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ロワールハイネス号の船鐘  作者: 天柳李海(旧・天竜風雅)
第4話 碧海の彼方
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【第4話・後日談】 ジャーヴィスの長い一日(1)

 私はヴィラード・ジャーヴィス。

 三ヵ月前までロワールハイネス号の副長として、かの船に勤務していた。

 けれど今は、このジェミナ・クラス港を警備する警備艦『アマランス』号に、艦長として乗艦している。


 この三ヵ月の間、私の周りの状況は目まぐるしく変化した。

 あの海賊拿捕専門艦隊・通称ノーブルブルーの船が沈められたことより発し、アドビス・グラヴェール中将と海賊ヴィズル、そして故ツヴァイス司令官の私怨にまつわる一連の海戦の後――。


 私の身には良い事が二つと、悪い事が一つ起きた。

 まず悪い事。それは何といっても、居心地の良い馴染みのロワールハイネス号から急に下ろされたことだ。原因は私の上官だったシャイン・グラヴェール元艦長のせいなのだが、私はそのことに文句をつけるつもりはない。

 あの忌わしい一連の事件で一番苦しんだのは、当事者達に深く関わることになった、彼ではないだろうかと思うからである。


 けれどこれは私の推測にすぎない。

 私は彼があの事件にどのようにして巻き込まれ、どんなことがあったのか、一部まったく知らないことがある。それを知ろうとしなかったのは、勿論話をする時間がなかったことと、私が、副官という自分の立場を越えてまで、彼と腹を割って話すことができなかったせいだった。 


 もう大丈夫だと――なんでもない風を彼は装う。

 だが私は知っている。指揮官として自らが決断した結果、多くの人命を失うことになったあの事件を、彼はずっと心に留め置き続けるのだと。それこそ――生きている限り。


 しかしあの事件が彼にもたらしたのは、悪いことばかりではない。

 長年確執を抱いていた父親と和解することができたし、そして何よりも彼自身が、自分の歩む道を自らの意志で選ぶことができたのだ。

 彼は今、自分の魂の半分が宿るあのロワールハイネス号で、私の行ったことがない遠い海へ航海に出ているという。願わくはその航海に、美しきかの精霊の宿る船に、青の女王の加護があらんことを――。



 そして私の身の上に起きた今度は良い事であるが、下ろされたロワールハイネス号の代わりに、新しく警備艦アマランス号を与えられたことと、10年来の友人であったリーザ・マリエステル嬢と結婚したことだ。


 彼女はアスラトルの後方支援艦隊に所属するファラグレール号の艦長だったが、現在は私と同じ船での勤務を希望して、このアマランス号に副長として乗っている。


 本来ならば私より先に少佐になったリーザの方が、アマランス号の艦長になるべきなのだが、彼女がそれを辞退したため(本当は押し付けられたのだ)やむを得ず、私が引き受けるはめになったのだ。


 私達は――結婚したのでもちろん夫婦となったのであるが、もう10年来の付き合いということもあり、別段これまでと変わらない生活を送っている。

 ただ、艦長と副長が同じ姓だと紛らわしいので、船に乗っている間、リーザは旧姓のマリエステルを使っている。


 新婚旅行を終え、再びエルシーアに戻り、ジェミナ・クラス港の警備を担当するアマランス号へ乗ってはや一ヵ月。

 新しい船と部下達にも慣れ、私は毎日広大な港を甲板から眺めながら、不審な船舶が航行していないか、見かけたらそれを取り締まる任務についている。


 ジェミナ・クラス港は商港と軍港が隣同士だから、日々数百隻の船が入出港をしている。

 何もない日もあれば、一日中不審船を追っかけ回している時もある。

 しかし残念な事に、最近海賊船が月に数隻だが、沖合に出没するようになった。どうやら先のノーブルブルー襲撃事件で、旗艦だったアストリッド号が沈められた事が諸国に広まり、エルシーア海軍の弱体化が噂されているらしい。

 これをノーブルブルーの創設者であったグラヴェール中将閣下が知ったら、何と言われるだろうか。

 とにかく私のできることといえば、このジェミナ・クラスより南に海賊船を航行させないよう、確実に奴等を拿捕する事だ。



 ぽかぽかと柔らかな午後の日差しが、アマランス号の艦長室の船尾の窓から降り注いでいた。私はその光を背中に受けたまま、自分がしばし、執務机に顔を伏せてまどろんでいたことに気付いた。

『なんてことだ』

 慌てて顔を上げて乱れた書類をかき集める。

 艦長ともあろう者が、白昼堂々と居眠りをするとは。

 なにはともあれ、こんな所をリーザに見られなくてよかった。

 思わずほっと胸をなで下ろした私は、すぐ自己嫌悪に陥った。


 真っ昼間から居眠りをするとは何事だ。この間に不審船がジェミナ・クラス港に入り込んだらどうする?

 私は思わず両手で頭を抱えてうつむいた。

 この艦長室にいる時は、片時も気持ちが休まる時がないはずなのに、なんてざまだろう。

 しかし……リーザや上官だったグラヴェール元艦長も、こんな気持ちで日々をすごしてきたんだろうか。

 やはり船の最高責任者としての立場は、私にはまだ重いのかもしれない。


 コンコン!


 扉を叩く音がした。

 私は頭を起こし、はっと我に返った。

 数秒経ってから言うべき言葉を見つける。


「誰だ?」


「ジャーヴィス艦長。お客様です」


 扉の向こう側でリーザの落ち着き払った声が聞こえた。

 心なしかいつもより冷たいような気もする。


「入ってくれ。マリエステル副長」


 私は慌てて机の書類を片付けて、執務椅子から立ち上がった。

 リーザは肩まである豊かな黒髪を後ろで一つに結い上げ、濃紺の航海服にその肢体を隙なく包み込んだ姿で、両手にはファイルを数冊抱えたまま、ずかずかと部屋の中へ入ってきた。

 そしてやおら、後ろで控えている客の方へ振り向くと、素っ気無い口調で「入りなさい」と言った。

 リーザがそう言い終わらないうちの出来事だった。


「きゃー! 久しぶりねー! すっごくお会いしたかったわー」


 黄色い声と共に、何かが私めがけて一直線に突っ込んできた。





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