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乙女よ。その扉を開け  作者: 雪桃
幕間〜一章〜
112/164

 数日後。旅をする為に食料を貯める必要があるので街へ行こうと森を歩いている時だった。いくつもの銃声が鳴り響き、二人の傍に弾が落ちてきた。


「戦争!?」


 娘は銀を庇う。擦り傷ができるが数秒で回復するので気にしない。


「とにかく木に隠れよう」

「無駄だ。お前達に逃げ場はもうない」


 聞いたことのある声だ。屋敷の使いの男だった。


「女だからと見くびっていた。まさかこんな遠くまで逃げるとはな」


 交渉できないから武力行使という訳だ。


「もう一度言う。踊り子、こちらへ来い」

「撃ちたければ好きにしなさい」


 娘が銀を見捨てるという考え方はほんの少しも無かった。


「死を恐れないのか」

「妹を失う以上に恐れるものなんてないわ」

「ならばそこから動くな」


 後ろにいた者達が二人の元へ歩いてくる。


「お姉様」

「ごめんね銀。絶対生きるって言ったのに。死ぬなんて許さないって言ったのにこんな目に会わせて」

「大丈夫。お姉様と死ねるんだもの。怖くないわ」


 洞の中のことを思い出す。娘が銀に死ぬなと言ったのに早い約束破りだと娘は苦笑した。


「やれ」


 合図が出された。娘は目を瞑ってこれから来る痛みに耐えようとした。なのに銃声は聞こえない。


「あれ? 何が」


 銃は下ろされて、ただ囲まれているだけ。呆けていると繋いだ手が濡れた。横を見ると。


「え?」


 サーベルが何本も銀を(つらぬ)いていた。


「落とせ」


 まだ生きている銀は痛みで口を開閉している。サーベルが全て抜かれ、誰かが銀を森の奥底へ落とす。そのまま銀の姿は暗闇に消えていった。


「これでわかったか。おい、連れて行け」


 状況が理解できない娘はただ腕を引っ張られた。


(あの子は? 私の銀は?)


 地に流れる赤い血液。落ちていった肢体。


(銀、死んだ?)


 守ると決めた。

 一緒に死のうと決めた。

 その子が死んだ。


「あ、はは。あはは」


 狂ったように娘は笑う。


「うるさい。意識を失わせろ」

「は……」


 サーベルの柄の部分で頭を殴ろうとした兵士の首が千切れた。黒い獣によって。


「ハハハ。あは、アハハハハハ!」


 娘の澄んでいた瞳は濁った黒水のようになり、体から獣が浮かびあがる。


「黒獣! コロセ!」


 娘は躊躇(ためら)うことなく獣に人間を食わせていった。


「クエ。コロセコロセコロセコロセぇ!!」


 弾が当たってもサーベルで切られても娘は瞬時に回復して獣を創造する。娘の脳にはもう銀のことも屋敷のことも片隅にさえ無かった。ただ首を引きちぎり、内臓を食らい、絶叫を轟かせる。それが娘の快感となり余計に娘を狂わせていった。

 (しま)いには獣が食べ残した残骸を綺麗に残さず食い、骨まで舐めとった。


「オイシイ」

「そう? 私は鉄の味しかしなくて嫌なんだけど」


 娘と獣が男共を全員一片残らず食らった頃、木の葉にこびり付いた血を舐め顔を(しか)める女が目の前に現れた。


「?」

「初めまして。あなたが例の踊り子さんかな? 銀髪の女の子はいないみたいね」

「ギン、パツ」


 今食った中に娘の大切な者はいなかった。この力を銀に使えば間に合ったのか。人を食う快感が娘の気持ちを覆った。


「うぐ」


 正気を戻すと胃のものが急にせり上がってきた。


「おえ、えええ!」


 酸っぱい味が口に広がり、その匂いでまた吐く。出てくるのが胃酸だけになった頃、娘の様子を見ていた女が口を開いた。


「私の声、聞こえてる?」


 娘は頷く。


「うーん色々聞きたいんだけどそれより回復が先だね。じっとしててよ」


 女が娘の額に手を(かざ)すと抗えない眠気に襲われた。そのまま娘は意識を手放す。


「さてと。死体も血もこの子が綺麗に食べてくれたけど、当主様にはどう報告しようかな」


 娘の華奢(きゃしゃ)な体を抱え上げ、女は森を抜けた。

 それから娘は毎日熱と悪夢に(うな)されながら女に介抱されていた。


(助けなきゃ。あの子が泣いてる。助けてあげないと)


