表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ロワールハイネス号の船鐘  作者: 天柳李海(旧・天竜風雅)
第1話 レイディ・ロワール
32/332

【幕間】 見解の相違~ある日のティータイム~

 ロワールハイネス号では停泊中、航海中を問わず、毎日三時にお茶を飲む。

 もとい、シャインがこの時間お茶を作るよう士官候補生のクラウスに頼むので、いつしかそれが習慣になってしまったのだ。

 士官候補生のクラウスは、船の操船や航海術はからきし駄目で、船乗りとしてまだまだ駆け出しの十八歳の少年だ。しかしお茶を入れる事だけは、この船の誰よりも素晴らしい腕を持っていた。




「何度言えばわかるんだクラウス。私は物覚えの悪い人間が嫌いなんだ」


風に当たるため、甲板へ上がる階段に足をかけたシャインは、副長ジャーヴィスの不機嫌な声を耳にした。

 先程クラウスから受け取った白いティーカップを右手に持っているため、左手で後部ハッチの扉を開け甲板へと出る。

 すると後部甲板へ上がる階段のそばで、ジャーヴィスとクラウスが立っているのが見えた。


「何かあったのかい?」

 シャインは普段の声色で二人に声をかけた。

 シャインに気付いたジャーヴィスが、眉間に縦ジワを作ったまま振り返る。


「艦長。……いえ、あの、あまりにも我慢ならないので、クラウスを注意していたのです」

「……注意だって?」


 ジャーヴィスはお茶を飲んでいたのか、シャインと同じ白いティーカップを手にしていた。

 一方クラウスは大きな目を閉じて顔を俯かせ、両手をしっかりとにぎりしめている。

 歩く規律、と異名をとるジャーヴィスのことだ。どんな注意をジャーヴィスから受けたのかわからないが、かなり厳しかったのだろう。クラウスが怯えているのはシャインの目から見ても明らかだった。


「私は、入れないんです」

 シャインの咎めるような視線を受け、ジャーヴィスはばつが悪そうな顔をして言った。

「えっ、何を?」

 ジャーヴィスの言っている意味がわからない。真顔で問うシャイン。

 ジャーヴィスはその様子に苛立ちを感じたのか、シャインから視線を外してぼそっとつぶやいた。


「――砂糖です」

「砂糖ー?」


 ジャーヴィスは右手に持った白いティーカップをにらみつけた。

 冴えた青い瞳が絶対零度の氷のように冷たい光を放つ。

「昨日もですよ。私の分に砂糖を入れるな、ってあれほど言っておいたのに。クラウスがこれほど物覚えが悪いとは、思ってもみませんでしたがね」


 シャインは自分のお茶を一口飲んだ。

 いつもながらクラウスの入れてくれるシルヴァンティーはすばらしい。

「わざとじゃないだろ。彼は間違えたんじゃないかな。同じティーカップだし。運ぶ途中で、どちらが君のか分からなくなったんじゃないか? そうだろ、クラウス?」


「は、はい。本当にすみません」

 クラウスは潤んだ瞳でシャインを見つめると、こくりとうなずいた。

 ジャーヴィスの形相が恐ろしいので、そちらに目を合わそうとはしない。

 するとジャーヴィスがシャインの方へ歩いてきた。

 深くため息をつきながら。


「だったら、私のは艦長の分だったんですね! ならそう言って下さればいいのに。そうすれば、クラウスだって間違えた事に気付いて、もう一度お茶を作り直す事ができたじゃないですか」

 

 ジャーヴィスはお茶に砂糖が入っていた事がよほど我慢ならなかったのか、今度は恨めし気にシャインを見つめている。

 シャインはそれに動じることなく、右手に持ったカップを口に運び再びお茶を飲んだ。

 林檎の爽やかな香りを見事に引き出しているそれを楽しみながら。

 不機嫌なジャーヴィスとは対照的に、満面の笑みを浮かべシャインは言った。

 


「どうして俺に彼が間違えたって事がわかるんだい? 俺は砂糖が入っていようが、いまいが、どっちだって構わないんだから」



 シャインのこの一言に、ジャーヴィスとクラウスが絶句したのはいうまでもない。

 そしてこの日以降から、ロワールハイネス号で出されるお茶には砂糖が入らないことになった。

 よって艦長室の執務席の引き出しには、こっそり角砂糖の箱が常備されている。




 【幕間】~見解の相違~(完)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