくありません。橘様、下がらせてもらいます」

「り、里子! 待って!」


 里子は水輝に一礼し、舞姫の方をチラとも見ずに真由美を連れて出ていってしまった。

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