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乙女よ。その扉を開け  作者: 雪桃
第三幕
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賭けと初めての感情

 銀杏(いちょう)並木の公園をあさが歩いていると向かいから歩いてきた緋色の髪の娘と肩をぶつけた。


「あ、ごめんなさい」

「……」


 娘は通り過ぎようとしたあさの袖を引っ張りじっと見つめた。


「……名前」

「え?」

「なんて名前?」

「は?」


 ドラマなどでよくあるぶつかって名前を聞かれて物騒な所に連れて行かれる例のあれかとあさが身構えるが娘は黙って見つめるだけである。


「あ、浅葱こころ、です」

「……」


 それでも娘は黙ったままである。


「ね、ねえ? 私の名前聞いてどうするの?」

「本名」

「いや、ねえ」

「本名」


 引く気が全く無い娘に怖気づいてあさは諦めた。


「こ、木葉よ! 悪い!?」

「木葉?」

「そう!」

「木葉。いい名前」


 そう言って呆然としているあさに娘は小さく笑う。


「あの?」

「バイバイ木葉」


 風が強くなり、あさが一瞬だけ目を閉じると娘は消えていた。




「私は自分の名前が嫌いだった。それなのにあんたはそんなことも知らずに笑っていい名前だって言ったの。忘れるわけないでしょ。あんたが探偵社に来た時に言ってやりたかったわよ」


 サヤには今の話が信じられなかった。自分が笑うなど有り得ないし、ましてや自分から話しかけるなど以ての外だ。


「……」


 否、サヤは記憶力がずば抜けている。それなのに地上に降り立った時の記憶がぼやけていて思い出せないのだ。


「ねえサヤ。私気になってたのよ。あんたの目は黒だけどあやの目は緋色。私が出会ったあなたは赤と黒のオッドアイだった」


 綺麗な夕日のような赤の右目と光のない闇のような黒い左目。


「あなたはコマンドを使って記憶を操作したって言ってたわね。でも本当は失敗していたんじゃないの。だって私と出会っていた時はまだ創作途中だったんでしょ。だから記憶が無くて半分は無意識に作られたあやの方に取り込まれた。違う?」


 それこそ最もサヤは信じられない。自分に自然と人格ができるわけが無い。あさの思い違いでは無いのか。


「違う」

「真実よ」

「サヤはそんなこと言わない」

「でも言ったわ」


 サヤは自分でも知らず混乱に陥っていた。記憶がないからこそあさの言葉には酷く揺り動かされた。誰に頼ることもなく一人で何でもできていたからこそ何より。


「別にいいじゃない。あやは理想であなたもそうなった。その頭脳なら融合(ゆうごう)だって」

「いやだ」


 サヤはあさの言葉を遮って言う。その声には紛れもなく『感情』が入っていた。


「サヤ?」

「サヤはこちらの人間。私はそっちに行けない。これがサヤの生きる道」

「そう。ならさ、あやを殺してよ」


 サヤは小さく目を見開いた。


「それはできるんでしょ。サヤが作ったんだから壊すことだって」

「なんで」

「あやとは本気で殺し合えない。あなたも同様だけど。サヤが消してくれるのなら私はサヤとだけ戦える。二人も人を殺さなくて済む」


 冗談でもサヤを動揺させる為でもなく、純粋な願いだった。そもそもサヤが引く気がない限り、結局あやは帰ってこないのだ。


「……いや」

「どうして」

「理想が壊れる」

「どうせあんたがいる限り理想も何もないわよ」


 反論してはあさに言いくるめられる。頭が良くても討論(とうろん)というものをしたことがないサヤには慣れないことばかりなのだ。


「ねえサヤ。私ね、探偵社に入る時に社長から言われたの。逃げるもよし、進むもよし。どうしたいかは自分次第」


 急に何を言い出すんだとサヤが訝しむ中、あさは続ける。


「私はあんたを救いたい。兄に殺されかけたあの日から家族を失いたくないって。でもサヤが心を開いてくれないなら助けることはできない。だからあやを殺してほしいの」


 強めに言っているが、家族を傷つける辛さを知っているあさにはこんな要求を口に出すこと自体苦痛で声が震えているのがわかる。しかし完全に混乱したサヤには言葉を理解するだけで細かいことを気にする暇はない。


「サヤ。私達には進むか逃げるかしかないの。だから選んで。あやを殺すか心を開いてくれるか」


 どちらも無理だという言葉がサヤの言葉だった。サヤ自身が光のある世界に憧れ、あやと共に捨てた。だが自分が初めて苦労して作った人間(あや)を自分の手で殺すなんて――。


「私が死んだら?」


 まだギリギリ冷静を保っている片隅でそう考える。そしてその考えは答えを聞くまでも無く無惨に打ち砕かれた。

 心臓も血も魔力も全てサヤのものだ。途中で作られたあやが生きることができたのは無意識にサヤが操っていたから。支えが無くなればあやも一緒に死ぬのだ。


「無理に決まってる。私は人ならざる力を持ってるから」

「だから何? 人じゃないから逃げていいの? サヤは人殺ししかできないから闇にいなきゃならないの?」


 あさの拳が震える。


「なんでわからないの。あやとサヤは違う人間だけど同じだって」

「どういう意味」


 耐え切れなくなったあさの眼から涙がこぼれた。


「私はあやが好きよ。喧嘩ばかりしてるけどそれでも大好きなの。だから傷つく姿なんて見たくない。あやとサヤが傷つく姿なんて見たくないのよ……っ!」


 サヤが反応するより早くあさがその首に腕を回し、きつく抱きしめた。


「わかるわよ。十四年の生活を急に変えろなんて無理なことくらい。でも失いたくない。あなた達を手放したくない!」


 あさがどれだけ懇願してもサヤは光へ行きたくなかった。


(……欲?)


 それでも少しずつ人間に近づいている。言われてみればあさと出会ってから話して驚いてばかりだ。


(サヤとあやは一緒。サヤも人間)

「融合して」

「え?」

「受け入れて、くれる?」

「っ。当たり前よ。サヤだって家族なんだから」


 あさの腕を解いてサヤは首のクローバーに手を重ねる。


「木葉」

「ん?」

「私達のお姉さんでいてくれる?」


 あさはしばし硬直した後、空いている方の手を取った。


「一生あなた達のお姉ちゃんでいるわ」


 サヤは誰にも見られないくらい小さく笑って白い珠を出した。


「異能・博覧(はくらん)(きょう)()

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