参(後書きに挿絵あり)
「ここに当主、橘水輝様がいらっしゃるよ。お気に召されたら色々融通が利くかもね」
「ゆうずう?」
「他より自分の意見を多く聞いてくれるかも」
妹を亡くした舞姫にとって願いなんてないに等しい。しかし踊り子の仕事も辞められない。
「水輝様。例の踊り子を連れて参りました」
縁が目で真似をしろと命令してきたので慌てて舞姫も倣う。
「入れ」
縁は襖を開き、舞姫を促す。中にはまだ十代後半か成人したばかりの美しい男が一人いた。
「そなたが噂の踊り子か」
「舞姫、挨拶して」
初めて見る整った顔立ちの男に見惚れていた舞姫は縁の言葉で我に返り、頭を垂れた。
「は、初めまして。舞姫と申します」
「舞姫? 私は名のない娘と聞いた」
舞姫が縋るような目線を向けてくるので縁も仕方なく隣に座る。
「名もないと不便かと思いまして只今付けました。ご所望がございましたらどうそご自由に」
「いやいい。名を与える気は無かった」
「左様でございますか。それでは私はこれにて」
一つ会釈をして縁は立ち去ろうとする。
「え」
「大丈夫よ。水輝様が酷いことをなさるはずがないわ」
薄情にも縁は戸を閉めてそのままどこかへ行ってしまった。
水輝が酷いことをしない? 銀を見殺しにしろと命令したくせに。たった一人の家族を殺されて許せるわけがない。
「舞姫」
肩に手を置かれて咄嗟に振り払ってしまった。
「っ。さ、触らないでください」
「人に触れられるのは嫌いか」
「私の妹を殺した人に触られたくありません」
ピンと来なかった橘はしばし考え込む仕草をする。
「そなたに妹などおったのか」
「血は繋がっておりません。ですが十年以上も私達は生を共にしてきました。ですから私にとってあの子は妹のような存在でございます」
「その娘を私が殺したと」
「直接ではないにせよ、踊り子である私を連れてこいと命じたのはあなたです」
感情が昂るのを抑える。弱々しそうな水輝に手を上げてしまえばどうなってしまうか分かったものではない。
「つまりそなたはその妹を返して欲しいと言うのだな。そして墓に入れたいと」
「一月も捜して見つからなかったのに今更でございます。せめて天の国へ行けることを願うだけしか出来ません」
水輝は先程から自身を全く敬わずにいる目の前の娘をいたく気に入っていた。さしずめ未知の者への興味と言ったところか。
「舞姫。私と一つ約束をしないか」
「なんでございましょう」
「私はそなたの妹を一生かけて探す。そして魂が天の国へ行けるよう祈ろう」
それで舞姫の気が静まるわけではないが、話を進めよう。
「代わりにそなたは私に外の様子を見て聞かせるのだ」
「は?」
てっきり無理難題を押しつけられると思っていた舞姫は拍子抜けした。
「私は幼い頃に病を患って以来滅多なことでは外に出られなくなった。今までは縁が私に世情を伝えてくれていたがあいつも多忙になった。舞を披露した後にでも聞かせてくれればいい」
「は、はあ」
踊り子となれば客に見せることが主流だ。人気ならば尚更。
「そ、それだけで良いのですか。私はもっと」
「妹の遺体を見つけることと同価値だろう」
ピクリと舞姫の眉が動く。
「同価値?」
「そなたの妹のような人間はそこらにいるのだ。彼女が死んだのは当たり前のことだ」
銀が死ぬのは――当たり前?
「……い」
「うん?」
「最低!」
水輝の了承も得ずに舞姫は部屋を走り出てしまう。
「あら舞姫。水輝様とは話し終わったの?」
「あんな人にお仕えしたくありません」
豹変した舞姫に少なからず縁は驚きを隠さなかった。
「何があったの」
「妹が死ぬのは当たり前じゃない。あの子にだって命の価値はあるの」
悔しくて悔しくて涙が堰を切って出てくる。
妹を返してくれない。平等に扱ってくれない。それよりもそんな地位にさせた自分が酷く憎かった。
「まだ体が治ってないんだね。もう少し休めばいい」
「いいです。仕事をください」
「今仕えたくないって言ったよね」
「あの人に従うつもりはありません。でも縁様には命を助けてもらいましたし。仇を返すつもりはございません」
縁は困ったように笑い、舞姫と視線を合わせる。
「なら休んで。顔色悪い子を連れたくないから。ああそれと様つけないで。敬語もいらない。年上に敬われたくないよ」
「年上? 私が?」
「そうよ。だってあなた成人してるでしょ」
「確か数えで十五ですが」
「え?」
縁と舞姫は話が噛み合わないように双方首を傾げた。
「踊り子でしょ?」
「ええ」
「たった十年かそこらで?」
「まあそうなりますかね」
後で縁に聞いたところ、舞姫のような娘が踊り子になることは決して珍しくはない。だが成人していないにも関わらず、その色気で人を魅惑させることはあまりないらしい。
何だかんだ言いくるめられて三日部屋で静養させられたおかげでこれまでにないほど丈夫になった体で舞姫は縁についた。
「ねえ舞姫。水輝様の所には行かないの」
「行かない。二、三日で許せるものですか」
「雇ってくれてるのに?」
「私は縁についてるの。縁から離れろと命じられるなら身を投げるわ」
「あっそ」
縁は呆れるだけで、それ以上は何も言わなかった。舞をせがまれることも無く、ただ縁の言う事に従う日々。
平穏過ぎる日々に舞姫は戸惑いを見せたが、郷に入っては郷に従えと縁に言いくるめられて無理矢理慣らされ、いつの間にか半年が過ぎていた。




