↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ロワールハイネス号の船鐘  作者: 天柳李海(旧・天竜風雅)
第2話 かけがえのないもの
PR
45/332

2-13 睨み合い

 そこに立っていたのは、恰幅の良い中年の男性だった。

 生粋のエルシーア人で、ふさふさとした金髪を後ろになでつけ、輝やかんばかりの口ひげを生やしている。さぞかし自慢なのだろう。手入れの良さからそれが十分うががえる。彫の深い顔立ちで、薄い水色の瞳がとても印象的だ。

 背はシャインよりも頭一つ分低く、少し腹が突き出ている。しかし着ているものは上等な素材を使用しており、裕福な暮らしをしていることが容易に想像できた。


「ちょっと待って下さい。勝手に入られると困ります!」

 数人の足音が聞こえ、見張りのエリックの青白い顔が男性の肩越しから見えた。

「構わないよ、この人はウィルム・アバディーンさんだ。ちょっと話をするから、君達は下がっててくれ」

 アバディーンと聞いて、扉の近くに立つジャーヴィスが男性を凝視している。

「わ、わかりました」

 戸惑った表情を浮かべながら、エリックが艦長室の扉を閉めた。


「どうぞお掛け下さい」

 シャインは席を立って、向いの応接椅子をアバディーンにすすめた。

 が、年商200億リュールを稼ぐかの社長は、ゆっくりと首を左右に振った。

 厳めしいその顔は興奮しきっていて頬が赤くなっており、鼻息も荒い。

「どういうことか、説明して欲しくてな。私の……私の船があのストームめに襲われたんだ! 知ってるか?」

 シャインはうなずいた。内容は先程新聞で読んだ程度だが。

「はい」

「ふん。それなら話は早い。どうしてこうなった? 私はあんたのために、わざと警備船を同行させなかったんだ。なのにあんたは、ちんけな商船――荷は三流茶葉を運ぶ、たがだか7万リュールぐらいの船の海賊を追っ払って、私の船は見捨てたんだ!」

「見捨てただと! それは違う!」

 シャインが口を開く前に口出ししたジャーヴィスを、アバディーンは敵意あるまなざしでにらみつけた。


「何だこの男は」

「彼は俺の副官です」

「副官……? ふん、あんた同様若造だな。見捨てたと言わずして、何と言うのかね? 1000万リュールだぞ!! いつもより荷を少なくして正解だったが大損害だよ! わしは、あんたがわざと定期船を襲い、海軍の船でシルダリアまで運んでくれることをあてにしておった。海軍の船に手を出す馬鹿は、いないからな。だが、あんたは来なかった。そして、何の護衛もいないわしの船は、ストームに見つかり襲われたんだ!!」


 シャインは精一杯謝意を表するため頭を下げた。

 アバディーンの怒りは当然だ。

「申し訳ありません。あなたは俺の無理なお願いを聞いて下さったというのに……こんな残念な結果になってしまい……なんとお詫びすればいいか」

 アバディーンはいきなりシャインの襟首を、その熊のように太い腕でつかみかかった。ぐっと自分の方へ引き寄せる。

「何をするんだ、手荒なまねはよせ!」

 見かねたジャーヴィスが、止めようとふたりの間へ入ろうとした。

「うるさい。お前と話をしているんじゃない! 部下のくせにいちいち首を突っ込むな!」

「なにを……」

「ジャーヴィス副長……大丈夫だから、そこで……じっとしててくれないか」

 普段通りの、落ち着き払ったシャインの声。

 けれどアバディーンは今にもシャインの首をへし折りそうな勢いである。

 ジャーヴィスが躊躇しながらも叫ぶ。

「しかし!」

「……社長……は、紳士で……いらっしゃるから……ね」

 アバディーンは大きく鼻を鳴らした。

 いまいましげにシャインをにらみつける。シャインは真摯に、その視線を受け止めていた。動揺のかけら一つ見せないで。下手をすればこのまま、絞め殺されるかもしれないが。

 シャインの胸倉を掴むアバディーンの両手は震えていた。

「くそっ……、そうだ、私は紳士だ。海賊じゃない!」

 アバディーンは吐き捨てるようにつぶやくと、やっとシャインの襟首から両手を放した。

 さすがに息が詰まりかけていたシャインは、何度か大きく咳き込んだ。

 その際に足がふらついた。シャインは体を支えるために、右手を伸ばし応接用の椅子の背につかまった。

「艦長。大丈夫ですか?」

 シャインは近付こうとしたジャーヴィスに向かって頷いて見せた。

 呼吸を整えるシャインの前に、再びアバディーンが立った。


「今回は……あんたの事を見誤ったわしにも責任がある。わしはあんたの父親、アドビス殿を尊敬しておる。あの方が“ノーブルブルー”の基礎を作り、あの忌まわしき海賊共をエルシーアから追い払って下さったのだ。その恩義に我々海運業を営む者たちは、何らかの形で報いたいと思っていた。だからこそ、あの方の子息であるあんたの頼みを……快く引き受けたのだ」

