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乙女よ。その扉を開け  作者: 雪桃
第三幕
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あやが生まれた理由

「ちっ」

「はい」


 正直サヤを一人で対処できるかは定かでは無いが紫と互角に戦えるアイラとサポート役に徹している雛子を合わせればすぐに終わるだろう。


「探偵社以外いらないの」

「アイラ。私が接近するから隙をついて魂を紫に纏わせて」

「なんでよ。あんたサポートの方が得意じゃない」


 雛子はアイラの体を見る。


「何」

「さっきから紫は探偵社の人間以外を殺そうとしている。あなただって例外じゃないでしょアイラ。そんな中で本気の紫と接近しても死ぬだけ」


 雛子や里奈を見ても紫は全く攻撃して来なかったと言うのに紫が敵と見なした途端、容赦なく殺しにかかってくるのだ。


「紫に攻撃できんの」

「できるに決まってんでしょ」


 それ以上に二人は何も言わず紫の暴走を止めることに専念(せんねん)した。


(やっぱり私よりひなの方がゆかを理解してるわね)


 里奈は向かいの様子を見て軽く苦笑した。雛子にアイラを任せたのは紫を食い止めるだけでなく、その方がアイラにとっても紫にとっても緩和(かんわ)されると思ったからだ。里奈も二人の素性は理解しているが、幼い頃からこの二人を見ている雛子がいた方が暴走もいくらか食い止められるに違いない。


(お願いひな。ゆかを助けてあげて)


 里奈は気を変えてサヤと向かい合う。サヤは元からあまり戦う気が無いのか、それとも里奈を殺す機会を待っているのか今までの流れを大人しく待っていた。


「ねえあや。私のこと見えてる?」

「……」


 サヤが話すことはない。


「私はあなたのことを知らないの。ひよも過去を読み取れなかった。あやがチョーカーを外すことを嫌がったからとやかく言わなかったわ。ねえ、あなたの名前は?」

「……サヤ」


 少し経ってから疑問と認識したサヤが口を開く。


「サヤ。どうして二重人格になったの」

「違う」

「え?」


 二重人格者で無ければあやとサヤは一体何なのだろうか。


「あの子は私が作った子」

「サヤが、作った?」


 里奈が知りたそうにしているのを察したサヤはしばし黙った後、口を開いた。




 サヤが混ざり者の力を手に入れて数日後。


(……)


 力を得る以前から強大な魔力と高い知性を持っていたサヤは自分の力を人殺しにだけしか使わないことに対して疑念を抱いた。

 人殺しはただの義務。楽しくも嫌でも無い仕事。やりたいことも無いサヤにはそれだけがやるべきことだった。

 それが神の血を飲んで変わった。第二の人生と言う平和な自分を――かけ離れた世界を見てみたいと思った自分が心の中に生まれた。


(二重、人格者)


 いつか読んだ本でそんな言葉を聞いた。


(二重人格は脳で起こるもの)


 ならば――。


(脳を操作すれば人格を変えられる)


 そう考えたサヤは仕事の合間に脳に直接繰り出すことができるコマンドを作り出した。常人には理解できない数式も構造もサヤにとっては三日程で完璧に準備を整えられた。

 それなら何故梅香や雷に訝しまれるまで時間がかかったのか。それはサヤが今まで欲を持たず己の意思を見せぬまま十数年生きてきたせいだった。

 自分とは正反対の存在を作る。だが自分と違うものとは何か。殺人をしない。欲深い。普通――普通とは何なのだろう。サヤは本を読み、情報を得続ける。

 しかしコマンドに入れるには不確かな情報ばかりで唯一取り込めたものは殺人を義務としないことのみだった。


(どうすれば地上で暮らせるか)


 孤児院と言う言葉を聞いたことがある。自分の歳を把握していないが恐らく十三か十四だろう。少し経てば一人で暮らせばいい。

 サヤは異能だけは残るように改造した。そこで元々備わっていた記憶操作がサヤを変えさせた。


(自分に異能をかけて記憶を失えば新しく私が作られる)


 サヤが思いついたのは記憶喪失となった自分を地上に捨てることだった。だがそれでも問題がある。もし娼婦(しょうふ)や奴隷にされてしまえばいざサヤに戻ったとしてもこの船に帰れるかわからない。

 そうして完成したコマンドをいつ発動させるか迷っていた頃、地上での任務がサヤに降りた。別に変わりなく異能者を捕らえるだけの仕事。サヤはいつも通り数十分で仕事を終わらせて船に帰ろうとしていた。


(魔力?)


 サヤの目に映ったのはただのビル。探偵社と書いてある新しめのビルだった。しかしサヤには感じることができた。ここには異能者がいると。


「あら。うちに用?」


 偶然なのか銀の混じった白髪の女性がビルから出てきてじっとビルを見つめていたサヤに声をかける。


「探偵?」

「え? ええそうよ。人助けをするの」

(人助け)

「あ、ちょっと」


 サヤは女性に挨拶もせず行ってしまう。


(異能者が人を助ける。殺すのではなくて)


 それこそサヤが思い描いた理想ではないか。これで条件は揃った。


(探偵社、異能者、記憶喪失)


 サヤはそれが非常に滑稽で可笑しく思い、自分でも知れず笑みをこぼした。それからサヤは自分の首に五つ葉のクローバーを記し、それが人格を変えるスイッチとするように仕向けてチョーカーを作り、コマンドを脳に送り込んだ。


(サヤではない自分。人殺しをしない娘になる)


 そしてそのまま船が出発するより前に外へ出て、再度探偵社に向かった。

 真夜中だがサヤは魔力を使って銀髪の女性を呼び寄せる。まるであたかもサヤが倒れてその物音で目が覚めたように。


(普通に)


 チョーカーをつけた瞬間サヤの意識は消えていった。けれどサヤが作ったコマンドにはある欠陥(けっかん)があったのだ。記憶を失ったはずなのにチョーカーは外してはいけないというあや自身の人格が生まれていたのだった。

 そのせいでサヤは二年間目を覚ますこともなく『あや』という作られた人格だけが地上で生きることになった。

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