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乙女よ。その扉を開け  作者: 雪桃
第三幕
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絶対零度の氷河

 紫が吹き飛ばされても瞬時に反応することができた者は誰もいなかった。


「紫!」


 雛子が急いで紫の体を影で覆う。


「紫! 起きて紫!」


 雛子は珍しく慌てふためいて狂気も生気もない体を揺する。


「梅香。あなたなんてことを」


 心臓を潰され、放置されれば神も死ぬ。


「忘れたのか。妾は神殺しじゃ。だがこの力を使うと反動で何日か異能が発動しないのが欠点じゃな」


 里奈がナイフを取り出して梅香にかかるが袖で払われてしまう。


「何をしておる。妾は神を殺してやったのじゃぞ」

「ゆかを殺せなんて一言も言ってないわ!」


 怒りに身を任せて異能を使えない梅香に里奈が再度、今度は何本もナイフを振りかざした瞬間。


「うるさい」


 低い男の声がしたかと思うと急に部屋が冷気で満たされた。


「さ、さむ! ああああや、かかかカイロ」

「カイロじゃないってば! ていうかやばいよ。どうして今来ちゃうの」

「だ、誰が」

「うるさい。早く終わらせろと命じたはずだ」

「申し訳ございません氷河様。幾分かしぶとい者ばかりとて」


 三十程の男――氷河が歩く度にその下が氷で覆われる。


「氷河って」

「この研究所の長よ」


 今ならまだ紫の治癒を魔力で回復させることができるというのに。


「どうしよう。後何分? 何秒? 本当にゆかが死んじゃう」

「うるさいと言っているのがわからないのか」


 氷の柱が降ってくる。地面が揺らいで足がもつれる。


「裏切りかサヤ。私に刃向かうとどうなるか知った上で」


 やはりあやが目をつけられた。


「神に惑わされたのか。だがそれももう屍のようなものか」

「ゆかはまだ死んでない! 早く魔力を渡して」

「私が行かせると思うか」


 氷があや達を包む。


絶対(ぜったい)(れい)()


 冷気が吹雪のようになり体を凍らせていった。体に(しも)がかかり体温が急激に奪われていく。


「さむ、い」


 炎を使うあやでさえも歯を鳴らして寒さに直撃する。


「死ね」


 炎も掻き消され、氷の柱が再度視界の悪い中から降ってきた。


「っっ!!」

fool(オロカ)


 頭スレスレの所で氷の柱が砕け散り吹雪が晴れ、霧が――否、歪な魂が無数に固まっていたものが浮かんでいたのだ。視界が少しはっきりとして寒さも幾分か薄らいだ。


「アイラ?」


 氷河とあや達の間にアイラが紫を抱えて立っていた。その紫の胸は魂で修復され、蘇生している。


toy(ガング)……die()……broken(コワサレタ)


 ブツブツとアイラは細切れに英語を話す。


「どうしたのアイラ」

「necrophilia(ネクロフィリア)


 アイラの異能が暴走し出した。先程からやけに静かだと思っていたが、静かに怒りを(つの)らせていき今爆発したのだ。

 目の前でフェリス以上の玩具を壊され死ぬのが当たり前と言われ――。


これ(・・)は私の玩具よ! 勝手なことしないで!!」


 氷の床を魂が突き抜けていく。アイラは敵味方関係なく――そもそも味方とは思っていないのだろうが――魂の刃を四方八方滅茶苦茶に飛ばして船を壊していった。


「ちょっとあれじゃゆかが。ひな、何とか」

「なんない」

「えー」


 できると思っていた里奈は意外な答えに何もできなかった。


「あんなにキレてるアイラは見たことないし紫にしか止められないでしょ。それより社長、そこにいると多分返り血浴びる」


 氷河のだろうか。あんな強者が死ぬわけがない。


「死ね! 死ね!! 私の玩具を壊した奴なんていらない!」

「うるさい娘だ。その口を閉ざしてやろう」


 冷気がアイラを包むが魂に(ことごと)く打ち破られる。


「ふむ。ならもういいか」

「氷河様!?」


 氷河は急に異能を繰り出すのを止め、アイラの攻撃をまともに受けた。首と胴体が切り離され、頭がゴトリと落ちた。


「氷、河様?」


 梅香はただ呆然として氷河の死体を見ていた。


「あや、何が起こったの?」

「わからない。氷河が勝手に」


 誰もが把握できない中で紫がピクリと目を開けた。


「紫!」

「……ここは」


 乾いた咳を一つして雛子の手を借りながら紫は起きる。


「紫、平気?」

「うん」


 狂気でもしっかりと意識があった紫は何も聞かなかった。その内に機体が大きく揺れた。


「今度は何!」

「システムエラー。このままじゃ船ごと海に落ちるんじゃ」


 里奈が懐中時計を見ながら呟く。


「あ、あや! 機体操って」

「エンジンがかからないから動かないよ」

「エンジンがあれば脱出できるの?」


 いつの間にかあやの後ろに旻が立っていた。


「旻、あなた」

「動くの?」


 あやの目を見て旻は問う。


「サヤの脳があれば」

「ならエンジン作る」


 旻は分厚い本を取り出した。


「あや、本当に大丈夫?」

「気流に乗ればギリギリだけど浮かび続けてくれると思う。旻、お願い」

「うん」


 二人は制御室へ向かう。その途中で旻は梅香の方を向いた。


「梅香」

「旻?」

「私もう、人殺さない」


 そう言って旻はあやの方へ走っていった。

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