 だが手を伸ばそうとすると銀は黒い沼へ沈んでいく。いくら追いかけても手を伸ばしても抱きしめてあげられない。


(待って。死んじゃ駄目。私を一人にしないで。待って。待)

「って!」


 息を上げて着物を汗で濡らしながら娘は布団から上半身を勢いよく起こした。


「夢?」


 周りを見渡しても銀の姿は無く、畳の部屋に自分一人だけ。


「あ、起きた?」


 障子が開き、娘よりどれ程か年上の女が遠慮(えんりょ)なく部屋に入ってくる。


「初めまして。今どういう状況かわかる?」

「わかりません」

「どこまで覚えてる?」

「どこまで」


 サーベルで銀が殺され、獣と共に兵士を食い、そして意識が飛んだ。


「あの子は。妹はどこですか」

「妹? ああ銀髪の子か」


 御託はどうでもいい。早く彼女を助けに行かなければ。


「悪いけどここにはいない。落ちた所を探したけど遺体は無かった」

「遺体? 違う。あの子は死んでない。あの森へ行かせてください」

「無理」

「お願いします。もしかしたら川に流されてるかもしれない。それに一日で見つかるわけ」

「一ヶ月森全てをくまなく探したよ」


 女の言葉に娘は驚き固まった。森全てを見ていたということだけではない。


「一ヶ月?」

「うん。あなたは一ヶ月も寝込んでいた。それはもう弱って弱って死なないのが不思議なくらい」


 理解できない娘を見ては女はコロコロ笑う。


「死ん、だ?」

「生きている可能性だってあるかもよ」


 万に一つの可能性だが。娘はまた倒れ込みそうになった。


「あ、ああ……」


 もう守ることはできない。涙を流そうと血反吐(ちへど)を吐こうと二度と妹は(かえ)ってこない。


「ごめんね。ごめんなさい。私が守ってあげるって……約束、したのに」


 一人で死なせてしまった。一緒に生きようと約束したのに。布団に頭を突っ伏して娘は泣きわめく。


「そんなに悲しむとは流石に思わなかったよ。こうなると私達は悪役ってことだね」


 娘にも薄々わかってはいた。彼女はあの男や兵士と仲間なのだ。銀を殺したあいつらと同じ。


「いいよ。殺しても」


 女は(ふところ)から包丁を取り出し、娘の前に置く。


「……あなたを殺して何になる」

「私、ここでは結構上の身分だよ。当主様に意見できるくらいには」


 字も書けない娘だからそれがどれだけ偉いのかはよくわからない。


「あなたは何者なんですか」

「んー。名前?」


 娘は頷く。


「私の名前は柊縁。ここの当主様に代々仕える柊家の一人娘。それじゃああなたの名前も聞いていい?」

「ありません」


 ()いていえば銀は娘をお姉様と呼んでいたがそれは固有名詞。名前ではない。


「ないの? 不便だね」


 娘が早く一人にしてくれないかと思っていると縁が何かを悩み、首を捻る。


「あ、そうだ。舞の姫とか言われてたんだっけ。じゃあ舞姫(まき)なんてどう?」

「なんの話?」

「だからあなたの名前」

「え?」


 字がわからない(まき)の為に縁は髪と筆を用意してそこに舞姫と書いた。


「反対は?」

「名前なんてどうだって」

「酷いな。じゃあ舞姫。とりあえず着替えようか」

「何故?」

「何故ってそりゃあそれがあなたの仕事でしょうが踊り子」


 未だ理解していない舞姫を縁は無理矢理湯浴みに連れていった。汗ばんでいる舞姫の着物を全て剥ぎ取り、頭から湯を思い切りかける。それから舞姫は着物と袴に着替えさせられて長い廊下を歩かされ、ある部屋の前まで辿り着いた。

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