 シャインは同意を示すため静かにうなずいた。

 父親の影なしに、何もできない自分の無力さを感じながら。

 シャインは息が落ち着いた所で口を開いた。

「あなたの期待を裏切ったことは事実です。そのことは精一杯償います。ですが」


 一呼吸おいてシャインは深く頷き、興奮のせいで赤い顔をしたアバディーンを真っ直ぐ見据えた。

「俺は、俺のとった行動を後悔していません。むしろ……あの現場に居合わせることができて、あのエルンスト商船を助ける事ができて、よかったと思っています」

「この期に及んで、まだわしを侮辱するのかっ!!」

 アバディーンが雷鳴が轟くような大音声で一喝した。

 彼の水色の両目は充血し、怒りで全身が震えている。

 シャインはそれに屈するどころか、反対に今まで見せた事のない厳しい表情でアバディーンを見つめた。


「いいえ。俺はただ……目の前の消えゆく命を、見捨てる事ができませんでした。あなたの船が当然ストームや、他の海賊に襲われるかもしれないという懸念はありました。ですが、あの時彼らを助ける事ができたのは、俺しかいなかったのです! 積荷よりも……命の重さにはかえられません!」

 シャインの声はかすれていたが、とても力強かった。

 そしてシャインの青緑の瞳は、決してアバディーンから逸らされることがなかった。

 ジャーヴィスはアバディーンが再びシャインに掴みかかる素振りを見せたら、次は阻止するかのようにじりじりとシャインの方へ寄ってきた。

 

 沈黙の中、睨み合いが続いた。

 それに耐えきれなかったのか、口を開いたのはアバディーンの方だった。


「……グラヴェール艦長」

 アバディーンが額に手をやりながら、大きくため息をついた。

「わかっては……いたんだよ。あんたの行為は当然のことで、船を襲われたのは仕方なかったってな」

「アバディーンさん」

 社長はシャインに対する怒りを露わにしていなかった。

 その口調は穏やかなものだ。


「今回こうなるなんて思いもしなかったんでな。それが腹立たしくて、あんたに一言言わずにはいられなかった。先程は手荒なまねをしてしまい、申し訳ない」

 シャインは小さく首をふった。

「いいえ。御迷惑をおかけしたのですから、お怒りになられるのは当然です」

 落ち着きを取り戻したアバディーンが、額に浮いた汗を手で拭いながら口を開いた。

「あんたは随分謙遜なんだな。父上と気性は似てないが、さっき、あんたが言ったことと同じ事を、あの方も言われていた。だから、あの方はノーブルブルーを作った。みんなが安心して、海を航海できるようにするためにな。あんたがその志を受け継いだのは、エルシーアにとって喜ばしい事だ」

「俺は……」

 父アドビスにそんな側面があったとは知らなかった。

 いや。自分があの男の志を受け継いでいるなんて――考えたこともなった。

 これは頭を金槌で殴られたような衝撃を受けることと等しい。

 アバディーンはきっと褒めているのだろうが、シャインは引きつった自分の表情を見られたくなくて顔を背けた。


「グラヴェール艦長。わしは何か気に障る事を言ったかね?」

 シャインははっとして顔を上げた。

 なんでもなかったように取り繕う。

「あ……違います。そう言う風に言われたことがなかったので……少し驚いてしまったんです。あの人……いえ、中将は昔の話を一切しない人なので……」

「そうか。グラヴェール艦長。わしは、今回の事はもう気にすまいと思っているんだ。警備船をつけなかったのもわしの一存で、あんたには言わなかったことだからな」

「いえ、積荷の損害の件では、これから話し合いに応じます」

 アバディーンはシャインの肩に丸みを帯びた手を置いた。

 ゆっくりと首を振る。その必要はないと、彼の年経た瞳がいっていた。

「その代わりに申し訳ないが、今後あんたのストーム拿捕作戦には協力することができん」

「アバディーンさん……!」

 シャインは息を飲んだ。

 それだけは、なんとか思いとどまって欲しかった事だ。


「あなたのお気持ちを考えると納得はします。ですが、ストームを捕まえるためには、あなたの船が必要なんです!」

「わしはそうは思わんぞ。ストームはもうわしの船を襲ったんだ。当分出てはこないだろう」

 シャインは食い下がった。

「そんなことはありません! 海賊ジャヴィールの噂が広まれば、奴は必ず!」

「だめだ、グラヴェール艦長。どうしてもといわれるなら、他の商船を当たってくれ」


 アバディーンは艦長室の扉の取っ手に手をかけた。

 シャインはそのがっしりした背中に目線で追いすがる。

 それを感じたのか、アバディーンはゆっくりと振り返った。

「言い忘れましたが、あなたの作戦は誰にも口外いたしません。……ご武運をお祈りしています」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。