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乙女よ。その扉を開け  作者: 雪桃
第三幕
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囚われた蝶への報復

 一時間後。


「敵ながら同情したくなるわ」

「ん? ああ茜。アイラなら仕事だぞ」

「知ってるわよ。だから様子見に来たの。で、これはまた酷いわね」


 茜は目の前のグロテスクな映像を見て顔を顰める。下半身まで到達した火を先程秀が消したばかりだ。治癒力の働いていない紫の下半身はおおよそ人どころか生き物とは思えないような爛れ方をしており、腕に取り付けられた二つの蝋燭は今も尚紫の肌を焼いている。


「よく叫ばないわね」

「もう叫ぶ気力も無くなっちまったらしいぞ」


 アイラの魂によって気絶することも許されず、ただひたすら虚ろな目を何処と無く紫はさ迷わせていた。


「……これでこいつを解放したらアイラはブチ切れるのかしら」

「やめろよ。後始末俺がすんだから」

「ちっ」


 茜がアイラを嫌う理由はその執念深さだ。さっさと殺してしまう茜に対し、アイラはこんな風にゆっくりと痛みを与えることを好む。そのもどかしさが茜をイラつかせるのだ。


(ああでも)

「浅葱は例外か」

「何のことだ」

「いや別に」


 浅葱こころ――彼女だけは簡単に殺したくない。そんな思いが茜にはあった。


(なんでかしら。あの子に似てるから?)


 とにかく言い逃れができない程、あの顔を思い出すと殺意が湧く。


「で、様子見だけか?」

「え? ああいや。お腹空いてるだろうからって魔姫様が言ってたんだけど」

「食えねえだろうな」


 きっと体全てが拒否反応を起こすだろう。


「はぁ。もう力尽きちゃったわけ?」

「うおっ。足音も無く来るなよビビるな」


 入ってくるアイラにあからさまに茜が眉を(しか)める。


「早かったな」

「今回は不作(・・)だったから面白くなかったわ。ていうか何? 下半身焼かれただけで力尽きたの?」

「そりゃあな」

「ちっ」


 茜が舌打ちをして部屋を出ていこうとする。


「あら、聞かないの? 可愛いのに」

「それ以上虐めたら魔姫様の命令に反することになるんじゃないの」


 クスクスとアイラは笑う。


「可哀想。魔姫様を一番慕ってるのはあんたなのに彼女は破壊神に夢中。また捨てられちゃうかもね。本当の名もまだ戻ってきてないのに」


 銃声が鳴り響き、アイラの頬を弾が掠めた。


「殺されたいの?」

「銃なんかじゃ私に勝てないでしょ」

「ならあんたのトラウマを呼び戻せば良いだけよ」

「極楽浄土? ふふ」


 茜とアイラは額がくっつく程に近づいた。


「天国なんか行く気ないわよ。異能者になった限り地獄へ堕とされるんでしょ」


 茜は再度舌打ちをして今度こそ部屋を出ていった。

 耳に響く少女の絶叫を聞きながら。




 それから三日が経った。


「本当にアイラは飽きないね。紫は生きてるのかい?」

「一応。発狂してもいい頃なのに流石は狂気のお姫様ってとこですかね」

「私が魔の姫でこの子が狂気の姫か。ああでも私は年齢的に姫という肩書きは無理があるかな」


 魔姫はしゃがみこんでボサボサになった紫の髪を優しく撫でた。すると髪が束になって抜け落ち、魔姫の手に絡まる。


「あらあら」


 もう泣き過ぎて声も出ない紫の顔を覗き込む。


「可愛らしい顔がグチャグチャだね」


 涙の跡と血が混ざって顔全体がくすみ、涎が垂れ流されたまま生きているのに死んだような目を魔姫に向けていた。


「……して」

「んー?」

「ころ、して」


 掠れた声で紫は言う。


「死にたいのかい?」

「うん」


 魔姫が殺すはずがないのに紫はただ小さく首を動かした。


「そういえばアイラは?」


 せめてもの情なのか、アイラの話をする時魔姫は紫の耳を塞ぐことにしていた。


「昨日の夜に相模さんが連れてきた人を奪って奴隷化させています。今回は長いから豊作(・・)なんでしょうね」

「そうかい。ならもうそろそろ返してもらってもいいのかな。お前もそろそろ任務に移ってほしいし」

「いいでしょうけど何するんですか」

「ちょっとね」


 魔姫は紫を抱えて地下から最上階まで移動した。


「ちょっと痛いだろうけどすぐに楽になるからね」


 魔姫が壁の一点を押すと隠し通路が現れた。そこを進んでいくと。


「……わ、たし?」


 実験をしているのか薬品で満たされた縦上のカプセルの中に紫をもう少し大人にしたような女性がいた。


「そうだね。半分正解半分不正解」

「ど、いうこと」

「やっぱり里奈には何も聞いていないんだね」


 紫の治癒を促進させて魔姫は回復を待つ。そのおかげか、十分足らずで紫の傷は完治した。


「心の傷が治ればこんなことにならないのにね」


 無理矢理正気を保たれた紫は仕方なく話を進めることにした。


「あの人は生きてるの?」

「どうだろう」

「あなたはどうして私をここへ?」

「今から話してやるさ」

「社長とは」

「話してやる」


 話してやると言っているのに全く自分からは口を開かない魔姫に対して紫は痺れを切らす。


「ふふ。まあそんなに怒るな。年寄りを労わるのが若者だろう」

「年寄り? 二十代のくせに何言ってるの」

「うん? まあ里奈の二つ上だが。二十代ではないよ」

「だって社長はまだ二十五で」


 だが気になることもある。雛子が産まれた時からその姿は一切変わっていないこと。それを置いておくとしても探偵社を創立するのは不可能であること。


「紫。今は平成何年だ」

「え? えっと二十二?」


 それがどうしたと言うのだ。


「西暦では」

「に、二〇一〇年」

「そうだ。ああそうか。もう百二十五年になるのか」

「な、何から?」

「あの里奈がこの世に生を受けてからさ」


 この世に生を。理解するのに幾分かかかった。異能者は普通より長生きすると聞いたことがある。神なら尚更。しかし年老わないとは聞いていない。


「い、意味がわからない」

「だろうな。だからこそ教えてやるんだろう」

「か、彼女は?」

「名前かい」


 紫は頷く。


「彼女は柊(ゆかり)。お前の祖父の祖母にあたるからこちらから見ればお前は玄孫(やしゃご)と呼ばれるのかな」

「やしゃご?」


 言葉は知っているが現実味が沸かない。そもそも紫の祖父は双方紫が物心つく前に病気で亡くなっている。


「私も里奈も孤児だった。それから色んなことがあって私はこの縁から沢山の恩をもらった」

「社長は違かったの?」

「これ以上言うとネタバレになってしまうからね。さて、あらすじはここら辺で止めよう。歯止めが効かなくなる」


 魔姫は自らの――とは違う透明な珠を掌に乗せて紫に差し出す。


「人の一生だ。話すと長いから実際に見てもらおう。珠を手に取れ」


 引き返したいがもう後戻りはできない。恐れながらも紫は手を伸ばして珠を手に取る。膨大な情報量が一気に押し寄せてきて紫は意識を失った。


「さて紫」


 魔姫は眠りについた紫に声をかける。


「耐えられるかい? 百年もの間私達が争うことになったその過去を。私や里子(りこ)の過去に」


 カプセルに入っている縁が微かに息をした。


「もうすぐ。後少しで願いが叶う。待っててね――」


 魔姫は紫を台の上に乗せて最終段階の準備に入った。

それでは百年前の日本へ。


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