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ロワールハイネス号の船鐘  作者: 天柳李海(旧・天竜風雅)
第4話 碧海の彼方
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【第4話・後日談】 ジャーヴィスの長い一日(完)


<エピローグ>



 私がアマランス号へ帰艦したのは、23時を少しすぎた頃だった。

 案の定リーザはまだ起きていて、なんと艦長室の扉の前で私の帰りを待っていた。


「お帰りなさい、ヴィラード。約束の時間には遅れたけど、首尾は……どうだった?」

「ロワールハイネス号は大丈夫だった。グラヴェール船長とも会ってきたよ。だから、ちょっと帰りが遅くなった」

「そう……」

 私はリーザの返事を意外に思った。

 もっと詮索されると思ったのにしてこない。


「さ、中へ入ろう。詳しい話をするから」

「あ、ヴィラード……!」

 リーザがとがめるような、引っ掛かる口調で私の名を呼んだが、私は構わず艦長室の扉を開けた。

「なっ……!?」

 私は部屋の中に入って、しばし驚きに目を丸くした。

 私の執務机一杯に、赤い瓶詰めの物体が所狭しと置かれているのだ。


「ど、どうして、こいつがこんな所に――!」


 それは今日の夕方。

 ロワールハイネス号の手がかりを得るため、私がシルフィードから買った、あの50個の腐りかけた塩辛だ。

「あのね、ヴィラード。今日の夕方、シルフィード航海長がここへきて、あなたに頼まれたからって、これを届けにきたの」

「なっ……なんだと!?」

 私はシルフィードに対して、怒りが腹の底から満ちていくのを感じた。

 私は処分するよう頼んだのだ。

 断じて船に届けろとは言っていない!

「……」

 私は突如、部屋の中の生臭いそれに辟易した。

 屋外ではあまり意識しなかったが、確実にあの塩辛から鼻が曲がりそうな臭気が漏れている。


「すまない。私は処分するように言ったんだが、シルフィードが勘違いしたんだ。それにしても臭うな。これを甲板に持っていってすぐに処分する」

 私がそういって、瓶に手をかけたときだった。

「何いってるの? ヴィラード。処分だなんてもったいない」

「は……?」

 私は強烈な生臭さに、涙目になるのをこらえながらつぶやいた。


「私、この塩辛の事をすっかり忘れてたのよ。シルフィード航海長が持ってきた時、私が個人的に買ったものだって、すぐに思い出したわ。ほら、食べ物の中には、長期発酵させることで旨味が増すものがあるでしょう? 私、アスラトルで食べたこのオウル貝の塩辛の味が忘れられなくて。それで、ファラグレール号に備蓄してたの」

「し、しかしリーザ。この塩辛は半年前のもので……」

 すると彼女は目をきらきらさせながら、私に向かって抱きついてきた。

「そうよ~。私が食べたのは半年寝かせた超レアもの! 塩辛が紅玉みたいに真っ赤でしょ~。きっと激ウマに違いないわー」

 リーザは手近なひと瓶を手にとると、まるで宝石でもながめるようにうっとりと見つめた。


「ヴィラード、あなた食事は? グラヴェール船長と一緒だったんなら、もう済ませちゃったわよね」

 リーザはあの塩辛をどうしても今、食べたいようだ。

「君がどんな料理でこの塩辛を食べたのか、興味がないわけじゃない」

「じゃ、今私が作って来るわ」

「あ、リーザ……」

 今、夜中の23時なのだが……。

 かまどの火はとっくの昔に消えてるぞ。

 だが彼女はうれしそうに塩辛の瓶を抱えて、第二甲板の中ほどにある厨房へ駆けていってしまった。


 これでよかったのだろうか。

 私は執務席のそばの長椅子に腰を下ろした。

 目の前にはあの49個の塩辛が、独特の強烈な臭いを周囲にまき散らしている。

 でもこいつのおかげで、リ-ザの機嫌は上々だ。

 今日の事もあまり詮索されなかったし。


『古きもの』が『新しき姿』をまとって君を助ける。

 

 …………。


 腐っていると思っていた塩辛が、実は発酵させることにより、レアな食材へと変化した。

 

 グラヴェール船長の占いは当たったのだろうか?


 私はリーザの料理を待ちながら、いつしかまぶたを閉じた事も気付かずに、深い眠りへと落ちていった。

 結局一時間後、例の塩辛入り激辛スープを飲まされるため、私はリーザに叩き起こされるのだが。


 これが……予想外に旨かった!

 さすが『食べ歩きのプチ旅行』を趣味にしている彼女だ。

 その舌は感心するくらい肥えている。


 水兵達にも食わせてみたら旨いと大受けで、50個あったあの塩辛は、たった1週間で無くなってしまった。

 今アマランス号の船倉には、個人的にリーザが買い込んだ、オウル貝の塩辛の瓶がしまってある。

 ただ気掛かりなのは、多分、彼女はまたその存在を忘れるのではないかということだ。




【第4話・後日談】ジャーヴィス艦長の長い一日(完)



   ・・・第5話「Judgment Day」に続く。




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